<< 前へ次へ >>  更新
73/727

73:1stナイトメアバトル-1

「……」

 トーナメント開始10秒前。

 準備を整えた私は、エギアズ・1と戦うマップに飛ばされた。

 視界が大きく広がり、十数本の木々が視界に入ってくる。

 が、足元に落ち葉や雑草の類は殆ど無く、ほぼ剥き出しの地面が広がっている。

 どうやら手入れが行き届いた……いや、掃除された森林と言うべきマップのようだ。


「アンタがタルか」

「そう言う貴方がエギアズ・1ですね」

 正面には全身が金属製の銀色の肌に覆われた男が、剣と盾を構えた状態で立っている。

 第三の腕は革鎧の下に隠してあるようだが、良く見てみれば革鎧の一部が簡単に外れるようになっている。

 それと……足元の影に少し違和感がある。

 気を付けた方が良さそうだ。


「正々堂々戦おうなどと言う気はない」

「言われても困ります」

 『毒の邪眼・1(タルウィベーノ)』のチャージは……やっぱり駄目か。

 まあ、出来てしまったら、開始と同時に叩き込めてしまえるし、仕方が無い。

 カウントダウンは3……2……1……。


 0


≪本戦一回戦 エギアズ・1 VS タル の試合を始めます≫

「ふんっ!」

「っつ!?」

 カウントダウンが0になり、戦闘が始まった直後。

 エギアズ・1は全速力でこちらに突っ込んできた。

 対する私はフレイルを素早く振るった。

 が、エギアズ・1はフレイルの打撃部を正確に盾で弾き飛ばすと、そのまま私の目前にまで迫ってくる。


「せいっ!」

「ぐっ……」

 剣が振り下ろされ、私はフレイルの持ち手によってそれを逸らす。

 空中浮遊によって踏ん張れない私の姿勢が崩れかける。


「もらっ……」

 続けて放たれたのは第三の腕による薙ぎ払い。

 エギアズ・1の右わき腹に付いた第三の腕が革鎧を動かしながら現れ、その先に持った鍔のない短剣の刃を私目掛けて振るってくる。


「なっ!?」

「甘い!」

 だから私は全力で背中の翅を動かして、自分の体を地面すれすれにまで素早く移動。

 エギアズ・1の刃を回避する。

 そして、その状態で私はエギアズ・1を睨みつけながら口を開く。


「タルウィ……」

「っつ!?」

 エギアズ・1の反応は劇的なものだった。

 詠唱の半分も終わらぬ内に私の前から飛び退く。


「ベーノ」

「くっ!?」

 そして詠唱が終了した時には近くの木の裏側にしっかりと身を隠していた。

 尤もだ。


「あはっ、残念でしたー」

「っつ!? ブラフか!?」

 私の『毒の邪眼・1』のチャージはまだ終わっていなくて、詠唱キーを唱えたところで『毒の邪眼・1』は発動しないのだが。

 そして、相手が退いてくれた隙を見逃さず、私は地面を蹴って後退。

 姿勢も直しておく。


「試してもいいのよ? ブラフか。本当か」

「ぐっ……」

 で、ここで『毒の邪眼・1』のチャージ完了。

 これでエギアズ・1が木の影から出て来れば、容赦なく叩き込んでやるだけなのだが……まあ、出てくるわけはないか。

 エギアズ・1が私の呪術についての情報を何処まで得ているのかは不明だが、少なくとも開始から十数秒経って使えないとは思っていないだろう。


「「……」」

 私もエギアズ・1も油断なく構え、相手を窺い、時間が経っていく。

 私の視界は全方向だが、マップに生えている木々のせいでどうしても見えない位置があり、音からしてエギアズ・1はその範囲内で何かやっているようだ。

 だが、本当に慎重だ。

 体の端すら碌に見えず、『毒の邪眼・1』を使う暇もない。

 どうやら私の『毒の邪眼・1』をかなり警戒しているようだ。


「袋……」

 エギアズ・1が隠れている木の影から口の開いた小さな袋が投げられる。

 ただ、投げられた方向は体を隠し続ける都合上、私の方ではなく真横。

 そして、エギアズ・1の影の上でもあった。

 私がそれに気づいた時だった。


「っつ!?」

 エギアズ・1の影が動いた。

 影の上に乗った袋を弾き飛ばすように、影が跳ねた。

 袋が私の方へと向かってくる。

 中身である赤い実を周囲に撒き散らしながら。


「うわ、とととっ!」

 私は即座に斜め後ろに向かって跳び、翅を動かし、その場から離れる。

 直後、爆竹のような破裂音が火花と同時に袋の軌道上で大量に撒き散らされる。

 間違いなく、予選で手痛い一撃となったあの実だ。


「私対策で持ち込んできたというところかしらね……」

 流石はプロゲーマーと言うべきか、あの赤い実が入手しやすいアイテムである可能性もあるが、予選終了から本戦開始までの間に必要なアイテムは手に入れてきたと言う事か。

 とは言え、本当に怖いのはこれからか。

 でなければだ。


「なら、これも用意しておいて当然よね……」

 私の視界に広がっていく白煙の説明がつかない。

 基本的に視界が悪い『CNP』で煙幕をわざわざ使う必要性は薄い。

 自分が敵を見失う可能性も考えるとなおさらだろう。

 つまり、これもわざわざ私対策で持ち込んだアイテムと言う事だ。

 その証拠に、白煙はきちんと私の視界を遮っている。


「……」

 何かが動く音はしない。

