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80:1stナイトメアバトル-7

「酷い評価ね……」

 熊ですとの戦いを終えた私は準備空間に戻ると、残された僅かな時間を使って次の対戦相手であるスクナについて調べられる範囲で調べた。

 そうして調べた結果を言わせてもらうなら……。


「まあ、妥当な評価でもあるけど」

『無茶苦茶でチュね』

 うん、勝ち筋が全く無いわけではないが、ほぼ無理。

 最初の『毒の邪眼・1(タルウィベーノ)』をゼロ距離で決めて、重症化させれば勝てるかな、と言う感じである。

 ま、『ダマーヴァンド』の地下に潜んでる推定カースの何かと違って、勝てる可能性と道筋が存在しているだけ、マシな相手だ。

 あっちと違って勝負は出来るのだから。


「草原ね……理想は湿地帯や河川のように普通の足が取られる地形だったのだけど」

『微妙でチュねぇ』

 戦いの場への転送が行われた。

 地形は草原で、丈の長さに差はあれど、細い葉の植物が一様に生えていて、木や岩と言った身を隠したり、高低差を得られるような物の類は一切ない。

 どちらにとっても有利とは言い難いが、身を隠す場所が無いのは私にとって少しは有利か?


「お前さんがタルだな」

「そう言う貴方がスクナね」

 5メートルほど離れたところには、簡素な衣服を身に着けた男性が立っていた。

 名はスクナ。

 服だけ見るならば、『CNP』の世界では一般的な町人なのではないだろうか。

 だが、普通の人ではない証拠として、腕の数は四本あって、二本の右腕で一本の長柄の槍を、二本の左腕それぞれには片刃の剣を握っている。

 また、筋肉の張りと言うか、漲っている力の具合が見た目以上な気もする。

 情報通りなら、顔も正面に見えているものだけでなく、後頭部にもついているはずだ。


「最初から全力で行かせてもらう。それが戦いにおける礼儀だからな」

「そう……」

 スクナの今回のイベントにおける成績はすさまじい物がある。

 予選では最速でトーナメント進出を決めたのだが、倒したプレイヤーの数は3桁に達する。

 トーナメントではここまでの3戦、いずれも30秒以内に決着が付いている。

 そして、そんな短時間で終わる事からも分かるように、戦闘スタイルは攻撃に全てを割り振ったような物……ならば、まだ対処も容易に出来るのだろうが、各種動画を見る限りでは、避けたり防いだりする必要が無いから、それらをしてこなかったようにしか見えない。

 うん、勝算はあるが、一瞬でも気を抜いたら、そのまま何が起きたのかも分からずに切り殺されそうな感じだ。


「「……」」

 カウントダウンが始まる。

 私はフレイルを構えて、何時でも動けるようにする。

 対するスクナは自然体で居続けているが、それはこちらを甘く見ているのではなく、それが適切な姿勢であるからだろう。

 3……2……1……0。


≪本戦準決勝 スクナ VS タル の試合を始めます≫

「ほうっ……」

「っつ……!?」

 カウントダウンがゼロになった瞬間、私は全力で地面を蹴って、斜め前に跳び出していた。

 同時に、私が居た場所を貫くようにスクナの右手の槍が突き出され、進路上にあった草の葉を焼き切っていた。

 私の13の目でもほぼ挙動の最後しか見えていない程に速く、無駄のない、綺麗な突き。

 後ろに向かって逃げていたらどうなっていたかなど言うまでもない。


「引かぬとは善きことよ」

「ぐっ……」

 そして、私に攻撃が避けられたことを認識したスクナは既に次の攻撃を……左側の二本の刃を十字に交差するように振っている。

 対する私はフレイルを斜めに構える事で二本の刃を防ぐと、左足で地面を蹴って体を浮かせる。


「ぬんっ!」

「石……頭……!」

 地面を蹴った勢いそのままに私はスクナの顔面に膝蹴りを叩き込もうとした。

 その私の膝を襲ったのは、膝の骨が折れるのではないかと感じるほどの衝撃……スクナの正確な頭突きだった。


「引く者を殺すは容易いからな」

 フレイルの柄に刃が入り始めると共に、右の槍が引かれた。

 此処まででおおよそ3秒。

 『毒の邪眼・1』を撃てるようになるまででも後7秒は必要になる。


「あ、そ……ぐっ!?」

 私はフレイルの柄を手放し、右足をスクナの槍の柄に乗せて動きを阻害し、翅の力も利用してスクナの背中側へと張り付くような動きで移動しようとした。

 だがいつの間にかスクナの右腕の一本が槍の柄を手放していた。

 私の腹にスクナの拳が入り、私の動きを阻害しつつ、左の刃の射程圏内に私を収めようとする。


「舐めるなああぁぁ!」

「ほうっ……」

 私はスクナの右肩を掴んで、体を引き上げる。

 同時にスクナの刃が私の足を捉え、切断、足の甲にある目が送っていた情報が途絶える。

 だが、空を飛べる私にとって足を犠牲にするのは、刃が直撃して即死するよりかはマシな事である。


「よい覚悟だ」

 スクナの後頭部の顔の目と私の目が合う。

 この時点で6秒経過。

 後4秒は生き残らないといけない。

 だが、人体の構造上、背中側への攻撃は難しい。

 それは四本腕となったスクナでも同じことのはず。

 ならば4秒くらいは凌げるはず。

 此処まで私が考えた時だった。


「ならば、私も応じよう」

「!?」

 私ごとスクナの体が宙を舞う。

 前方宙返りの要領で私の体を押しつぶす腹積もりのようだ。

 そして、迂闊に手放して逃げ出そうとするならば、手に持った刃で私の体を引き裂くに違いない。


「ぐっ……ぎっ……」

「むっ……」

 私の体が押しつぶされる。

 だが、空中浮遊のおかげで、そこまで痛くはない。

 スクナの体を手放す事もない。


「はははっ」

 そうだ、こんな美しい物を洗練された武術を見る機会を直ぐに終わらせるなんて勿体ない真似、出来る訳ない。

 出血によってHPバーが減り続けていようが、痛みによって頭が沸騰しようが、スクナの動きが私よりも明らかに速かろうが関係ない。

 私は私の全力を尽くすのみ。

 これほどの相手から勝利を得るという未知の快感を得るために!


「ぐっ、これは……おのれ……」

 暴れ回るスクナに私はしがみつき続ける。

 両手の目を刺し貫かれても、後頭部をザリチュごとわしづかみにされても、構わずに笑顔を浮かべ、耐え続ける。


「『毒の邪眼・1(タルウィベーノ)』!」

 そうして私の『毒の邪眼・1』がゼロ距離で発動。

 スクナに毒を与える。


「やむを得ないな」

 同時にスクナの刃が振るわれた。

 スクナの右肩を貫通し、その裏に隠れた私を貫くように。


「あ……ぐ……」

「……」

 私がスクナに与えた毒は……99。

 重症化に至る一歩手前だった。

 スクナの刃は私の心臓を貫いていた。

 HPバーが一気に消し飛ぶ。


≪敗北しました≫

「見事だった。タルよ」

 私は死んで、敗北し、体はマップから消え去った。

なお、開始時の距離が5メートルではなく10メートル~20メートルであれば、タルが勝てる可能性が大きく上がる模様(攻撃されずに逃げれるため)。

それ以上? 正確無比な投擲が始まります。


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