<< 前へ  次へ >>  更新
907/907

907:ムミネウシンム-5

『舐めるなぁ! 妾にはまだ手がある!!』

「ふふふ、諦めない、その意気やよし。と言うところかしら。とは言え……」

 私と言う圧倒的な存在が放つ圧に『蜜底に澱む呪界』が耐えきれず、軋みを上げ、崩壊を始める中、見た目だけならば半死半生であるムミネウシンムが私へと向かってくる。


『死ねぇ!』

 その手に握られているのは、これまでに使ってきた物よりも濃密な呪いが込められた琥珀の槍。

 突き出されたそれをマトモに受ければ、大抵の物は土を握りしめて固めた物よりも脆い物体になった上で、貫かれることになるだろう。

 そして、ムミネウシンムはそのような凶悪な琥珀の槍以外の攻撃も仕掛けてきている。

 空気中の気化した蜜に火を点ける事で真っ青な炎を生み出し、飛ばしてきている。

 呪いの込められた液体状の蜜の弾丸を様々な方向から散弾のように飛ばし、何かしらのデバフを狙っている。

 無数の蜂カースたちが自分の中の呪いを凝縮しながら突撃し、自爆をするつもりで動いている。

 おまけに天井の琥珀の結合を一部だけ緩める事によって、私目掛けて巨大な琥珀の塊を降らせようともしているようだ。


「やはり、ルナアポを使った『竜活の(エサエルセド)呪い(セルブ)』は出力過多ね。表記上のスペックが跳ね上がるのに加えて、表記外のスペックも跳ね上がるから」

『な……』

 だが、その全てが私には通用しない。

 ムミネウシンムの突き出した琥珀の槍は、ネツミテの先端に生成されたルナアポとぶつかり合い、効果を示すどころか、抵抗する事も許されずに破壊された。

 真っ青な炎は私に近づくと共に虹色に染まり、ムミネウシンムの制御から外れた。

 液体状の蜜の弾丸は呪いごと蒸発して、私のエネルギーとして変換された。

 蜂カースたちは私に接近する事も出来ない内に気が狂い、爆散していく。

 琥珀の天井は途中で速度を失い、宙に浮かんだ。

 そんな私にとっては当然の、けれどムミネウシンムにとってはあり得ない光景に、ムミネウシンムは茫然としているようだった。


「さて、時間もないようだし、せめてもの手向けとして、今の私の全力で葬り去ってあげましょう」

『っ!?』

 『蜜底に澱む呪界』の崩壊が進んでいく。

 外の黒が流れ込み始めている。

 そのため、敵地の維持を行うと言う不可思議な行為を私はする事になっている。

 こういう面も含めて、やはりルナアポは使いづらいと言うか……とりあえず早いところ決着は付けてしまうべきだろう。


「宣言しましょう。ムミネウシンム、貴方は私の毒によって未知へと還る事になるわ」

『ふざけるな! 貴様は! 貴様は世界を滅ぼす気か!! 認められるか! 認めてなるものか!! 妾が継いできたもの、集めてきたものがこんな理解不能の化け物によって消されるなど、そんなことを認められるものかぁ!!』

 私はルナアポをドゴストに飲み込ませる。

 呪法を発動し、周囲の呪詛を支配した上で『呪憲・瘴熱満ちる宇宙(タルウィ)』と外の黒を混ぜ合わせる。

 その上で、『竜息の呪い(クニルドセルブ)』射出方法3によるルナアポの射出を行うべく、直径数メートルに及ぶ呪詛の球体を口の前に生み出す。

 対するムミネウシンムも残された全ての力を口へと集めて、一点突破型であろうブレスの準備をしている。

 込められている呪詛の量は、大抵の相手ならば跡形もなく消し飛ばせることだろう。


『死ねぇ! 化け物!!』

 ムミネウシンムの口から琥珀色のブレスが槍のように放たれる。

 だが遅い。

 あまりにも遅い。

 本来は目にも留まらぬ速さなのだろうが、今の私にとっては欠伸が出る程に遅い。


etoditna(エトディトナ)……」

 だから私は意に介さず、粒子化したルナアポが含まれた呪詛の球体を圧縮し、直径数センチにまでまとめる。


「『毒の邪眼・3(タルウィベーノ)』」

『!?』

 開放。

 虹色の閃光が私の口から放たれて、放射状に広がっていき、進路上にあったものを全て消滅させていく。

 『蜜底に澱む呪界』の壁も、ムミネウシンムも、蜂カースたちの死骸も、呪詛も、空間そのものも、何もかも消し飛ばして未知へと還していく。

 そして、その影響は毒の力によって直接ブレスに触れなかった部分へも伝播していく。

 世界がガラスのように砕け散っていき、そこにあったものの痕跡の一切を消し去っていき、空白の領域を作り上げていく。


≪『ダマーヴァンド』と『蜜底に澱む呪界』の間で発生した戦争が終結しました。勝者は『ダマーヴァンド』です。勝者には戦争に勝利した報酬がメッセージに添付される形で渡されます≫

「はぁ、我ながら無茶苦茶な力だ事。いえ、これがルナアポ本来の力の一端の一端、極々一部と言うべきかしら? 真の神が否定したくなるのも分かるわね」

『全くでチュよ。本当に』

 最終的に、私が立つ虚空以外の空間は消え失せた。

 呪いも淀みもない、光も闇もない、ある意味清浄で秩序だって居て……それ以上に死んでいる世界だった。


「と言うかこれ、何かしらの次元移動手段がないと詰むじゃない」

『それもまた自己責任って奴でちゅよ。たるうぃ』

 此処に未知はない。

 此処に未知が生まれるのは、私が去った後、完全なる未観測状態になってからの話だ。

 だから私は適当に自分の居る座標を弄って、この場を後にする事にした。

<< 前へ目次  次へ >>  更新