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59:1stナイトメアプリペア-5

本日二話目です

「ウィナー、赤コーナー!」

「うおおおおおぉぉぉぉ!」

「「「ーーーーーーー!!」」」

 広場での模擬戦は私が思っている以上に盛り上がっていた。

 プレイヤーによる屋台のようなものは何件も出ているし、観客もそれなりに居て賑わっている。

 そして、模擬戦の舞台上では、今しがた勝利を収めた額から一本の角と腰から恐竜のような棘の生えた尻尾を生やし、両手両足の指先が鉤爪状になっている男が咆哮を上げているところだった。


「ザリア。ここの模擬戦のルールは?」

「HPが尽きるか、場外に出されたら負け。一対一限定。舞台上では普段通りのアバターになる。模擬戦終了後は終了前の状態に戻る。勝てば普段のPKと違ってきちんとした経験値が入る。こんなところかしらね」

「なるほど」

 今の勝者が舞台から降り、両手両足の指が人のそれに変わる。

 確かに舞台の上でだけ異形度は上がっているようだ。

 で、次の参加者が舞台の上に移動。

 直ぐに模擬戦が始まる。


「ちなみにタルは模擬戦に参加する気は?」

「無いですね。流石に今この場で私の手札を晒したいとは思えないので」

「なるほど」

 次の参加者は……いつ申し込んだのか、ブラクロのようだった。

 本人の言っていた通り、舞台に上がった途端に黒い狼男になっている。

 対するは全身カーキ色の犬?

 んー、何処かで見たような……と言うか、舞台の外にいる間は全身をすっぽり覆えるフード付きマントを身に付けている辺り、低異形度時の姿を見せる気はないようだ。


「まあ、ザリアが考えている通り、高異形度特有の初見殺し持ちと言う事です。そう言うのを持っているプレイヤーは、この場では出てこないでしょう」

「でしょうね。予選では誰がどの舞台に飛ばされて、どんな相手と戦うのかは誰にも分からない。それこそ、今この場に居る誰かと戦う可能性だってある。それを考えたら、初見殺し持ちが出てくるわけはない、か」

 ブラクロが両手に短剣を持ってカーキ色の犬に切りかかる。

 対するカーキ色の犬は四足歩行特有の俊敏性を生かして、ブラクロの攻撃を避けつつ慎重に隙を窺っているようだ。


「仮に初見殺し持ちで出てくるのなら、それはとっておきを見られてでも経験値を稼いでおきたい面々だろうなぁ」

 と、オクトヘードさんが話に割り込んでくる。

 その手には近くの屋台で買ってきたのか、ゲソ焼きのような物が握られている。


「このゲームのレベルに現状はそこまで価値があるとは思いませんが?」

「いやいや、ゲームの経験値ではなく、対人戦の経験値の話だ。特に初めて数日だと、中には自分の身体すら満足に動かせない者だっている。彼らにとっては大会開始までの一分一秒だって貴重品だ」

 タコがゲソを持つ微妙にシュールな光景はさておきだ。

 オクトヘードさんが口元のタコ足の一つを動かして、別の舞台へと私の視線を誘導する。

 そこでは四本腕でメタリックな肌を持った男と、光り輝く薔薇の花を頭一杯に咲かせた女性が戦っている。

 男の方は殴る蹴るに、手に持った斧や剣による攻撃を積極的に加えている。

 女の方は手に持った細い剣を機敏に動かして攻撃を捌きつつ、袖口から伸びる茨の鞭による反撃を試みている。

 ただ……どちらもその動きは何処となくぎこちない。

 まるで、コントローラーか何かで予め決まった動きだけをしているようだ。


「完全にマニュアルで作った組ですか?」

「恐らくね。セミオート製作組なら、三日もあれば自分の体に慣れるだろうから」

「ふうん。でもどうしてそんな事を?」

「さあ? ただ『CNP』は異形の体を操るタイプのVRとしては最新鋭中の最新鋭。いや、未来に生きていると言っても過言ではない。この先のVRゲーム業界関係者としては、色々と探っておきたいし、慣れてもおきたいんじゃないかな」

