49:ベノムラードアフター-3
「さて、慎重に進めないとね」
毒受け袋の中に入っているベノムラードの毒液は、ベノムラードとの戦闘中に破らせた時の反応からして、外気に触れると同時に爆発するだろう。
なので迂闊に袋を裂いて開ければ、良くてアイテムを失い、悪ければ私の上半身が消し飛び詰むくらいはあり得るかもしれない。
「まずはベノムラードの尻尾から毒腺を取り出してっと」
勿論、最良の結果は毒液を安全に取り出し、この毒液から『
その為に出来る事はするべきだろう。
と言う訳で、私はベノムラードの尻尾を裂いて、子毒ネズミの尻尾に含まれていたものよりも濃い毒液が詰まった物体を取り出す。
十分に成長を遂げているベノムラードの尻尾に毒が含まれていたのは……幾つかの説は立てられるか。
ベノムラードが更なる毒の呪術を求めていたので基として必要だったとか、ああ見えてまだまだ成長途中だったとか、尻尾を切断された時にカウンターとして毒が噴き出すとか。
「投入っと」
『たるうぃチュー』
私は毒受け袋の上で毒腺を破って、中に詰まっていた毒を毒受け袋の中に注いでいく。
すると袋がボコボコと言う不気味な音を立てつつ少し変形したが……まあ、大丈夫そうか。
で、変形した毒受け袋を垂れ肉華シダの蔓でぐるぐる巻きにしていく。
まあ、三重くらいにしておけば大丈夫か。
「すぅ……はぁ……」
さて、覚悟の時である。
私はいつもの茶碗の上に毒受け袋を置き、蔓の隙間を通すようにしてトゥースナイフを差し込んで、袋の外側に触れたところで止める。
此処から少しでも押し込めば、毒受け袋は破れるだろう。
「せいっ!」
トゥースナイフが差し込まれ、袋が破けた。
「っつ!!」
同時に蔓の中で何かが爆発するような感触と音が私に伝わってきた。
だが、周囲の呪詛濃度に応じて強度を上げる三重の蔓の壁は流石に堅かったらしく、被害らしい被害は生じなかったようだ。
で、私の目論見通りに、垂れ肉華シダの蔓の間から深緑色の液体が漏れ出してきて、茶碗の中に貯まっていく。
回収成功、一応鑑定もしておく。
△△△△△
『毒鼠の首魁』の混合毒液
レベル:7
耐久度:100/100
干渉力:100
浸食率:100/100
異形度:10
『毒鼠の首魁』ベノムラードの毒液と『鼠毒生成』による呪術生成物が混ざり合ったもの。
毒ネズミたちの長が用いる毒だけあって、部下の毒ネズミたちの毒とは比較にならない程強力。
血管に入った際に最も効果を発揮するが、皮膚接触でも効果を発揮し、条件を満たせば爆発的な勢いで拡散する。
分解されるまでの時間は周囲の温度に依存する。
▽▽▽▽▽
「では、早速呪いましょうか」
『チュッチュー!』
私は毒液の貯まった茶碗を呪怨台の上に置く。
すると直ぐに赤と黒と紫の霧が集まっていく。
さて、呪い方はもう分かっている。
だから今回は全力で呪おう。
「私は魔を超え、邪なる領域に踏み入る事を望んでいる」
13の目が見開かれ、『毒の魔眼・1++』のチャージが始まる。
「私は毒鼠の長たちの毒を知る事で、新たな領域に行くことを望んでいる」
私の指が動いて、幾つかの目が深緑色の光を発し、光は霧の中に飲み込まれていく。
