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93:ビルズセーフティ-5

「厳しいですわ」

「む……」

 セーフティーエリアの露店を見て回っていた私は、イベントで出会ったノーマキさんと出会った。

 そして、私が求めている物がこれまでの露店散策で見当たらなかった事もあり、ノーマキさんに尋ねて見たのだが……厳しいと言われてしまった。


「一応言っておくけど、望遠鏡と言っても天体観測に使うような物じゃなくて、ほんの少しばかり遠くを見れれば十分な物よ。現実でなら千円くらいで買えるような、本当にそう言う代物でいいのよ」

「それが厳しいと言っているですわ。需要の問題でな」

「……。予想は付いたけど、詳しく聞かせて」

「分かりましたわ」

 私はノーマキさんの露店の背後にある瓦礫に腰かけると、私が求める物……望遠鏡がどうして手に入らないのかを詳しく聞くことにした。


「まず大前提として、望遠鏡と言うのは遠くを見るための道具です。けどな、この世界の住民にとって遠くは霧によって見えないものなんや。異形度4以下じゃ500メートル先までしかどう足掻いても見えへん。それは上も同様やから、太陽、月、星と言う単語はあっても、住民はあまり理解できないらしいで。つまり、普通の住民に望遠鏡と言う物の概念はないんですわ」

「……」

「次にプレイヤーですが、こちらも大部分は異形度4以下で、遠くを見れる機会なんて殆どない。俺も異形度3やから、制限はしっかりかかっとる。なんで望遠鏡が必要と思ったことは無いですわ」

「異形度5のプレイヤーは? そこならまだ誓約書不要だから、それなりに居るでしょう?」

「居ますが、そちらもダンジョンが纏っている呪詛の霧に阻まれて、案外遠くは見えていないんですわ。そんなんで、望遠鏡を必要としているプレイヤーはほぼ皆無。最低でも異形度10はないと使い物にはならへんやろな」

「むう……」

 やはり異形度の問題だったか。

 少々忘れがちだが、他の普通のプレイヤーにとっては、『CNP』の世界は呪詛の霧に覆われていて、視界が大きく制限される世界。

 そんな世界で望遠鏡を求める人間は居ないか。


「そういう訳でな。タルさんが望遠鏡を欲しいと思っているなら、自作する事をオススメしますわ。材料さえ手に入れば、タルさんは不器用やないし、簡単のなら作成はそう難しくないやろ」

「オーダーメイドを勧めたりはしないの?」

「職人探しから初めて、材料の確保、加工、製作、呪いについても必要ならかけへんといけないし……こう言ったらあれやけど、マトモな金額で済まへんよ。物々交換でもトンデモな量になりかねへんね」

「むう……」

 いや、仮に誰が使っても濃い呪詛の霧を見透かせるような望遠鏡が出来れば需要はあるのかもしれない。

 しれないが……私にそれは必要ないなぁ……。

 呪詛濃度19の空間までは普通に見えるのだし。


「分かったわ。自分で作る。まあ、レンズについては適当なガラスを加工すればいいし、筒についても適当に見繕えば、何とかなるでしょう」

「ん、それが良いと思いますわ。行商人の癖に大して力になれなくてゴメンな」

「いいえ、相談に乗ってくれただけでも十分助かったわ」

 うん、用途自体が趣味に近い物であるし、自分で作った方が早そうだ。

 レンズを加工するのに使えそうな道具は細工用のアイテム一式に含まれていたと思うし、多少の出来の悪さも自作品なら呪いで調整してしまうという手もある。


「では、これで今日は失礼しますね」

「今度は何か買ってなー」

 結論が出たところで、私はノーマキさんの元を後にして、移動を始める。


『これからどうするでチュ?』

「レンズ……と言うかガラスについては、適当にそこら辺のビルから剥ぎ取ってしまえばいいと思うわ。『ダマーヴァンド』でも回収は出来ると思う」

『筒は?』

「そっちが考えものなのよねぇ……」

 向かうのは北。

 異形度5以下のプレイヤーが最初に現れる場所である街、サクリベスだ。


「まあ、最悪この前のイベントで回収した木材を利用してしまうのもありかしら」

『最悪でチュか』

「ほら、そこは拘れるなら、色々と拘りたいじゃない」

 セーフティーエリアの外に出た私はそれまでと同じように地面を滑り始める。

 モンスターは無視し、サクリベスとセーフティーエリアの間を行き来しているプレイヤーたちの目には出来るだけ留まらないようにしつつ、最小限の動きと消費で効率よく移動していく。


「む……」

『嫌でチュねぇ……すごく嫌な感じでチュねぇ……』

 そうやって移動していると、徐々にビル街の建物が少なくなると共に高さも低くなっていき、障害物になるような物が無くなって開けていく。

 それに伴って、前方から先程のセーフティーエリアとは比較にならない程に嫌な感じがし始めてきた。

 私は手近なビルに入ると、7階登って、屋上の壁の陰に身を隠す。


「ふうん……さっきのセーフティーエリアにあった白色の円柱の強化版、と言うところかしら」

 私の視界に映ったのはサクリベスではなく、サクリベスの周囲を囲う白い壁だった。

 壁からはとても嫌な感じがしており、鑑定するまでもなく呪詛濃度が低いことが分かる。

 間違いなく今の包帯服のスペックではサクリベスの敷地内に入った段階で呪詛濃度不足に陥って、死に戻りだろう。


『一応聞いておくでチュけど、行かないでチュよね?』

「行くわけないじゃない。未知は好きだけど、自殺をする気は無いわ」

 いや、それ以前に今の私ではサクリベスに近づく事すら叶わないだろう。

 私が今居るビルからサクリベスの白い壁までの間には、殆ど障害物も遮蔽物もない更地になっていて、身を隠して近づく事は無理。

 そして、よく見ればサクリベスの白い壁の上には物見台のようなものが時折付いている。

 で、サクリベスにはサクリベスを守る衛視が居るらしいので……まあ、対策なしに近づいたら、きっと良くてもハリネズミ、悪ければ何が起きたのかも分からない内に殺されるだろう。


「聖女様との接触はまだ無理ね」

 おまけにサクリベスに行く目的にする価値がありそうなのは聖女様ぐらいなのだが、その聖女様がサクリベスの何処に居るのかは不明。

 うん、対策がないこと含めて、色々と無理がある。


「とりあえず東に行きましょうか。四方のセーフティーエリアの登録を済ませるついでに、望遠鏡の素材集めと自己強化。そして未知探しよ」

『分かったでチュ』

 と言う訳で私は微妙にざわつき始めている感じがあるサクリベスを横目に、東に向けて移動を始めた。

05/04誤字訂正

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