 オクトヘードさんの言葉通りなら、彼ら彼女らはゲーム制作の関係者あるいはプロゲーマーの類だろうか。

 よく見てみれば、舞台の外にはメタリックな肌を持った男性の集団と、光り輝く花を頭に咲かせた集団も居て、身内同士で真剣な顔をして話をしている。

 明らかにただゲームを楽しみに来ているだけの人間の顔ではない。


「ほー。しかしトップハント社はそう言うユーザーの参加を止めたりはしないんだな」

「正規ルートで来て、規約違反をしない限りは誰でもお客。仮に技術を盗み取られ利用され、上を行かれてたところで、(トップ)狩る(ハント)機会に恵まれたとしか思わないんじゃないかな」

「強者の余裕って奴か。見習いたいねぇ」

「見習うついでに、君は模擬戦をしたらどうだい? 私と違ってバレたところで問題は無いだろう」

 オンガさんがビールのような物を持ってきて、オクトヘードさんと飲み始める。

 聞くところによれば、オクトヘードさんの持ってきたゲソ焼き含め、これらのちょっとした飲料と食べ物はNPC経営の屋台でタダでもらえるらしい。

 うん、てっきり屋台を出しているのはプレイヤーかと思っていたが、実はNPCだったようだ。

 これも見た目で判別できない『CNP』特有の話か。


「ウィナー、青コーナー!」

「ワオオオオォォォン! 見てたか! 俺の勇姿!!」

「あ、ブラクロ勝ったのね」

「みたいですね」

 と、いつの間にかブラクロがカーキ色の犬に……勝ってないな。

 対戦相手が全身緑色の植物みたいな男性に変わってる。

 既に二戦目だったようだ。


「ちなみにさっきの一戦では、兄はカーキ色の犬の方にぼろ雑巾のようにされた挙句、ジャイアントスイングもどきのような物をかまされてましたよ」

「くっ……しっかり見ておけば良かった……」

 私はシロホワの言葉に悔しい思いを隠せなかった。

 犬のジャイアントスイングだなんて明らかに未知なるものを見逃すとは……目の数が足りないのが悔しい!


「タルって結構不思議な性格をしているのね……」

「そうみたいですね……」

 そうやって私が悔しさを噛み締めている時だった。

 私は不意に自分の事を深く……それも先程のザリアによる鑑定よりもさらに深く見られるような気配を感じた。


「……」

 そこに居たのは水色の髪に、群青色の目を持った可愛らしい少女。

 身に付けているのは袖や裾が地面とこすれ合うほどに長いローブ。

 少女は私の顔を見て一度驚いた様子を見せた後、怒りに近い感情を露わにする。

 だが、私にとって不思議だったのは少女の表情ではなく、少女の周囲にいる人々の反応。


「タル?」

「どうしましたか?」

「ちょっと気になる事があっただけです。少しだけ離れますね」

 誰も少女の事を知覚できていないようだった。

 ザリアもシロホワも少女の姿が見えていなくて、広場を行き交う人々は自然に少女を避けていた。

 まるで彼女こそがこの場の主であり、言われずとも譲る事が正しいと言わんばかりだった。


「呪限無の化け物。貴方を招いた覚えはないのよ。私が見たいのは世界を救ってくれる方々の中で誰が一番強いかなのだから」

「……」

 ああなるほど。

 今の言葉で彼女の正体に納得がいった。

 だから私は周囲の人々には聞こえないように小声で、笑顔で、出来るだけ優しく返すことにした。


「お生憎様。私は落とし児よ。そして、招いてくれた貴方の味方をする可能性だってちゃんとある」

 今回のイベントのタイトルは『聖女が想う(呪う)悪夢の宴』。

 ここは、彼女が思い描く悪夢の中なのだ。

 そして、イベントと言う名の宴が、悪夢に呪いになるほど強い想いをかけて行われるからこその、『Curse Nightmare Party』なのだろう。

 うん、そう言う方面でも少し納得がいった。


「だから、呪いになるほど強い思いを抱きながら、存分に悪夢のような私たちの戦いを楽しんでちょうだいな。退屈をさせない事だけは保証してあげるから。ねぇ。 せ い じ ょ さ ま ?」

「っつ!?」

 で、私の言葉を受けて、少女……いや、聖女様の顔が強張る。

 それから、声をかける暇もなく怯えた様子で逃げ去ってしまった。

 どうやら怯えさせてしまったようだ。


「うーん、これまで以上に楽しみなってきたかも」

 さて、イベント開始までもう暫く。

 少し掲示板で聖女様について探ってみようか。

04/05誤字訂正

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