91:ビルズセーフティ-4
「ふんっ!」
虫脚の男の剣が振り下ろされる。
速さは異形を生かしているのでそれなりに速いが、速いだけだ。
単純で、素直で、エギアズ・1やザリアの攻撃の方がもっと鋭かったし、熊ですの一撃のような脅威も感じず、スクナのそれとは比べるまでもない。
だから私は虫脚の男の剣の軌道をしっかりと読み取ると、切っ先を手の側面に掠らせる。
「……」
受けたダメージは推定一桁台。
実力やセンスからして無いとは思っていたが、懸念事項の状態異常の付与もなし。
同時に足に着けた緑透輝石の足環が僅かに輝いて、その効果を発して、虫脚の男に毒(1)を与える。
「せいっ!」
虫脚の男は自分の異常に気付いた様子もなく、一歩踏み込んで剣を横に払う。
私はそれを先程よりも少しだけ深く、腕にしっかりと切り傷が生じる程度に受ける。
受けたダメージは推定100前後。
緑透輝石の足環が返した毒は……虫脚の男の状態異常が毒(1)から毒(2)に上がった事からして、1だけか。
「ぬおおおっ!」
虫脚の男が剣を横に振りぬいた勢いのままに、隙だらけの背中を晒しつつ、同じような軌道で剣を振るう。
私はその攻撃を……
「ははっ!」
「「「!?」」」
「ふうん……」
右腕が切断されるレベルで受けた。
痛みはあるが、ワザと受けているので問題は無い。
被ダメージ量は500前後。
緑透輝石の足環が返した毒は……毒(2)が毒(7)になったところからして5だけか。
こうなると、ダメージよりは距離の方が重要なのかもしれない。
うん、検証終了でいいか。
「これが俺の……へっ?」
「本当に残念ね。貴方は」
私は切り飛ばされた右腕を左手で素早く掴むと、切断面を合わせる。
するとそれだけで、セーフティーエリアにある回復の水の効果もあって私の傷は回復。
腕は元通りになる。
その光景、私の言葉、そして私が気が付けばゼロ距離に居た事実に、虫脚の男の笑顔が一瞬で固まる。
うん、本当に残念だ。
こんな当たり前の事にも思い至っていないなんて。
「『
「っ!?」
ゼロ距離『毒の邪眼・1』によって、虫脚の男に付与されている状態異常が毒(150)になる。
そして、重症化した毒に耐え切れず、虫脚の男はその場に崩れ落ちる。
「この……チーターが……」
「はあ、言うに事欠いてチート呼ばわりとは、何処まで性格が歪んでいるのか」
「決着だな。しかし、全く以って性格の悪い……」
さて、これで後は放置すれば虫脚の男は勝手に死ぬ。
で、ライトローズさんとエギアズ・1が何か言っているが、まだやる事はある。
「何時終わりだと言いました?」
「ぶがっ!?」
私はポーションケトルの栓を抜くと、虫脚の男に中身をかけ始める。
すると毒によって減っていた虫脚の男のHPは毒に負けることなく回復し……同時に毒の数字も維持される。
勿論、セーフティーエリア内と言う事もあって、ポーションケトルの中身は中々減らない。
「ふふふっ、私のポーションは一定量以上を一度に浴びると、毒が発生するデメリットがあるんですよね」
「もがっ!? やめっ……」
「「「……」」」
さて、エギアズ・1やライトローズさん、それに周囲のプレイヤーたちの顔が引きつっているが、これで話をする余裕が出来た。
「それにしても貴方は本当に残念ですね」
「あがっ……」
「妬み、嫉み、羨む事は悪い事ではありません。それは人が成長し、新たな何かを生み出すものに繋がるものですから。ですが、貴方は妬むだけで止まってしまった。自分の歩みを止めて、何も為そうとしなかった。そんな貴方の予選での敗北は不幸ではなく必然。本戦に至ったプレイヤーへの侮辱とすら言えるでしょう」
「ふざけ……っつ!?」
「そして、今もそうです」
私は虫脚の男の首を掴むと、脳天からポーションケトルの中身を駆けつつ、私の顔の目の前に持ってくる。
「貴方は私が憎いのでしょう? ならどうして万策を尽くさなかったのですか? 卑怯な振る舞いをしたくなかった? だったら、貴方が思うところの正しい振る舞いで勝てるように自分を鍛え上げ、武器を揃え、策を練ればよかったでしょう」
「あ、あ、あ……」
「そんな伝手など無かった? 貴方にはダンジョンから出る事すら叶わなかった私と違って機会はあった。そんなこと思いつかなかった? なら、それは貴方が考える事を放棄したからでしょう。誰も教えてくれなかった? 貴方は誰かに教えを乞うたのですか?」
「やめ、止めて……」
「目を逸らすな。この世は因果応報。貴方の今の立ち位置は貴方の行動の結果よ。受け入れなさい。そして考えなさい。自分の力を認めさせたいと言うのなら、まずはどうすれば他人が自分を認めるのかを調べなさい。考えなさい。貴方の望みを定義して、叶えるのは他の誰かではなく貴方自身」
「おねが、お願いだから……」
「この世を受け入れなさい。今を見つめなさい。幸いにして『CNP』の中でなら、それは幾らでも出来る事。良きも悪しきも飲み込んで、未知を既知にして力をつけなさい。私に復讐をしたいと言うのであれば、何が出来るのかを考えなさい。足りない部分があるならば、どうすればそれを補えるかを考えなさい」
「頼むから! お願いだから! その目を……虹色の目を……!」
ああ、そろそろ時間切れか。
「ふふふふふ。ゲームの中でなら、貴方が私にとっての未知を持ってきてくれる限り、幾らでも遊んであげる。今は……」
「ひあっ、あ、あ、あ……」
私は虫脚の男から手を離すと、フレイルを構えて振り回し始める。
「一度死んでおきなさい」
「ひぎゃっ!?」
そして、虫脚の男の頭を粉砕した。
「うーん、説教臭かったわねぇ……。とは言え、GMに任せても未知は増えなさそうだし……」
虫脚の男の死体が消える。
死に戻りだ。
だが、戻ってくる気配はない。
まあ、今戻ってきてももう一度殺すだけだが。
「……。イベントで戦わずに済んで良かったと心の底から思うわ」
「……。やはり真正だったか。だが、相手次第で此処までひどくなるとはな」
「どうかしましたか?」
「「いいえ、何も」」
ライトローズさんもエギアズ・1も何故か目を合わせようとしてくれない。
こういう意味でもやり過ぎただろうか?
まあ、私が他のプレイヤーと疎遠になるぐらいで、得られる未知が多くなるのであれば、何も問題は無いか。
「さて、私はちょっと広場を見て回りますね。欲しい物がありますので。足止め助かりました。では、失礼させていただきますね」
「え、ええ……」
「そ、そうか……」
ふふふっ、虫脚の男が何かしらの未知を携えて私に挑んで来るのが楽しみである。
あれだけの憎悪を滾らせていたのなら、きっと逃げたりはしないはずだ。
『やっぱりたるうぃはたるうぃでチュよ……』
「押し問答みたいねぇ……で、どうしてこのタイミングなの?」
『本当にたるうぃはたるうぃでチュよ……』
私は露店を見に行くために、移動を始めた。