921:タルウィブリド・3-2
「いつもの……ではないわね」
目覚めた私の視界に、どちらかと言えば懐かしい光景が広がる。
そこはいつもの闘技場ではなく、それなりの広さを持ったビルの屋上。
見上げた先の曇っている空には円形の虹が架かっている。
周囲には朽ちかけのビルが何棟も立ち並び、地上は黒い何か……淀みに似ているが、もっと悪質で嫌らしいもので満たされ、海のようになっている。
そして、呪詛の霧はどこにも見当たらない。
うん、私の初期地点であるビル街には似ているが、だいぶおかしな空間である。
『なんでチュか。ここ。あり得なさすぎて、頭がおかしくなりそうなんでチュが』
「あらザリチュ。化身ゴーレムは?」
『そっちは持ち込めなかったみたいでチュよ』
「そうなの」
普段と違う点はまだある。
ゲストが居るならば留守番になるはずのザリチュが、私の頭の上に居続けているのだ。
ならばゲストが参加を断って、ザリチュがパートナーになったかと思いきや、化身ゴーレムが居ない点から考えて、今回のザリチュはあくまでも私の装備品扱いのようだ。
「さて、こうなった原因は……」
「貴様が張り切り過ぎた。他に原因があると思うか?」
「デスヨネー」
「全くなんだあの拳銃は……貴様は偽神呪ではなく神を殺すつもりか」
「え、そういう方向性では力を込めていないんだけど……」
「知るか馬鹿」
『悪創の偽神呪』が姿を現す。
そして極めてストレートな罵倒が飛んできた。
いやまあ、とんでもない品を作った自覚はあるのだが、そこまで言われるほどなのだろうか?
「まあいい、ゲストだ」
「此処が件の……いや、何処よ此処」
「あらザリア」
『ざりあ。ご愁傷さまでチュアアアアァァァァァ!?』
と、ここでザリアが姿を現し、怪訝な顔をする。
まあ、これまでの動画や話で聞いていた闘技場ではなく、見たことがない場所に飛ばされたのだから、当然の表情であるが。
後ザリチュは抓った。
「タル、何処よ此処」
「さあ?」
「さあって……これは気合を入れただけじゃ足りないかもしれないわね」
ザリアが額に手をやりつつ、軽く俯き、首を振る。
しかし、私にも分からないものは分からないのだから、答えられないのは仕方がない。
「さて、『虹霓境究の外天呪』タル。貴様に対して、今回の試験官から……あー、三つほどメッセージがある」
「凄く突っ込みたいワードが幾つも……。そんな暇はないでしょうけど」
「あらそうなの」
『既にざりあが遠い目をしているでチュね……』
どうやら今回は『悪創の偽神呪』が試験官ではないらしい。
そして、恐らくは『悪創の偽神呪』よりも格上であろう今回の試験官、私の読み通りなら真の神であろうものから、私に対してのメッセージがあるらしい。
とりあえずはそちらを聞くとしよう。
「一つ、『今回は貴様らのルールに従ってやる。だが、どんな不具合が起ころうが、私の知った事ではない。文句なら運営の海月共に言え』」
「あ、はい」
一つ目のメッセージから読み取れる事はだ。
真の神は運営には属していないらしい。
海月共と呼んでいるのは……『CNP』の運営であるトップハント社のロゴが海月をデフォルメしたものであることや、イベントで見かける万捻さんが海月のアバターを使っているからだろうか。
まあ、こちらのルールに従ってくれるなら、対処可能な範囲で収まるとは思う。
「二つ、『貴様は貴様の役割を果たせ。貴様が役割を果たさない限り、不可侵を食い破る事など叶わないと知れ』」
「貴様と言うのはタルの事よね。タルの役割って……」
「あー……うん? たぶん大丈夫よ」
二つ目のメッセージから読み取れる事はだ。
これから行われる試練では、私には特定の行動を要求され、それをこなさなければ試練クリアにはならないと言う事だろうか。
つまりはヒントである。
しかし、私の役割か……『虹霓境究の外天呪』としての役割を果たせと言う事だろうか?
「三つ、『死力を振り絞れ。全力で足掻け。私を楽しませろ。不躾にも私へと呼び掛けたのだから、それぐらいは礼儀だ』」
「あっ、はい」
「本当に何をやったのよ。タル」
『ああ、だからざりちゅも今回は呼ばれているんでチュね……』
三つ目のメッセージから読み取れる事はだ。
手加減はするなと言う事だろう。
いや、余裕を持っていられるなどと思うな、と言う方が正しいだろうか。
なんだろう、凄く嫌な予感がしてきた。
これはもう初動について色々と準備と言うか、用意をしておいた方がいい気がしてきた。
「では私は安全圏に避難させてもらう。巻き込まれるのは御免だからな」
「……。もう本当に嫌な予感しかしないわね」
「いやー、今回は本気でやらかしたかもしれないわねぇ……」
『ああ、地獄が……地獄が……近づいているでチュ……』
『悪創の偽神呪』が姿を消した。
それと同時に場の空気が変わる。
これまでの何ともない空気から、触れてはいけないものに触れてしまったかのような空気へと。
それはピリピリやヒリヒリなんてものではない。
気を抜けば、呼吸の仕方すら忘れてしまいそうなほどに張り詰めている。
「ーーー……」
空の雲が割れ、虹色の光が割れ目から地上へと降り注ぐ。
そうして降り注ぐ光に影が差し始め、微かに鳴き声のようなものを響かせながら、何かが降りてくる。
「黒い……龍……!?」
「全員、備えなさい」
『分かったでチュ』
やがて現れたのは、黒く細長い胴体を持った東洋龍に近い姿の何か。
頭には、それぞれに異なる色……赤、橙、黄、緑、青、紫に輝く六本の角が生えており、胴と尾にも同じような突起物が生えている。
そんな龍は私たちに近づくと、蛇がとぐろを巻くように体を丸める。
「ーーーーー!!」
「!?」
「『
そして龍が咆哮し、突起物がそれぞれの色に輝くと同時に周囲が閃光に包まれる。
同時に私は『竜活の呪い』をルナアポを使って発動した。