 本戦のマップは100メートル四方だが、目の前の白煙は既にマップの四分の一ほどを覆っている。

 たぶん、白煙の発生源を幾つか撒いているのだろう。


「待つのは駄目……でしょうね!」

 白煙の中からまた赤い実の入った袋が投じられる。

 それも一つ二つではなく、幾つもだ。

 私はそれを乱雑に飛ぶ事で回避しようとしたが……流石に完全には避け切れなかったか。

 僅かだが傷を負う。

 これで時間切れとなれば、私の判定負けだ。


「さて、どうしましょうか」

 これがプロゲーマー。

 これが勝つことに拘る者。

 ああ素晴らしい。

 未知なるものを幾つも出してくる。

 口が自然と弧を描いてしまう。


「ふふっ、ふふふふふ……」

『スイッチ、入ったでチュね』

「ええ、入ったわぁ……しっかりとね」

 私はザリチュを被り直し、毒鼠のフレイルを構える。


「さあ、戦いましょうか」

 地面を蹴って、白煙の中へと私は飛び込んだ。

 視界は精々1メートル程度。

 私のアドバンテージである圧倒的な視界範囲は失われた。

 だが何も問題ない。


「ザリチュ!」

『居るでチュ。左前方』

 私にはザリチュが居る。

 ザリチュにエギアズ・1の匂いを追わせればいい。


「見つけた」

「っ!?」

 そして見つけ出したエギアズ・1に私はフレイルの棒を叩きつけようとした。

 だが流石はエギアズ・1と言うべきか、素早く反応して、盾で攻撃を防いだ。

 しかしそれでは足りない。


「ぐっ……!?」

 棒の先端に付けられた蔓がしなり、打撃部が盾を回り込んでエギアズ・1を打ち据える。


「『毒の邪眼・1(タルウィベーノ)』」

「!?」

 続けて『毒の邪眼・1』がエギアズ・1に叩き込まれる。

 与えたのは毒(78)。

 致死毒であり、後は逃げ回るだけで勝つことも出来るだろう。

 尤も、相手の道具袋の中に毒を回復するためのアイテムがないと言う希望的観測など考えてもいないが。


「あははははっ!」

 私は笑い声を上げつつ後ろに飛び退き、10メートル近く退く。

 ただし、直線的にではなく、翅を動かして左右にぶれながら、足音の一つも立てずにだ。


「逃がす……くそっ!」

 直ぐにエギアズ・1は私を追いかけようとしてくる。

 しかし追えない。

 白煙が私の姿を隠してしまっている。

 私の足音は空中浮遊によってしない。

 白煙はエギアズ・1の味方ではなく敵になった。


『直線4メートルと言うところでチュ』

 対する私はザリチュの力によって相手の位置が分かる。

 だから躊躇いなく、垂れ肉華シダのボーラを投げつけた。


「外れたわね」

『みたいでチュね』

 まあ、流石に当たらない。

 幾つかの破砕音がしたが、地面に落ちた音しかしなかった。

 ボーラが飛んでいく時に風切り音はしているし、この状況で白煙の中に留まるような愚かな相手ではないからだ。


「さあ、もっともっと見せて頂戴な。私の知らない何かを」

 私は笑みを浮かべつつ、エギアズ・1に向かって飛んでいく。


「治し切れないか」

 白煙の外に出た私の視界にエギアズ・1の姿が一瞬だけ見えた。

 表示されている毒の数字は50を切っており、エギアズ・1が毒を回復するアイテムを持っている事を確信。


「逃がさないわよ!」

「だが……」

 私は一気に距離を詰めていく。

 距離を保った方が良いという定石を捨てて、接近戦を挑む。

 理由は単純、距離を取った方がエギアズ・1にとって都合がいいからだ。


「これを……っつ!?」

「さあ……」

 エギアズ・1がまた赤い実を投げるが、私は空中で体を捻る事で回避。

 自分の後ろで実が弾けているのを確認しつつ距離を詰める。


「せいっ!」

「さあ……!」

 エギアズ・1が剣を振るい、盾で殴りつけ、第三の腕で薙ぎ払い、影の腕で背中側から不意を打とうとする。

 私はそれを全て、見てから、エギアズ・1の目の前で、宙を小さな虫のように動き回って避けつつ、勢いに任せてフレイルを振るい、少しずつ手傷を負わせていく。


「こ……の……」

「ああ残念。貴方はまだ自分の体になっていないのね」

 そうして目の前で舞っていればイヤでも気づく。

 エギアズ・1の動きは人間のものでしかない。

 人の部分は縦横無尽に動き回っていると言っていいが、第三の腕と影の腕はこうして考える余地が少なくなると、限られたパターンの動きしか出来なくなっている。

 思考が縛られてもなお使えるだけで素晴らしいと言えるが……だが、まだまだ自分の体に、異形の体にはなっていない。

 既存の枠に縛られている。


「貴方の成長を願っているわ」

「なっ!?」

 これ以上の未知はなさそうだ。

 そう判断した私は動作キーで『毒の邪眼・1』を発動すると、エギアズ・1に重症化するほどの毒を与えた。

 そして倒れたエギアズ・1にむけて、十分に距離を取り、20秒ほど経ったところで、追加の『毒の邪眼・1』を発動してとどめを刺した。


≪勝利しました! タル様。二回戦進出おめでとうございます!≫

「さて、まずは一勝ね」

 エギアズ・1に続いて、私の姿はマップから消え去った。

<< 前へ次へ >>目次  更新