75:1stナイトメアバトル-3
「ちっ……」
『大外れって奴でチュね』
ザリアとの戦いの場が砂漠地帯のような強い日差し降り注ぐ岩場である事を認識した時点で、私は思わず舌打ちしてしまった。
理由は言うまでもなく、この環境が私にとって極めて過酷だからだ。
強い日差しは低異形度のプレイヤーの視点では呪詛の霧で和らいでいるのかもしれないが、私の視点では直視できない程にまぶしく、視界が全方位である事もあって、この時点でも既にキツイ。
日差しと空気の熱さは肌を焼くほどで、身に付けている衣服が悉く火属性に弱いこともあってか、戦いが始まればHPへのダメージが発生する事は容易に想像できる。
風もそれなり以上に吹いており、きちんと羽ばたかなければ、自分の思い通りに動けない可能性もありそうだ。
そして、これらのマイナス要素の全てが、私とザリアではザリアの方が影響は少ないだろう。
つまり、ザリチュの言うとおり、大外れのマップと言う事だ。
「それが貴方の本来の姿と言う事ね。タル」
「ええ、その通りです。いえ、その通りよ」
ザリアの言葉に口調を変えて返しつつ、その姿を確認する。
殆どの装備品に変わりはない。
だが、一回戦と違い、背中に先が地面をするほどに長い麻布をマントのように身に付けている。
アレが私対策なのはほぼ間違いないが、アレで身を隠せば私の邪眼から逃れられると思っているのだろうか。
だとしたら舐められたものである。
「ちなみに口調を変える基準は?」
「気分、状況、相手次第。要するにTPOに合わせてって事よ」
カウントダウンが始まる。
私はフレイルを構え、ザリアも剣を構える。
彼我の距離は5メートルほど。
「「……」」
3……2……1……0!
≪本戦二回戦 タル VS ザリア の試合を始めます≫
「せいやっ!」
カウントダウンが0になって戦闘が始まると同時に、ザリアが剣の切っ先を私に向けた状態のまま突っ込んで来る。
やはりと言うべきか、私の呪術のチャージが終わる前に仕留めるのは試みるらしい。
「ふんっ!」
「とっ……」
だがそれは予想済み。
だから私は後方に向かって回転しながら跳んで、フレイルを伸ばして攻撃をする。
ザリアは剣できっちり打撃部を弾いて攻撃を防いだが、勢いは削がれた。
「このまま距離を……と」
「逃がさない!」
ザリアの左手から複数本の針が投げられ、背中を向けている私は斜め前方に向かって跳ぶ事でそれを避ける。
これもまた予想済み。
針には何かしらの仕込みがあるだろうが、当たらなければどうということは無く、距離を詰められない限りは私が有利である事に変わりはない。
「この程度で終わりならガッカリね」
更にもう一歩跳ぶ事で十分すぎる距離を取る。
『
私がそう思って日差しでだいぶ熱くなっている地面を蹴ろうとした時だった。
「終わりの訳ないでしょうが!」
『たるうぃ!』
「っつ!?」
ザリアが走りながら円盤状の物を投擲。
それは宙を舞いながら、大量の針を周囲に……私の膝辺りを狙うような軌道で勢いよくばらまく。
避けるためには地面を蹴る訳にはいかず、私は勢いが死ぬのを承知で、膝を曲げつつ全力で飛ぶことで回避する事を選んだ。
「貰うわ!」
その間にザリアが距離を詰めて来て、剣も刺突での攻撃ならば届く距離にまで詰めてくる。
だが問題は無い。
既にチャージは終わっている。
「『
私の『毒の邪眼・1』が発動しようとした。
「此処っ!」
発声が半分ほど終わったところでザリアが身を翻し、背中のマントを大きく広げ、壁のようにしつつ私とザリアの間に展開する。
「ベーノ……っつ!?」
私の目が深緑色に輝いた瞬間に、私はザリアの行動の意図を理解した。
この麻布のマントはマントではない。
本当にただの麻布だった。
防具に留め具でくっつけてもいない、呪いによる一体化も装備品化もされていない。
正真正銘、ただの麻布だった。
そして、今この時、綺麗に広がって私の視界からザリアの姿を隠しつつも、ザリアの身に付けている物ではなくなった瞬間、最悪の壁になった。
それは、ただの麻布であるからこそだった。
『たるうぃ!』
そう、私の『毒の邪眼・1』は相手の体内に直接毒を発生させる。
その毒の発生機構の前には相手がどれほど堅い鎧を身に着けていようとも、関係はない。
だが、相手が見えなければ……相手の装備品すら見えないのでは、毒を与える事は出来ない。
「貰った!」
そして、ただの麻布であるからこそ、刃物で突き破るのはそう難しくはない。
私の『毒の邪眼・1』が不発に終わり、深緑色の光が止むのと同時に、麻布の向こうからザリアの剣の刃がゆっくりと突き出される。
狙いは私の心臓。
「っつ!?」
咄嗟に構えた私のフレイルとザリアの刃がぶつかり合って火花を飛ばし、軌道が僅かに逸れたザリアの刃が包帯服に触れて勢いを削がれ、後ろに倒れ込むように動いていた私の肩を切り裂く。
その全てが私の視界ではスローモーションのように流れていき……
「あっ……つう、はぁはぁ……残念だったわね」
「くっ……仕留めそこなったわね……」
