<< 前へ次へ >>  更新
52/727

52:マイルーム

本日一話目です

「さて……前方よし、上よし、右よし、左よし、後ろよし、滑走路問題なし、目標確認っと」

 第五階層の壁の上に立った私は、周囲を確認した上で飛んで行く先を見定める。

 向かう先はビル数個分飛んだ先にある、周囲に比べて呪詛濃度が高いように見える空間。

 崩れかけのビルの中層部に発生していそうなダンジョンだ。


「では、ホップ、ステップ、ジャアアァァンプウウウゥゥゥ!」

 私は勢いよく壁の上を駆けて加速。

 三歩目でビルの外に向かって勢いよく飛び出す。

 『ネズミの塔』改め『ダマーヴァンド』の外に出る。

 私の周囲の呪詛濃度が下がっていく。


「アイキャアアァァンフラアアァァイイィィ!!」

『チュウウウゥゥゥ!!』

 だが、呪詛濃度の低下は途中で止まり、呪詛濃度不足の状態異常が発生する事もなかった。

 私は……ダンジョンの外に出られるようになったのだ。


「ふふふ、さて、どれくらいまで進めるかしらね」

 勿論外に出れるようになったと言っても、呪詛濃度低下に伴う微弱の身体能力低下、装備品のレベル不足の影響もあって体は重く、割と全力で背中の翅を動かしても高度は確実に下がり続けている。

 だが、それでも落下スピードは十分に緩いし、最後にきちんと全力で羽ばたけば、空中浮遊の効果もあって墜落死なんて間抜けな姿は晒さなくて済むだろう。

 敵に襲われることもなく、自由に日が暮れかけている空を舞う、うん、実に良い体験だ。


「ーーーーーーーーーー!」

「ん?」

『チュ?』

 そんな私の耳に何かの鳴き声が聞こえた。

 そして鳴き声が聞こえた方に意識を向けてみれば……


「へっ?」

 いつの間にか巨大な鳥が居て、しかも私の方へ真っ直ぐ向かってきていた。

 いや待ってほしい。

 その姿には見覚えがある、以前『ネズミの塔』の第五階層にやってきていた巨大な鳥だ。

 だが何故このタイミングで、しかもこの距離で現れる?

 私は事前に周囲に危険が無いことをしっかり確かめたんですけど?


「ーーーーーーー!」

「くっ……」

 鳥は完全に私を食う姿勢を取っていて、大きく口を開きながらこっちに向かってきている。

 『毒の邪眼・1(タルウィベーノ)』は間に合わない。

 私の現在の移動能力では逃れる事も叶わない。

 よって、生存は不可能。

 だから私はせめて情報だけでも持ち帰ると、『鑑定のルーペ』を巨大な鳥に向けた。



△△△△△

黒影大怪鳥 レベル45

HP:121,356/121,356

▽▽▽▽▽



「……」

 わ ぁ い 。

 ど う 見 て も レ イ ド ボ ス だ ぁ 。


「ーーーーー!」

 と言う訳で、私はあっさり丸呑みにされて死に戻った。


「アレは無理……」

『チュアアアァァ……』

 で、セーフティーエリアで五体投地の姿勢である。


「うーん、急に現れた事を考えると、空を飛んで楽に移動しようとしたプレイヤーへのカウンターみたいなものかしら」

 黒影大怪鳥、アレはどう考えても現時点で倒せるモンスターではない。

 いやまあ、ハメ技とか、全プレイヤーで協力するとか、不意打ちで頭をたたき割るとかで倒せるのかもしれないが、とりあえず私個人でどうにかするのは無理だ。

 急に現れた辺りからして、自分の姿を見えなくする、転移、超スピードのいずれかあるいは複数は保有しているだろうし。

 と言うかHP6桁って何? ベノムラードですら5桁だったんだけど? いったい毒で倒すとなったらどれだけ重ねる必要があるのやら……。


「とりあえず空中の移動は直ぐにビルの中に入れる範囲でやるべきね」

 私は体を起こすと、今日の残りのログイン時間を確認する。

 これでも私は大学生。

 明日の事を考えたら、ゲームが許すログイン時間が残っていても、キリが良いところ、キリが良い時間になったら、そこで上がるべきである。

 で、肝心の残り時間はゲーム内時間で3時間ほどか。


「うーん、弄ってみますか」

 この残り時間ならば、ダンジョン調整周りでまだやっていなかった事をやるのが良いだろう。

 と言う訳で、私は設定からダンジョン操作用のメニューを呼び出すと、セーフティーエリアにマイルームの増設を行う。

 このマイルームは自分が所有しているダンジョンのセーフティーエリアに設置される新たな扉からのみ行ける自分専用の空間である


「ふむ。まあ、最初はまっさらよね」

 私は軽い木製の扉を開けてセーフティーエリアからマイルームに移動。

 マイルームは……今は床、壁、天井のいずれも白くて平らな材質不明の板で覆われた12畳ほどの空間だ。


「……」

 さて、このマイルームで何が出来るのかと言えば……まあ、色々と出来る。

 固定式である代わりに容量が膨大なインベントリ棚を置いて倉庫として使う。

 ソファーやベッド、外部ネットと接続して映せるテレビなどを置いて寛ぎの空間にする。

 炉や糸織機などと言った生産に必要な道具を置いて生産部屋に。

 床や天井の状態を変えたり、空間を横方向に広げるなどした上で農地や森、場合によっては鉱山などにして、素材を回収するための場所にすることも出来る。

 何だったら自動復活するモンスターやダミーターゲットの類を置く事で模擬戦の場にする事も可能だ。

 素材とエネルギーが足りるのなら。


「うんまあ、分かってたわ」

 そう、素材とエネルギーだ。

 エネルギーは周囲の呪詛を利用するだけなので時間をかければ問題ないとの事なので、別に気にしなくてもいいだろう。

 しかし、素材は言うまでもなく石材やら木材やらを使う分だけ求められるし、家具ならば何処かで作った物を持ち込む必要があるようだ。

 うん、現状では持ち込む家具もなければ、素材もないです。


「課金は……出来ればして欲しくなさそうね。これ」

 一応の救済措置として、最低限のレベルでよければ、リアルマネーによる課金で最低限の設備なら整えられるらしい。

 ただ、運営としては課金に頼ってほしくないのか、口を酸っぱくするような勢いで、課金アイテムと同等かそれ以上のものをゲーム内の素材だけで作れると書いてあるし、課金家具を目的外に使う事は出来ないとも書いてある。

 うん、目的外。

 ベッドを購入、解体して素材を取ったり、呪ったりするのは出来ないと言う事らしい。


「まあ、とりあえずは垂れ肉華シダの苔を持ち込んで繁殖させておきましょうか」

『チュー』

 ちなみに無課金でマイルームの空間を拡張させるには、大量のモンスターの死体が必要になるらしい。

 それを見て一瞬増えすぎたネズミたちにレミングスでもさせようと思ったが……嫌な予感がしたので止めておいた。

 なんと言うか、そう言う事をすると碌でもない結果に終わりそうな予感がしたのである。

 その後、垂れ肉華シダの苔をマイルームの天井に移植したところで、私はログアウトした。

<< 前へ次へ >>目次  更新