83:現実世界にて-3
「ふあっ……」
「眠そうですね。財満さん」
『CNP』の第一回公式イベントが終わった翌日、雨がそれなりの強さで降っている月曜日。
私は大学の食堂で眠そうにしているザリア……財満さんを見つけた。
「……樽笊さん」
「今、一瞬迷いませんでしたか? 後、席いいですか?」
「席はどうぞ。迷ったのは……あれね。向こうとこっちの差に頭が一瞬認識を拒否したの」
「それは単純に寝不足では?」
私は財満さんの正面の席に座ると、昼食を摂り始める。
対する財満さんはだいぶ眠そうにしている。
「寝不足……まあ、メンテナンスが明けた後に、天辺過ぎるくらいまでは向こうで活動をしていたから、否定は出来ないわね」
「寝不足は何事にとっても敵なので、気を付けた方がいいですよ」
「稼ぎ時だったからついついね。そう言う樽笊さんは……」
「イベント終了でログアウトして、それっきりです。今日の大学が終わったら、イベント後初のログインですね」
「そう」
まあ、『ダマーヴァンド』と言う特に動くものがなさそうな拠点に居る私と違って、サクリベスあるいはアイテムが復活するらしい普通のフィールドでの活動を主体とするザリアにとっては、メンテナンス明けは確かに稼ぎ時だったのかもしれない。
だが寝不足は駄目だと思う。
毎日最低でも六時間。
体調に不調を来たさないように眠るのは、健康的な生活の為には欠かせないものであるし、未知への対処を誤らないためにも必須だ。
少なくとも私はそう思っている。
「でも、寝不足を抜きにしても、やっぱり樽笊さんのギャップは大きすぎると思うわ」
「そうですか?」
「そうよ。言葉遣いとかはともかく、まるで別人だわ」
「うーん、顔の作りとかは変わってないはずなんですけどね」
私と財満さんは『CNP』についての話をする。
イベントの感想は勿論のこと、メンテナンスが明けて何か変化があったのかや、お互いに今後どうするか、可能であれば助言の類も勿論し合っていく。
「それにしても樽笊さんはどうしてそんなに未知が好きなの?」
「それはやっぱり気持ちが良いからですかね。今までに知らなかった事を知れると言うのは嬉しい事ですし」
「でも、それなら現実でも出来そうだけど。その……色々と拙い方向の未知もあるでしょうけど」
「ああ、その事ですか」
話の流れが私の考えについてに変わっていく。
「簡単に言ってしまえば、現実だと既に知っている事か、未知ではあるけれど取り返しのつかない事ばかりなんですよ」
「取り返しのつかない事……」
「既知はつまらない。未知でも取り返しのつかない事は、その先で得られる未知の総量が大きく減る事になってしまう。勿論、得ても問題のない未知もあるのでしょうけど、現実でそう言うのを得られるだけの才能は私には無いですから」
「取り返しのつかない事って……」
「平たく言ってしまえば犯罪行為ですね。自分がやるのもやられるのもお断りですが、他人がそうなるのも嫌ですね。犯罪に遭った人たちが見つけ出したかもしれない未知が失われるので」
「筋金入りね……」
「だからこそ『CNP』の世界は楽しいんですよ。NPC相手だとちょっと微妙な所になってしまいますけど、プレイヤー相手ならだいたいは取り返しのつく事ですから」
「はぁ……それで、アレとかコレとかソレなわけね……」
私は笑みを浮かべて自分の事を語るが、財満さんは何処か呆れていると言うか、頭を抱えていると言うか、そんな感じの雰囲気だ。
やはり寝不足が深刻なのではないだろうか。
あるいは……まあ、それならはっきりと告げておくとしよう。
「理解はしなくていいですよ。私も自分で自分の事をどうかしているという自覚はありますから」
「それでいいの?」
「いいんですよ。どうせ人間が他人を一から十まで理解できることなんてないんです。重要なのは折り合いをつければ一緒に社会生活を送れる事であって、他人との付き合いをきちんと取り繕う事が出来るのなら、皮と中身がどんなに狂ったものだって問題は起きないんですから」
「あ、うん。今ようやく、はっきりと向こうとこっちの樽笊さんが重なったわ。確かに一緒ね」
「分かってもらえて何よりです」
私の考えと言う物を。
「そう言えば樽笊さん。この間言っていた大学に居る他の『CNP』プレイヤーについてだけど……」
さて、私の考えについてはこのくらいにしておくとしてだ。
話題がまた変わる。
「あー、マジで寝不足ヤベえ……」
「……」
「そりゃあ、あんな時間まで起きてたらねぇ……でも、おかげで助かったよ。僕も順調に始められそうだ」
そこへタイミングよく私たちの横を三人の男子学生が通り過ぎていき、財満さんは彼らが通り過ぎてから再び口を開く。
うん、今ので何となく分かった。
「向こうは気づいていますか?」
「たぶん気付いていないと思う。と言うか流石ね。今ので分かるなんて」
「歩き方が完全に一致しましたから」
たぶん、今の三人の内の二人は私も知っている。
後、あの内の一人に高校生の妹が居るという話も小耳に挟んだ覚えがある。
「財満さん」
「心配しなくても話さないわ。私だって無理に伝えようとは思わないし」
「なら問題は無いです」
ま、私には関わり合いのないことだ。
ゲームはゲーム、現実は現実できっちり分けて考えるのが私のスタンスである。
「さて、大学から帰ったら、ログインをして、それから何をしましょうか?」
「また向こうでも会えることを楽しみにしているわ。ただしPKなしで。もしもやったら全力でやり返すから」
「分かっています。財満さん」
私は窓の外を見る。
今は6月の半ば、梅雨の時期であり、先程までは雨が降っていた。
だが気が付けば空は晴れていて、綺麗な虹が……『CNP』のタルの瞳のような虹が空に架かっていた。
私はそれを見て、思わず笑みを浮かべていた。
『CNP』の世界には虹色の瞳で映すものがまだまだ沢山ありそうだと。
04/24誤字訂正