私が後ろに跳んで少し距離を取れたところでスローモーションのような光景は元に戻った。
「その手段、そう何度も使えるとは思わない方が良いわよ」
「そうでしょうね!」
私は時間稼ぎも兼ねて会話を試みるが、やはりザリアは乗ってこない。
駆け出しながら麻布から剣を引き抜き、素早く麻布を体に巻き付けると、私に切りかかってくる。
「確かに視界を自分でない物で遮れば、私の邪眼は防げる。それは正解よ。でも、此処で仕留められなかったのは大きいわ」
「穴が開けば、そこから通せるって事でしょう。そんなの百も承知よ!」
ザリアの攻撃を私はフレイルの柄で受け止め、流し、可能な限りその場にとどまって攻撃を捌き、避け、時間を稼ぐ。
これまでの攻防で下手に距離を取って投擲攻撃をされた方が厄介だと判断したからだ。
「次の邪眼までさて、後何秒かしらね」
「その前に仕留めればいい事よ!」
動きそのものは視界の差もあって良く見えている。
踏み込みも、腕の振り方もよく分かっていて、何時何処に攻撃してくるかははっきり分かっている。
だがそれでも、所詮は私と言うべきか、マップの暑さによって少しずつ動きが鈍り、動きが鈍った事によって僅かずつだがダメージが蓄積していくし、反撃の隙も無い。
流石に拙いか。
「ふんっ!」
「逃がさ……」
「タルウィ……」
「っつ!」
私は後方に跳びつつフレイルを片手で遠心力任せに振り、更には垂れ肉華シダのボーラを投擲。
その上で『毒の邪眼・1』の詠唱を始める。
するとザリアはやむを得ずと言った形で麻布を広げて、私の視界を遮る。
「なんてね」
その隙に私はポーションケトルを使ってHPを回復する。
そう、同じ手を使うならば、騙せばいい。
一回戦のエギアズ・1と同じだ。
だが、エギアズ・1の時と違って、今の私たちの周囲には隠れられる場所はない。
そして、支えのない麻布がザリアの姿を隠せている時間などどんなに長くても3秒もない。
「でしょうね!」
「っつ!?」
尤も、これはザリアも分かっていた事。
だから麻布の裏から出てきたザリアは間髪入れずに何かを地面に叩きつけて、白煙を周囲一帯にバラまく。
どうやらエギアズ・1が使っていたのと同じもののようだ。
ならば、ザリチュに索敵を任せ、私は煙の中に身を隠せばいい。
そう思って横に跳んだ瞬間だった。
『たるうぃ!』
「……」
白煙を裂くように飛んできた細い針が、私の喉に突き刺さる。
表示された状態異常は沈黙(5)。
効果は一切の声を発する事が出来なくなる。
つまり、呪術の詠唱キーを満たせなくなる!
「これで呪術は使えないでしょう!」
『真っ直ぐ来るでチュ!』
失敗した。
状態異常攻撃を相手が使うのは失念していた。
ここまでザリアの遠距離攻撃に当たっていなくて、警戒していなかったのも大きいか。
そして、エギアズ・1と同じように、ザリアはどうやってか私の位置を把握して、真っ直ぐに迫ってくる。
まさかとは思うが、この白煙、異形度が高い方が周囲が見えなくなったりするのか?
いや、今はそんな事どうでもいい。
今はザリアだ。
「ふんっ!」
「……」
まず一撃目。
私はフレイルの持ち手で受けて、防ぐが、フレイルが弾かれる。
「せいっ!」
「……」
二撃目。
翅を動かして後ろに少し動いた私は、浅く体を切られた。
だからポーションケトルを手に取ると、自分の体にかけるように動かす。
「させるか!」
「っ……」
三撃目。
ザリアの剣が私の腕に迫る。
なので私は……敢えてポーションケトルごと腕を切らせ、ポーションケトルの中身を周囲にぶちまけさせた。
「このて……」
四撃目をザリアが放とうとする。
だが、その目には動揺が走っており、頭上には毒の状態異常エフェクトと5と言う数字が生じていた。
毒の出所は私のポーションケトル。
しかし、ザリアにはそれは分からず、私がどうやってか『毒の邪眼・1』を発動したように見えただろう。
そして、この隙を見逃す気はない。
「っつ!?」
先程後ろに動くために動かした翅を同じ軌道を描くように動かす。
すると私の体はザリアに密着するほどに前に出る。
私の何も持っていない手はザリアの背後に回り、そこでまっすぐに伸ばされた後、素早く手首を一回しする。
「な……!?」
動作キーによって『毒の邪眼・1』が発動。
しかも今のザリアが居るのは、呪詛纏いの包帯服の効果によって呪詛濃度が上昇している範囲内。
表示された毒は130。
ピンポイントで効果を発揮する毒耐性アイテムでも持っていたのか、効果が控えめになったが、十分致死毒だ。
「……。二度逃すほど私は甘くない」
「此処まで……」
だが、そんなものまで用意しているなら、致死毒からでも復帰して見せるかもしれない。
だから私は素早くザリアの背後に回ると、倒れ込む暇も与えずに、ザリアの喉を腰のトゥースナイフで掻っ切ってとどめを刺す。
≪勝利しました! タル様。三回戦進出おめでとうございます!≫
「中々に際どかったわ」
そうして、未知を味わう暇も無いほどにギリギリのところではあったが、私は勝利した。