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78:1stナイトメアバトル-6

「そんな餌に釣られるかクマー!」

 熊ですが腕を振り上げながら突っ込んで来る。

 なので私は後方に跳んで回避。

 そして、それから翅を動かして一気に距離を離していく。


「さて……」

『どうするでチュか?』

「どうしようかしらねぇ」

 私と熊ですなら、私の方が移動速度が速く、小回りも利き、周囲の状況の把握も出来ている。

 私が逃げる事に専念している限り、相手が何か仕掛けなければ倒すことはおろか、追いつくことも出来ないだろう。


「正直、相性の悪さがこちらの想定以上なのよね」

 熊ですに毒は効かない。

 フレイルは壊された。

 垂れ肉華シダのボーラを投げつけてもダメージについては期待できない。

 トゥースナイフで切りかかっても……リーチの差で返り討ちに遭うだけならまだしも、急所を突いたあるいは裂いたけど、ぬいぐるみなので致命傷ではございません、とかありそうだ。


「んー……」

 熊ですは私を全速力で追いかけてきている。

 移動を邪魔する障害物はその爪で薙ぎ払い、ちょっとした机や椅子の残骸を蹴り飛ばしながら、一直線にこちらへと向かってきている。

 ただ、残骸に足を取られているのか、時々躓くような様子も見えている。

 とりあえず、今の状況からして、熊ですには気軽に使える遠距離攻撃手段は無いと見ていいだろう。


「ぬいぐるみ化って事は、元となった肉体はあるのよね……」

『そりゃあそうでチュよ』

「てことは、ザリチュが臭いを嗅いだり、物を見たり出来るように、視覚や嗅覚なんかはあるのよね」

『無いとたるうぃを追えないでチュ』

「ザリチュ、貴方の食事は?」

『周囲の呪詛でチュね。でも、アレとざりちゅは違うでチュよ』

「ふむふむ」

 では、手早く状況をまとめて、対抗策を練ってしまおう。

 こちらにはザリチュと言う相談相手も居るわけだし。


「んー、とりあえず狙ってみる価値はありそうね」

 私はこれからするのに適切な場所を見つけると、熊ですの視界を切った上でそちらに向かい、手早く仕掛けを仕込む。


「ちょこまかと逃げ回るな……グマアアァァ!」

 仕掛けが終わったタイミングで熊ですが壁を破壊しながら突っ込んで来る。


「ふんっ!」

「熊ですにそんな物が効くかです!」

 そこへ私は垂れ肉華シダのボーラを投擲。

 熊ですの腕に当てて、体に絡みつかせたが、綿の体へのダメージは殆どなさそうだし、行動阻害も簡単に振り払われてしまう。


「せいっ! よっと!」

「やけくそなど熊ですには通用しないと言っているのです!」

 続けて更に投擲。

 熊ですの上半身目掛けて投げ続ける。

 熊ですはそんな私の攻撃を両腕を上げてガードはしているが、殆ど意に介する事もなく直進し続けてくる。


「とっとと……っつ!?」

 そして私の前にあった瓦礫を足で粉砕しつつ進もうとして……垂れ肉華シダの蔓に引っ掛かった。


「あはっ!」

「小癪な……」

 熊ですの体が前に向かって倒れ込み始めるのを見て、私は床を全力で蹴って熊ですに接近、勿論既にトゥースナイフを持った手は振り上げている。

 そうして熊ですが完全に倒れ、私が切りかかるまで後1秒もない瞬間だった。

 私の視界にこれまで決して映らなかった熊ですの背中が見えた。

 熊ですの背中には、人で言うところ背骨の位置に相当する部分にある縫い目があった。

 その縫い目が見えた時だった。


『たるうぃ!』

「っつ!」

 ザリチュが警告を発し、私は極めて嫌な予感を感じた。

 だから私は全力で翅を動かして、前進する体をその場で留めた。

 直後。


 私の眼前を黒い爪が生えた真っ赤な腕が横に薙いだ。


「ちっ、です。熊ですのとっておきを読まれるとは」

「随分と素敵な物を持っているのね……」

『ギ、ギリギリだったでチュ……』

 私は直ぐに熊ですから距離を取ると、熊ですの姿をしっかりと見る。

 熊ですは……背中の縫い目の中から赤い腕を生やしていた。

 いや、腕と言うよりは爪の生えた舌か?

