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77:1stナイトメアバトル-5

「ふうん……」

『狭いでチュね』

 熊ですとの戦いの場に私は転送された。

 マップは……一言で言ってしまえば廃墟の学校だ。

 コンクリート剥き出しの床、天井、柱に、子供が使うような机と椅子の残骸、金属製のロッカーなどが見える。

 教室の間を分けていた壁や黒板も人一人が屈めば通れるサイズの大穴が開いていたりもするが、きちんと存在している。

 だが窓はなく、見た限りでは階段も無さそうだ。

 なお、天井までの距離は2メートル半、長柄の武器を振るったり、大きく跳び跳ねたりする際には少々考える必要がある高さである。


「熊です。よろしくお願いします」

「タルよ。こちらこそよろしく」

 私から5メートルほど離れた場所には身長180センチほどのクマのぬいぐるみが立っている。

 私の対戦相手である熊ですだ。

 掲示板で見た通りに、巨大なクマのぬいぐるみの姿をしていて、フェルトのような生地の内側にたっぷりの綿が詰め込まれている感じが見た目から既にしている。

 また、透き通ったガラス玉の目や、おへそのボタンなど、黙っていれば非常に可愛らしいのではないかと思う。

 が、そんな可愛らしい全体に反して、両手の先にある黒い爪は明らかに凶悪な代物だ。

 どう見ても金属系統の輝きを放っているし、予選や先程の試合ではあの爪で敵を切り裂いていた。


「「……」」

 カウントダウンが始まる。

 私はいつも通りにフレイルを構え、熊ですは腰を少し落としつつファイティングポーズを取る。

 3……2……1……0。


≪本戦三回戦 タル VS 熊です の試合を始めます≫

「ふんっ!」

「……」

 戦闘開始と同時に私は後方に向かって大きく跳んで距離を取る。

 対する熊ですは……少しずつこちらに近寄ってくる。

 ファイティングポーズの姿勢を崩さず、すり足で、少しずつ、少しずつだ。

 私相手にそんな戦い方をする時点で、事前の予想が当たっている気しかしないが……ブラフの可能性もある。

 だから試すとしよう。


「『毒の邪眼・1(タルウィベーノ)』」

 黒板に開いた大穴を超えたところで、私は『毒の邪眼・1』を熊ですに向けて放つ。

 結果は……


「毒など効きません。熊ですので」

「ちっ」

『完全に無効化されているでチュね』

 効果なし。

 深緑色の光が発せられ、私のHPはしっかり消費されたが、状態異常のエフェクトは出現せず、完全に無効化されている。


「熊だからじゃなくて、ぬいぐるみだからでしょうが」

「いいえ、熊だから効かないのです。熊ですは強い熊なのです」

 効かない理由は?

 熊ですのぬいぐるみ化が自身を非生物化しているものだからだ。

 私の『毒の邪眼・1』が相手の体内に生じさせる毒は生物を相手として想定した物であり、非生物の肉体を持つ熊ですには効果が無いのだ。


「降参すると良いのですよ。熊ですは優しい熊なので、認めるのです」

「冗談言わないで、手札が一枚封じられた程度で諦める気は無いわ」

「残念なのです」

 さて、こうなってくると厳しいなどと言う次元では済まない。

 私の最大火力が封じられてしまったのだから。

 いや、『毒の邪眼・1』だけではなく、フレイルも厳しいか?

 熊ですの体は明らかに柔らかそうだ。


「では、遠慮なく狩らせてもらうのです。熊ですは敵には容赦しない熊ですので」

「っつ!?」

 熊ですが私に向かって突っ込んで来る。

 その姿を見て、私は反射的に真横に向かって跳んでいた。

 熊ですのサイズからして、黒板の穴は通り抜けられず、コンクリート製の壁を壊す事も出来る筈が無いという一般的な想定が思い浮かんだのは跳んだ後だった。

 だが、跳んで正解だった。


「グマアアァァッ!」

「んなっ……」

『チュア!?』

 直後、コンクリートで出来ているはずの壁が粉砕され、粉塵を生じながら吹き飛んだのだから。

 そして、粉塵の向こうから現れたのは、ガラス玉の目を真っ赤に染め上げた熊ですの姿であり、開かれよだれを垂らす口からは爪と同じく金属製と思しき歯が生えているのが見えた。


「逃がさないのです」

「やばっ……!」

 熊ですが突っ込んできて、爪を振り上げる。

 私は逃げ場を失わないように気を付けつつ、後ろに向かって跳ぶ。

 それと共にフレイルを横に振るって打撃部を熊ですに叩き込もうとした。


「こんなものが効くかクマー!」

「でしょうね!」

 だが、腕に直撃したフレイルの打撃部は衝撃らしい衝撃すら与えられずにその場に落ちてしまい、熊ですが蔓を掴もうとしたので、私は手放す他なかった。


「さあ、諦めるといいのです。これで貴方の勝ち目は無くなったのですから」

「……」

 私のフレイルを手元に招き寄せた熊ですは、直ぐに蔓を引き裂き、持ち手を折り曲げる事によってフレイルを破壊する。

 そして、折れ曲がった持ち手を私に投げつけて攻撃してきたが、これについては普通に見えていたので、横に跳ぶ事によって回避した。


『たるうぃ、どうするでチュか?』

「さて、どうしたものかしらね……」

 諦める気はない。

 しかし、こちらの攻撃手段が悉く通用しない。

 対する熊ですの攻撃はコンクリート製の壁を破壊して見せた事からして、私を葬るのに十分な力を持っている事は間違いない。


「まだ、諦める気はないですか」

「……」

 気になるのは先程からやけに熊ですが私に対して降参を勧めてくること。

 単純に私の機動力を相手にしたくないだけとも思えるが、それにしては妙なこだわりと言うか焦りに似た何かを感じなくもない。

 先程のオンドリアとの試合では普通に戦って、きっちりとどめを刺していたわけだし。


「熊ですは残念で仕方がありません」

「……」

 たぶん、何かがあるのだろう。

 その何かを……未知を残したままにするのは、例え勝ち目が無くても私にとっては許し難い事である。

 だから私は腰のトゥースナイフを抜いて切っ先を熊ですに向けると、満面の笑みを浮かべながら言い切ってやる。


「諦めるなら貴方が諦めなさい、熊です。判定勝ちを狙うという方法だってこちらにはあるんだから」

 徹底抗戦の意志を。

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