88:ビルズセーフティ-1
「さて、今日はセーフティーエリアを目指しましょうか」
『チュー、たるうぃ頑張るでチュー』
はい、火曜日のログインです。
と言う訳で、今日こそはセーフティーエリアに向かう事にする。
勿論、呪詛管理ツールも利用して『ダマーヴァンド』に問題が起きていない事を確かめてからだが。
「とうっ!」
で、外出の方法だが……
『チュアアアアアァァァァァァ!』
『ダマーヴァンド』から地上までわざわざ歩いて降りるなんてまどろっこしい真似はしていられないので、ビルの外壁から垂直に飛び降りるという手法を取る。
「せいっ!」
『チュゴッ!?』
そして、地面に着く直前に全力で羽ばたいて速度を殺し、軟着陸をする。
『し、舌を噛んだでチュ……』
「いや、舌なんて無いでしょうが。ザリチュには」
『気分的にはあるでチュよ? 味覚は無いでチュが』
「今更だけど、不思議な生態ねぇ……いや、性質? ザリチュはゴーレムの一種らしいし」
さて、前回ビルから飛んで降りようとした時は黒影大怪鳥と言う名の御仕置レイドボスが出現して、一口に呑み込まれることになったのだが……今回は大丈夫そうか。
となると、お仕置きの形で黒影大怪鳥が出現するのは、一定距離以上に空を飛んだ時に限られるのかもしれない。
その一定距離とやらが、ビルとビルの間を飛んでいこうとしただけでも引っ掛かるが。
「「「ブシュルルル……」」」
「あら早速ね」
『雑魚でチュね』
いや、それ以前に黒影大怪鳥が御仕置レイドボスであるとも限らないのか。
前回はたまたまだった可能性もあるし。
検証は……私はやりたくないので、その内、掲示板に流しておこう。
きっと、ストラスさんたち検証班が身を呈してやってくれることだろう。
「ギュウ……」
「まあ、雑魚よね」
『『
なお、着地直後に複数のモンスターに襲われたのだが、適当にフレイルを振って打ち倒した。
毒噛みネズミ以下のモンスターなのできちんと解体する価値もなしであり、風化の呪いを免れて運良く残った右手と同じ大きさぐらいの素材だけを毛皮袋に収めて、お終いである。
「さて、折角だし、試しましょうか」
『チュ?』
さて移動開始である。
目的地のセーフティーエリアは東に数キロメートルほど移動したところにあり、普通のプレイヤーが移動する分には霧とモンスターと探索の都合からゲーム内時間で3時間ほどかかるらしい。
が、私に視界問題は無く、モンスターも無視するならば、1時間もあれば着く方法がある。
と言う訳で、私は近くにあったビルの残骸が積み上がって、ちょっとした急勾配を持つ山のようになっている場所の頂上に移動する。
「せーのっ!」
『チュオオオオォォォ!』
そして、地面を思いっきり蹴り、進行方向に向けて体を
『たるうぃ! 気持ちいいでチュ! これがこの前言ってたあれでチュね!!』
「ええそうよ! はははっ! これは確かに空中浮遊のメリットだわ!」
実はこれ、イベントでストラスさんを含めた空中浮遊持ちのプレイヤーたちに会った時に教えてもらった移動方法である。
原理としてはローラーボードの板を空中浮遊の効果によって代用しただけのものであり、人によっては補助具の類が必要になるが、習熟すれば一人でいる時の移動能力が大幅に向上する技術である。
「よっ、ほっ。ああ、楽でいいわ、これ」
『本当でチュねぇ』
私は風を切って、元ビル街の隙間を勢いよく駆け抜けていく。
時折モンスターは私の存在に気付くが、私のスピードを見て襲い掛かるのは直ぐに諦める。
スピードが落ちた時に地面を蹴るのと、バランス調整に翅を動かすだけなので、疲労はほぼ無し。
ローラーボードと違って音の類は出ないし、地面のちょっとした小石の類なら気にしなくてもいい。
うん、実に快適な移動手段だ。
「そう言えばザリチュ」
『なんでチュか?』
私は周囲の風景の変化を楽しみつつ、ただ移動しているのもなんなので、ザリチュに話しかける。
「ザリチュはどうして私をタルウィと呼ぶのかしら? 一応、私はタルウィじゃなくてタルよ?」
『チュ? たるうぃはたるうぃでチュよ? タルと名乗っているけれど、たるうぃでチュよ?』
「なんか、珍しく要領を得ない返答になっているわね……」
『チュー? そうは言われてもたるうぃはたるうぃ、ざりちゅはこうとしか言えないでチュ』
「そう。ま、困る事でもないし、別に良いか」
私は時折、瓦礫の山に登って勢いを得つつ、東に移動し続ける。
この分だと1時間どころか、30分もかからないかもしれない。
ザリチュの哲学的なのかそうでないのか分からない言葉は……流しておくか。
「む……」
『なんか嫌な感じでチュねぇ……』
そうして移動し続けていると、私たちの視界に白色の円柱のような物が見えてくる。
一見すれば、何の変哲もない柱だが……私は思わずブレーキをかけたし、ザリチュは嫌な感じだと断言した。
『方向、間違っていないでチュよね』
「ええ、間違っていないわ。今の時刻はリアル20時ちょっと、ゲーム内では正午少し過ぎ。太陽の位置から見ても方角の間違いはないわね」
私は白色の円柱をよく見てみる。
すると、何故嫌な感じをしたのかが少し分かった。
「あの柱、周囲の呪詛を退けているみたいね」
『つまり?』
「あの柱の周囲では呪詛濃度が少しだけど低くなってる。私は高濃度の呪詛が必須だから、それで嫌な感じを覚えるのかも」
『なるほどでチュねぇ』
恐らくだが、ダンジョン内のセーフティーエリアと、フィールドのセーフティーエリアは出来方が大きく異なるのだ。
ダンジョンのセーフティーエリアは周囲の呪詛を利用する結界扉によって、異空間を作り出すことによって生成されている。
対して、フィールドのセーフティーエリアは、たぶん、あの柱によって周囲の呪詛を押し退け、普通の空間をセーフティーエリア足らしめているのだろう。
「向かうわよ。あそこが目的地みたいだから」
『分かったでチュ』
これでフィールドのセーフティーエリア周囲では呪詛濃度が足りないとなったら、嘆きつつも退くしかないが……さて、どうなるだろうか。