 縫い目の中には歯のような物も見えるし、腕には唾液によるテカリの類も見える、それらを合わせて見るとあの縫い目は口のようにも思える。

 そして、縫い目の中にだが、道具袋やポーション瓶のような物も角度によっては見えた。

 いやはや、ただのクマのぬいぐるみかと思っていたら、とんでもない異形が隠れていたものである。


「第二の口に舌を腕に変える呪いと言うところかしら」

「だいたい正解です。慣れれば戦いながら甘味も嗜める程度には便利な呪いであると熊ですは判断しています」

「そう」

 私は若干ザリチュを深く被り直す。

 それから笑みを浮かべる。


「何を笑っているですか?」

「大したことじゃないわ。誰も知らなかったであろう貴方の秘密を暴けた。それが嬉しいだけよ」

「なら、降参すると良いのです。熊ですは追い掛け回し続けて、面倒になってきたのです」

「ふふふ、それはゴメンね」

 何故笑みを浮かべるのか。

 熊ですの秘めていた未知を見れたのも勿論ある。

 しかしそれだけではない。

 熊ですにしてみれば、ただの雑談か自慢だったのだろうが、熊ですは失言をした。


「諦めが悪いのです!」

 狙えるかどうかという問題はあれど、突破口は見つけた。

 だから私は、正面から四足歩行の状態で突っ込んで来る熊ですへ右手の指先を向ける。


「『毒の邪眼・1(タルウィベーノ)』」

 そして『毒の邪眼・1』を撃ち込む。

 ただし、漫然と撃ち込むのではなく、熊ですの背中の縫い目の中へとピンポイントで。

 全ての目を深緑色に輝かせて。


「っ!?」

 効果は劇的だった。


「グ、グマアアァァァ!?」

 熊ですが大声を上げながら、三本の腕で自分の口を抑え、激しくのたうち回る。

 何をしたのか?

 やった事はシンプルだ。

 私の『毒の邪眼・1』によって生成される毒液……極めて臭くて不味い液体を、体内の各部位の中でも味を感じられる口の中で直接生み出してやっただけだ。

 ただそれだけだが、熊ですに味覚がある以上、逃れる事は叶わない、絶対にだ。

 肉体的なダメージこそないが、精神面のダメージは破格だろう。


「グ、グマ……何が……」

「あはっ」

 そして、周囲の状況を気にする暇もなくのたうち回り続けていれば、幾らゲーム内のアバターであっても疲れ、その動きを止めることになる。

 私はそのタイミングで熊ですに飛び掛かる。


「綺麗なガラス玉、貰っちゃうわね」

「ぐまああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁ!?」

 一瞬の躊躇いも迷いもなく、私は熊ですの目であろうガラス球を左手で握り、右手のトゥースナイフで素早く抉り出す。

 右目も、左目もだ。

 ネズミたちの解体で目玉を抉るのに比べれば、とても簡単だ。


「あはははははははっ!」

「目が!? 目が見えないです!? 熊ですに何を……っつ!?」

 そうして抉り取ったら十分な距離を取った上で、私は左手を開き、ガラス玉を光に晒す。

 すると熊ですは直ぐに私の姿を見つけ出した。

 どうやら、ぬいぐるみ化のおかげで、抉り出された程度ならまだ見えるらしい。

 だから私は熊ですのガラス玉を一つは口で咥え、もう一つは適当に足元に落とすと手に持つ物を瓦礫に変えた。


「な、何をする気です?」

「何って……こうするのよ!」

「や……止めるのです!」

 足元のガラス玉を瓦礫で砕く。

 歯を食いしばって、粉々になるまで叩きつける。

 するとどうしてか口の中のガラス玉まで砕け散って、私の口の中を引き裂き、鉄の味で口の中が満たされる。


「ひひっ、とりあえずこれで視覚は奪えたわねぇ」

 口の端から血が混じった唾液が零れ落ちる。

 ああ、笑みが止まらない。

 目として使えるガラス玉を噛み砕いて飲み込むという未知がたまらない……。

 今の熊ですには見えないだろうが、私はとてもいい笑顔をしているだろう。


「さて、次は嗅覚? 聴覚? 味覚をもう一度と言うのもいいわねぇ。触覚は……全身の皮を剥げば奪えるかしら」

「あ、あ、あ……」

 そして熊ですの倒し方も分かった。

 解体してしまえばいい。

 そうすれば、ぬいぐるみだろうが生きていようが、殺せる。

 ナイフ一本と『毒の邪眼・1』があれば十分だ。


「ふふっ、ふふふふふ……」

 私は笑い声を消し、距離も取る。

 視覚を奪われた熊ですに私の位置を悟れないようにする。

 そうして、しばらく待ってから襲い掛かろうと思った時だった。


「降参! 降参するのです!! 熊ですは降参するのですううぅぅ!!」

「は?」

≪勝利しました! タル様。準決勝進出おめでとうございます!≫

 熊ですは大声で降参を宣言して、私の勝利が確定してしまった。


「ええー、なにそれ……」

『極めて妥当な判断でチュ……』

 すっきりしないままに私は三回戦のマップを後にする事となった。

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