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66:1stナイトメアヒート-6

本日一話目です

『チュー! たるうぃ、起きるでチュー!』

「……」

 ザリチュが騒ぎ始め、私は目を開ける。

 寝ていた時間は四時間ほど、残っているプレイヤーの数は72……いや、今71になったか。

 呪詛濃度は通常は9、私の周りは14で、だいぶ調子は良くなっている。

 非生存エリアの境界はだいぶ迫ってきていて、次回は大丈夫そうだが、次々回の収縮は厳しそうだ。

 しかし、ザリチュがこの程度で私を起こすとは思えない。


『たるうぃ……』

「私を起こして正解よ。ザリチュ。ついでに寝ておいたのも正解だったわね」

 なので私は直ぐに周囲の状況を確認した。

 そして見つけたのは……金色の月が浮かぶ空からゆっくりと予選マップに向けて降りてくる一つの巨大な影。


「アレはヤバいなんて次元じゃないわよ……」

 私は口の端を引き攣らせながら、ザリチュを少し目深に被り直す。

 影は……大きさ100メートル超の海月だった。

 降り立った場所が私が居る場所から1キロメートルは離れているので、その姿の詳細は分からない。

 分からないが、それでも近くで直視してはいけない事だけはしっかりと認識させられる。

 間違いなく、『ダマーヴァンド』の地下に潜んでいる何かと同種の存在、呪限無の側に属する何かだ。


≪サプラアアァァイズ! 巨大生物が現れました!! プレイヤーの数が一定数を下回るか、一定量以上のダメージを与えれば、巨大生物は帰っていきます≫

 予選マップ全体に向けて通知が行われた。

 どうやらアレがサプライズの正体のようだ。

 それにしても一定量以上のダメージかぁ……無茶言うなし。


「さ、逃げるわよ」

『当然でチュ』

 ぶっちゃけて言おう。

 既に被害者多数である。

 私は鉄塔を飛び降ると、巨大海月から逃げる方向で駆け始めたのだが、その間に既に生存者が50人を切っている。

 海月の着地時に巻き込まれた、海月が何かをしたでは収まらない程に減るスピードが速い。

 もしかしたら、鑑定を行っただけで消し飛ばされるような罠が仕込まれているのかもしれない。


「何か飛ばしてきたわね……」

『かーす……かーすが来るでチュ……』

 海月から何か小さなものが放たれて、四方八方に散っていく。

 当然私の方にも幾つか向かってきている。

 同時に、ザリチュが怯えたように『かーす』と呟いている。

 『かーす』……『カース』……『呪い』か。

 もしもあれが本当に呪限無の化け物であるなら……まさかとは思うが、何重にも重なる事で実体と意志を持った呪いそのものと言う事だろうか。

 うん、やっぱり相手をするのは無理だと思う。


「うげっ……」

 やがて私の視界に巨大海月から放たれた物がはっきりと姿を認識できるサイズで見えてくる。

 それは巨大海月からすれば小さな海月。

 だが、傘の頂点から触手の先まで3メートルはある、人間の目から見れば巨大な海月だ。

 当然呪いそのものであるからか見た目は異形と言う他なく、傘の縁部分には無数の人の目が付いているし、触手は人の腕を数珠つなぎにしたようなもので、傘の内側には僅かだが人の歯のような物が見えた。