「私の毒をもたらす深緑の眼に変質の時を」
霧が幾何学的な模様を描いていく。
ザリチュを生み出した時と同じように、部屋中に模様が広がっていく。
「望む力を得るために私は毒を飲む。我が身を持って与える毒を知り、喰らい、己の力とする」
霧に深緑色が混ざり始める。
「どうか私に機会を。覚悟を示し、毒の邪眼を手にする機会を。我が敵にあらゆる苦しみを与える毒の呪いを!」
霧が飲み込まれていく。
際限なく茶碗の中に、勢いよく飲み込まれていく。
そうして暫く経つと霧の球体も幾何学模様もなくなって、呪怨台の上には深緑色の泡立った液体が入った茶碗が残されるだけとなった。
私は直ぐに鑑定を行う。
△△△△△
呪術『毒の邪眼・1』の杯
レベル:10
耐久度:100/100
干渉力:100
浸食率:100/100
異形度:10
変質した毒の液体が注がれた杯。
覚悟が出来たならば飲み干すといい。
そうすれば、君が望む呪いが身に付く事だろう。
▽▽▽▽▽
「レベル不足ね。ま、やってやろうじゃない」
推奨レベルはまたもや10。
飲めば、相応のペナルティが与えられるのは間違いないだろう。
だが、ペナルティを恐れて、未知を知る機会を見逃すなど、それこそ論外。
あってはならない事である。
「すっ……」
だから私はいつの間にか欠けもヒビもなくなり、毒ネズミたちの毛皮のような色合いになった茶碗を手に持つと、その中身を口に運ぶ。
そして、一息に飲み干すのではなく、じっくりと、味わいながら飲んでいく。
ヘドロのような味と臭いをした劇物を嚥下していく。
「ふぅ……っつ!?」
そうして茶碗の中を飲み干し、茶碗を呪怨台の上に戻した瞬間。
「ごぼああぁぁっつ!?」
胃の中で毒液が弾け飛び、私は吐血した。
「あああああああgじゅjl、うんげわchtl;ddvdhっうぃcs!?」
全身の血管と言う血管が弾け飛ぶような痛みが襲い掛かる。
口から人の限界を超えたような叫び声が上がる。
鼠の濁流に飲まれて、食われ、齧られ、殺した怨みが返されていく。
「おrwcfjsctyfdbxdしゅl!!」
もはや、自分の身に何を起きているのかをマトモに知覚する事も出来なかった。
私に出来るのは回復の水をひたすらに飲み続けて、無理やり致死の毒を耐え続ける事だけだった。
ああけれども……けれどもだ。
「ysmpどお! rlびあうう!! え8y0お8、fm9kzjj!!」
私は今こそ生きている!
未知を貪っている!
踏み込んではいけない領域に飛んでいっている!
禁忌が何故禁忌なのかを知った上で禁じられた忌まわしき業を味わっている!
これが至福と言わずして何を至福と言うのだろうか!
人は禁じられた果実を食さずにはいられないのだから!
「深い深い深い! 暗闇が! 未踏が! タルウィ! タルウィ!! タルウィイイイィィィ!! 熱よ! 未知なる熱よ! おおっ! 忌まわしい! 邪な! 絶対悪! 貴方が私を見ずとも、私は貴方を見る!! ウィィィィイイイィィィィ!!」
全身から血の噴水が上がる!
茶碗が霧の球体に包み込まれていく!
私の口から勝手に言葉が漏れ出て行く!
狂気が熱となって私の身を焼き焦がしていく!
