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89:ビルズセーフティ-2

「ふむ……」

 白色の円柱に近づいていくと、嫌な感じは強まっていく。

 だが、呪詛濃度が足りないという事はないようで、近づく事は問題ないようだった。

 となると……この白色の円柱は周囲の呪詛を退けるだけでなく、モンスターあるいは高異形度の存在に忌避感を抱かせる事でもセーフティーエリアを形成しているのかもしれない。


「今日は何処のダンジョンに行くよ」

「レベル上げをしたいんだよなぁ……」

「じゃあ、『トカゲの巣穴』か」

 何十本と立っている白色の円柱の間を移動して、広場の中央に向けて更に近づいていくと、幾つもの人影が見えて来て、同時に話し声の類も少しずつだが聞こえ始める。


「成功を祝ってかんぱーい!」

「乾杯って言っても回復の水じゃねえか」

「いいんだよ、こう言うのは気分だ気分」

 どうやらセーフティーエリアらしく、プレイヤーが何十人と居て、これからの行動の計画を立てるプレイヤーも居れば、今日の探索の成功を祝って打ち上げをするプレイヤーも居るようだ。


「100DCだ」

「また随分と傷だらけな……」

「ほお、こいつは珍しい物だな」

 また、中にはゴザのような物を広げて、何かしらの取引を行っているプレイヤーも居るようで、中々に賑わっているようだ。


「案外、人が居るようね」

『みたいでチュね』

 ここがS1、荒れ果てたビル街の中心に位置するセーフティーエリア。

 直径は約1キロメートル、白色の円柱の総数は分からないが、中ほどから折れている物も含めて、総数は百本を超えていそうだ。

 数多のプレイヤーの姿もあって、まるで小さな集落のようである。


『で、まずは登録でチュか?』

「ええ、まずはセーフティーエリアの登録を目指すわ」

 私は出来るだけ人目に付かないように、瓦礫の上から上へと飛び移るようにして、セーフティーエリアの中心部に向かっていく。

 私がこのような対処をしているのは、個人用のセーフティーエリアと違い、こう言った集団で使うセーフティーエリアでは他プレイヤーへの攻撃が可能で、その攻撃によって即死してしまえば、回復の水による回復も間に合わずに死に戻りする事になってしまうと言うのが一つ。

 そして、セーフティーエリア内に私のような高異形度プレイヤーの姿がほぼ見受けられず、異形度5以下のプレイヤーばかりで、私への対処がどんな物になるか分からないと言うのもある。

 要するに安全を第一にした結果である。


「あれがそうね」

 やがて私の視界に高さ10メートルほどで、表面に細かい装飾が施された白い塔が見えてくる。

 塔の周囲には回復の水らしきものが湧き出ている水瓶がいくつも並んでいて、そのさらに外側には赤と黄色の二色で彩られた板状の物体が複数本、地面から突き出ている。

 そして、板状の物体は時折輝いては、プレイヤーが現れたり消えたりしている。

 どうやら、あの板状の物体こそが私の目的としているもののようだ。


「ふむ、堂々と行きましょうか」

『分かったでチュ』

 私は瓦礫から飛び降りると、板状の物体に近づいていく。


「おい、あれって……」

「タルだ……この前のイベントで3位になった」

「何だあの姿は、一体どういう風に見えているんだ……」

「本当にあの異形度で外に出られるのか」

 私の姿を認識したプレイヤーたちがざわつき始める。

 まあ、私のような異形度16以上のプレイヤーが、イベントの交流マップのような特別な場所以外にこうして姿を現したのは、恐らく『CNP』全体でも初めての事だろう。

 ならばざわつくのは当然のことと言える。


「さて、登録は……」

「うおおおおおおおおおおおっ!」

 そうして板まで後3メートルと言うところまで来た時だった。

 突然、私の後方に居た虫の足を持った男が、背中に挿していた剣を抜き放ち、振りかぶりながら私へと突っ込んで来た。

 男の顔に浮かんでいるのは憎悪の感情。

 殺意は明らかに私へと向けられていて、首から『鑑定のルーペ』が下がっている事からして、プレイヤーなのは間違いない。


『たるうぃ』

 当然、私には男の攻撃は見えていたし、トーナメントで戦ったプレイヤーたちに比べて男の攻撃は遅く、単純で、既知の塊なつまらない攻撃だった。

 だから、適当に横へ跳んで攻撃を避けようとした時だった。


「ぐべらっ!?」

「ん?」

 男の首に茨の鞭のような物が絡みついて動きが止まり、同じ方向からやってきた光る花の頭を持つ女性騎士が手にした馬上槍で腹を貫かれ、銀色の肌を持った男性の刃によって首を刎ねられ、刎ねられた頭の脳天は矢によって射貫かれた。

 まさかの即死クラスの攻撃四種同時である。


「とりあえず登録を済ませてしまえ。板に触ればそれで完了だ」

「分かったわ」

 と言うか、よく見れば銀色の肌の男性はエギアズ・1だし、光る花を頭の上で咲かせている女性騎士は予選で最後に倒したプレイヤーだった。

 何故彼らがこんな事をしたのかは分からないが……何が起きてもいいように、今はまず登録をしてしまおう。


≪S1、荒れ果てたビル街のセーフティーエリアを発見。転移可能拠点として登録しました≫

「登録完了っと」

『おめでとうでチュ』

 エギアズ・1の言うとおり、板に触れたらそれだけで登録は完了した。

 以降はセーフティーエリアの中心点である、白い塔の周囲20メートルぐらいに居れば、設定画面から個人用のセーフティーエリアに移動できるようだ。


「手前ら! 何をしやが……グギッ!?」

 直後、死に戻りから戻ってきたと思しき先程の男が、広場に現れ……すぐさま、複数人のプレイヤーによって組み伏せられた上に、武器を向けられた状態で拘束された。


「何をするも何も……PKプレイヤーの拘束をしているだけだが?」

「まったく、こんな場所でいきり立って無事に済むはずが無いでしょうが」

 男に向けて声をかけるのはエギアズ・1と、もう一人は頭に光る薔薇の花を咲かせた軽装の騎士の女性。

 彼女も予選前の交流マップで模擬戦をしていたのを見た覚えがある。

 まあ、なんにせよだ。


「すみませんが、早急かつ簡潔にこの状況についての説明をいただけませんか? 何も分からないままに騒ぎの中心として巻き込まれるのは流石に不快ですので」

「そうだな。説明をしよう」

「そうね。説明をしましょうか」

 まずは説明をしてもらうとしよう。

 全てはそれからだ。

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