『逃げるでチュ! もっと早く逃げるでチュ!!』

「言われなくても……」

 海月の移動スピードは思った以上に速い。

 私は全力で駆けているが、それでも少しずつ距離が詰まってきている。


「プレイヤー! 此処であったが……」

「逃げることをオススメするわっ!」

 だがそれでも薄暗い森の中に入る事には成功した。

 此処ならば、アレを見つけられれば、海月をやり過ごせる可能性がある。

 だから森の中に入った私はプレイヤーにすれ違うも、それを無視して更に森の奥へと進んでいく。


「ギャアアアアアァァァァァ!?」

「そうよね!そりゃあそうなるわよねっ!!」

『ざりちゅ、ああはなりたくないでチュ!』

 直後。

 私の背後で先程のプレイヤーの叫び声が聞こえた。

 同時に咀嚼音のような物も。

 たぶんアレだろう。

 あの海月に捕まると、触手によって持ち上げられ、傘の内側にあった歯によって噛み砕かれるのだ。

 頭を。

 ボリボリと。

 兜も肉も骨も脳も関係なく。

 ゴリゴリと。

 うん、ザリチュの気持ちも分かるし、私も絶対に嫌だ。


「見つけた!」

 私は巨木の横を通り過ぎる瞬間に裏面にそれがあるのを見つけると、素早く跳んでその中へ……洞の中へと逃げ込む。

 そして、洞の入り口にギリースーツを押し付け、ついでに垂れ肉華シダの苔付きの蔓も使って、洞の入り口を完全に塞ぐ。


「……」

『……』

 それから私もザリチュも一切の音を出さないように黙った。

 洞の中は極めて狭い。

 見つかれば抵抗する暇もなく噛み砕かれるだろう。

 だから後は祈る……いや、祈る事すらやめて、心の中を可能な限り無に保とうとした。


『kyzk……kyzk……』

 海月の声と思しき音が時折聞こえる。

 生存者の数が減っていく。


≪サプライズ終了! 巨大生物が帰っていきます≫

『<zdfj……<zdfj……』

 生存者の残り人数が10人になったところで、メッセージが流れ、私は意識を取り戻す。

 海月が空へと帰っていくような音も聞こえてきた。

 どうやら、何とか生き残ったらしい。


「はぁ……とんでもないサプライズだったわね……。まったく、聖女様もなんて物を夢見ているのかしら……」

『チュアー……』

 私もザリチュも思わず溜め息を漏らす。

 いやだってそうだろう。

 先程の海月はゲーム的には運営が呼び出した物だが、世界観的には此処は聖女様の悪夢の中。

 世界観に従って考えるならば、つまりアレは聖女様が思い浮かべている脅威そのものだと言ってもいい。


「ん?」

 そこで私は嫌な想像をしてしまった。

 いやまあ、アレが聖女様の妄想の産物なら、正気は疑うが、まだマシだ。

 だが可能性はそれだけだろうか?

 いいや、他にも可能性がある。


『たるうぃ?』

 アレが『CNP』の世界の何処かに実在していて、聖女様がそれを認識したことがある可能性。

 その場合、何時かはアレと相対して戦う事になるのではないだろうか。

 生きた呪いそのものであろう、あの化け物と。

 『ダマーヴァンド』の地下に居る何かの例がある以上、アレが何処かに普通に存在していてもおかしくはない。


「いやその、ちょーっと嫌な想像をね……」

 もっと悪いのは、アレが聖女様の悪夢に干渉してきた結果として、現れている可能性。

 その場合……アレと遭遇するようになるまでの期間は私が思う以上に短いのかもしれない。

 そうなったら、聖女様を連れて逃げ惑うぐらいしか出来ないのではなかろうか……。


「ま、まあ、可能性でしかないから、今は気にしないでおきましょうか」

『チュアァ?』

 んー、イベント終了後に一度くらい街に行って、聖女様との接触を試みた方がいいかも。

 呪詛濃度とか、私の見た目とか、ハードルはかなり高そうだけど、何かのフラグを立てたり折ったりがあるかもしれない。


≪サプライズ第二弾! 生き残っているプレイヤーが居る大体の方角と距離が分かるようになります!≫

「げっ……いやまあ、必要でしょうけど……」

 と、ここで私の周囲に9本の長さの異なる矢印が様々な方向に現れる。

 どうやら、予選マップの広さと、残り人数、呪詛濃度を鑑みて、サプライズ第二弾が発生したらしい。

 少しその場から動いて調べてみたが、どうやら相手との距離が近くなるほどに矢印が短くなり、距離が長いほど矢印が長くなるようだ。

 私の周りには矢印が9本揃っているので、とりあえず不意打ちの心配はしなくてよさそうだが、こうなった以上隠れて潜み続けるわけにはいかなそうだ。


「てか、もしかして条件さえ満たせば、さっきの海月が何度も来たり……うん、そう言う意味でも急ぎましょう」

 とりあえず私は木々の上へと移動。

 木の梢から梢へと飛び移るように移動して、最も距離が近いであろうプレイヤーが居る方向に移動を始めた。

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