悪魔が、邪眼が、私の瞳に宿っていく。
「ああ……あひあ……あへへあ……」
ああ素晴らしい……きっと現実の私は感動のあまり流してはいけない体液だって垂れ流しているに違いない……。
しかし、けれど、残念ながら、ああ至極残念ながら、どれほど素晴らしき時にもいつか終わりは来るもの。
そして、それを悲しいと、嫌だと、味わいたくないと思ってはいけない。
だって、この終わりは当たり前の物、無ければならないもの。
そも、この終わりとて未知なるものなのだから……貪らなければ私は私を許さない。
≪呪術『毒の邪眼・1』を習得しました≫
「ああ、本当に良かった。何度も……何度も……ふふふふふっ」
『チュー……たるうぃ……チュウウゥゥ……』
やがて余韻のような熱も少しずつ過ぎ去っていく。
ああきっと、これが俗に言うところの賢者タイムと言う奴なのだろう。
全身の感覚がとても鋭敏になっていて、熱さのある吐息一つ、潤んだ眼の瞬き一つ、姿勢維持の動作一つ、皮膚上の水滴一つが落ちる事でも悶えてしまいそうだ。
これほどまでに気持ちいいのなら、何時か私以外の誰かにも味わってもらいたいものだ……。
「と、ちゃんと調べておかないと」
私はいつものように自分に鑑定を行う。
△△△△△
『呪限無の落とし子』・タル レベル8
HP:32/1,070
満腹度:100/100
干渉力:107
異形度:19
不老不死、虫の翅×6、増えた目×11、空中浮遊
称号:『呪限無の落とし子』、『生食初心者』、『ゲテモノ食い・1』、『毒を食らわば皿まで・2』、『鉄の胃袋・2』、『呪物初生産』、『毒使い』、『呪いが足りない』、『暴飲暴食・2』、『呪術初習得』、『かくれんぼ・1』、『ダンジョンの支配者』、『意志ある道具』、『称号を持つ道具』、『蛮勇の呪い人』
呪術・邪眼術:
『
所持アイテム:
毒噛みネズミの毛皮服、『鼠の奇帽』ザリチュ、鑑定のルーペ、毒噛みネズミのトゥースナイフ、毒噛みネズミの毛皮袋、ポーションケトルetc.
所有ダンジョン
『ネズミの塔』
▽▽▽▽▽
△△△△△
『毒の邪眼・1』
レベル:10
干渉力:100
CT:10s-5s
トリガー:[詠唱キー][動作キー]
効果:対象周囲の呪詛濃度×1+1の毒を与える
貴方の目から放たれる呪いは、敵がどれほど堅い守りに身を包んでいても関係ない。
全ての守りは破れずとも、相手の守りの内に直接毒を生じさせるのだから。
注意:使用する度に自身周囲の呪詛濃度×1のダメージを受ける(MAX10ダメージ)。
注意:レベル不足の為、使用する度に推奨レベル-現在レベルのダメージを受けます。
▽▽▽▽▽
「んー?」
推奨レベルが伸びて、文面が少し変わっただけ?
実質弱体化?
いやぁ、それは無いと思う。
もしかしたら……耐性貫通でも付いたか?
「まあ、いいか」
とりあえずレベル10に上がるまでは注意を払って使うとしよう。
後、かなりギリギリだったようなので、流石にちょっと反省した方がいいかもしれない。
「で、こっちは何?」
で、気が付けば呪怨台に乗っていた茶碗が纏っていた霧の球体も晴れていた。
と言う訳で、呪怨台から降ろした上で鑑定をしてみる。
△△△△△
毒鼠の杯
レベル:8
耐久度:100/100
干渉力:100
浸食率:100/100
異形度:3
多くの毒ネズミの液体を注がれ、呪術を習得するための器とされたことで変質した杯。
周囲の呪詛を利用して毒液を生成する。
覚悟を持って口を付ければ、新たに開かれた狂気の道が見える……かもしれない。
▽▽▽▽▽
「……。まあ、放置で」
『ヂュッ!?』
「いやだって、此処までの危険物になると、誰かの目に晒すわけにもいかないし」
『ヂュッチュウ!?』
「自分から入ってくるくらいじゃないと、話にならないわよ。私は自分の道が異常な事は知っているし」
『チュウウウゥゥゥ!?』
たぶん、この杯の中に貯まっている深緑色の液体を飲めば、『毒の邪眼・1』の劣化コピーを得られるのだろう。
いや、そこまではいかないか?
とりあえず何かしらあるに違いない。
が、あの感覚を味わってもらうならば、それは自分からでないと耐えられないだろう。
ザリチュならそれくらいは分かっていると思うのだけど……何故騒いでいるのだろうか。
「とりあえず今日はもう時間だからログアウトね。さて、明日は毛皮の加工ね」
『チュ……チュウゥゥ……』
なんにせよ、今日やっておくべき事は終えたと言う事で、私はログアウトした。
03/30誤字訂正