903:ムミネウシンム-1
「到着……と、早速ね」
私は『蜜底に澱む呪界』の核があるであろう場所へと飛び込んだ。
そして、その場所の状況を理解する前に、琥珀色の壁が私の方へと迫ってきた。
それは大量の蜜による大波。
飲み込まれれば、蜜に含まれる石化の作用以前に単純な質量と粘性によって命を落とすことになるだろう。
『慌てないんでチュねぇ……』
「そりゃあそうよ。『
とは言え、飲まれれば確実に即死すると分かっているならば、『虚像の呪い』の効果によってすり抜けてしまえるわけだが。
『流石にこの程度で終わるような軟弱ものではなかったようだな』
「そりゃあそうよ。この程度の攻撃が飛んでくる事は予想済みだもの」
と言う訳で、私は蜜の大波はすり抜けた。
そして、蜜の大波をすり抜けている間に周囲の状況を確認する。
まずこの場は、全方位、あらゆるものが琥珀で出来ている。
床も、壁も、天井も、柱も、全てが琥珀であり、ムミネウシンムの能力によって固形化した蜜でもある。
空間中に蜜の甘い香りが立ち込めており、天井から固形化していない一部の蜜が滴ると共に、床を薄くではあるが液体状の蜜が覆っている。
「さて、久しぶりね。『琥珀化の蜂蜜呪』ムミネウシンム」
『ああそうだな。久しぶりだ。『虹瞳の不老不死呪』であったが、今となってはカースであるかも定かではないもの、タル』
そんな琥珀の蜜ばかりの空間の天井から生えるようにムミネウシンムが居た。
相変わらず三対の腕を利用して蜜を貪り喰らっており、背中の二対の翅を上手く動かしてこちらに語り掛けているようだ。
蜜の中にあるであろう蜂の腹部をブドウの房のように連ねた胴体はほとんど見えない。
目に見える変化点としては、背中から現れるものが琥珀大蜂ではなく蜂カースたちになっている事か。
とは言え、現れた蜂カースたちは私に構うことなく何処かへ……恐らくはザリアたちの方へと向かっているようだが。
それと先日の呪いを潰した時に一緒に潰したはずの目だが、見た限りでは綺麗に再生しているようだった。
『タル、貴様はいったい何になった? 妾は貴様のような存在は見たこともなければ、感じ取った事もないぞ』
「さて何かしらね? 以前の私とムミネウシンムの関係性なら教えても良かったかもしれないけれど、今は戦争中。それを明かすことも含めて、戦いではないかしら?」
やはりと言うべきか、ムミネウシンムは外天呪と言う存在を知らないようだ。
とは言え、私がムミネウシンムについて知っている事は多くない。
以前の名乗りが本当であるかも含めてだ。
だから、お互いに正体を探りつつの戦いになる事だろう。
『確かにそうだな。だが明かす事は戦いが終わってからでも十分。そうは思わないか?』
「……」
琥珀の槍が放たれた。
それも至近距離から、虚空から生じるように、音にも匹敵するようなスピードでだ。
『防ぐか。そして、貴様以上に理解しがたいものを取り出してきたな。いったいなんだそれは?』
だがゼロ距離でなく、一本だけの攻撃であるならば、今の私には脅威になり得ない。
壁になるようにルナアポを生成して、その刃で受ければ、防げない攻撃などそう多くはないのだ。
そして、出現したルナアポの異常性をムミネウシンムは感じ取ったらしい。
腕の一本でルナアポを指さし、私に質問を投げかけてくる。
「答えるはずがないわ。ああでも、今ので私は貴方の事を少し理解した」
『ほう……』
当然私は答えない。
同時に先程の攻撃について考える。
今の攻撃は……たぶんだが呪圏を利用しているな。
ムミネウシンムはやはり蜜の状態を自由に操れる呪圏を有している。
この呪圏の中では、蜜は液体であるならば石化効果のある蜜に、固体であるならば十分な殺傷能力を持つ琥珀に、そして気体の状態であれば……たぶん甘ったるい香りになっている。
つまり、呪圏への干渉手段を持っていなければ、以前に私が邪火太夫にやられたような体の内側から串刺しにされるような事も起こりえるのだろう。
まあ、『呪憲・
「でも何を理解したかは言わないわ。相手が何をどこまで理解したのかも含めて戦い。そうじゃないかしら? それともムミネウシンム、貴方は格下狩りばかりだったから、これまでに積み重ねてきた知識と経験の枠内にない存在には手の打ちようがないのかしら?」
『くくく、言ってくれるではないか。だがタルよ。妾は別に格下ばかり相手にしていたわけではないぞ。初めのころはそんな相手ばかりだった。まあ、久しく同格か格上の存在と戦う機会がなかったことは認めるがな』
私は呪詛の剣を何十本と生み出し、切っ先をムミネウシンムに向けつつ展開する。
ムミネウシンムも琥珀の槍を何十本と出現させ、穂先をこちらに向ける。
「あら、同格か格上だなんて嬉しいわ。格別の評価ね」
『くくく、積み重ねてきた知識と経験と言ったな。いいだろう、妾のこれまでを見せてやるとしよう』
そしてお互いに向けて全力で射出した。