45:ベノムラード-2
「準備完了」
『チュー』
日曜日。
イベントまでちょうど残り一週間。
垂れ肉華シダの網を含めて、一通りの準備を済ませた私はベノムラードにリベンジするべく、第三階層の深層へと向かう。
「さて……」
で、第三階層の一番奥だが……居た。
『毒鼠の首魁』ベノムラードは垂れ肉華シダの蔓をまとめて作ったと思しきベッドで垂れ肉華シダの花を貪っている。
実のところ、ベノムラードを無理に倒す必要は無い。
それどころかダンジョンの仕様によっては倒してはいけない可能性すら存在している。
それはダンジョンをダンジョン足らしめているもの、平凡な鉄筋コンクリート製のビルであるはずのこのビルに呪詛を集め、留めている何かの正体が掴めないからだ。
だから、この先の戦闘でベノムラードが傷ついた結果としてダンジョンが揺らぐようであれば、その時点で逃走するべきである。
ただ……何となくと言うか、第三階層の破れたケージを見ていると、ベノムラードがモンスターになったから『ネズミの塔』と言うダンジョンが現れたのではなく、『ネズミの塔』と言うダンジョンが現れたからこそベノムラードと言うモンスターが現れたのではないかと思うので、たぶんベノムラードは倒しても大丈夫だろう。
「突撃ぃ!」
『チュウッ!』
「ムッ!?」
私は通路の角から飛び出すと、ベノムラードに向かって勢いよく飛んでいく。
「羽虫ガ!」
対するベノムラードは垂れ肉華シダの花を投げ捨てると、私に向けて口を大きく広げ、毒液の砲撃を放ってくる。
近づかせる気などないと言わんばかりの攻撃だ。
「ふんっ!」
「何ッ!?」
だが、爆発する前に毒受け袋で受け止め、収納してしまえば関係ない。
私は毒受け袋を構えつつ、むしろ加速する事で毒液を収めた。
「せいっ!」
「効クカッ!」
そして鼠のフレイルを抜きつつ、更に跳んで加速。
そこに捻りも加えてフレイルに勢いをつけ、ベノムラードの頭部に叩きつけようとするが、ベノムラードは正確に腕で受け止め、攻撃を防ぐ。
「仕留メタ感覚ニ違和感ガアッタガ……ヤハリ生キテイタカ、羽虫メ!」
「ええ、生きていたわよ。鼠」
攻撃が防がれるのは予想通りなので、私はフレイルが反動で戻って来るのに合わせて、少しだけベノムラードから距離を取る。
「今度ハ生キタママ喰ラッテクレルワ!」
「はんっ! 逆に仕留めてやるわ!! 『
私の顔に付いている二つの目だけが深緑色の光を発して、ベノムラードに毒(6)を与える。
で、この効果量で私はベノムラードの毒耐性が、固定値で10減らす効果を持っていると察した。
私の『毒の魔眼・1++』は一発のように見えるが、実際にはそれぞれの目で個別に判定を行っているから、固定値で効果を減らされると……まあ、与えられる量は大幅に減らされるのは当然だろう。
「コンナ毒ガ効クカ!」
加えて、前回の戦いと同じように、ベノムラードは気合いを入れただけで毒の状態異常を回復してしまった。
私の予想通りに。
前回よりはるかに少ない毒なのに。
ワンアクション使って解除した。
「ははっ」
「ヌグッ!」
前に向かって回転しつつ跳んだ私のフレイルがベノムラードの肩を打つ。
「フンッ!」
直ぐにベノムラードはその場で横回転して、尻尾で私の体を打とうとした。
私はその動作の予兆をきっちり見ていたので、直ぐに床を蹴って後ろに跳び、難なく攻撃を避ける。
そして避けつつ左手の人差し指と中指の先端をベノムラードに向け、まるで銃でも撃ったかのように跳ね上げる。
「ッツ!?」
それだけで私の背中の翅に付いている目の二つが深緑色に輝いて、ベノムラードに毒を与える。
「羽虫ガ……」
そう、これは『毒の魔眼・1++』に新たに設定した動作トリガー。
呪術のトリガーは暴発防止のため、そのため、一つの呪術に複数種類のトリガーを設定する事も可能だったのだ。
だから私は戦いながら不意を衝くように撃てるように、あるいは全ての目で同時に放たないようにするために、事前に別のトリガーを設定しておいたのだ。
「コノ程度ノ毒! 一々気ニシテイラレルカ!!」
対するベノムラードは毒の量が少ないためか、あるいは毒を解除する手段が先程使ったばかりであるために使えないのかは分からないが、毒を解除する事もなく突っ込んで来る。
「おっと」
当然、ただの飛び掛かりなど、重心の移動、脚を中心とした筋肉の動き、視線の方向、息遣い、そう言った物をしっかりと見れば、タイミングも方向も何もかも把握して、余裕を持って避ける事が出来る。
「せいっ!」
「チョコマカト……!」
そして避けた先で素早く回転して、鼠のフレイルを飛び掛かって着地し、動きが止まったベノムラードの顔面に叩き込む事も難しくはない。
「羽虫ノ分際デ!」
「あははははっ!!」
とは言え、ベノムラードのHPは膨大で私の攻撃能力はたかが知れている。
此処までの攻防で削れたベノムラードのHPなどたかが知れているだろう。
「良いわね羽虫! ブンブン、ブンブン! ブンブンブーン!! ストレスで禿げるううぅぅ?」
「コノッ……」
だから煽る。
煽って、少しだけ毒を加えて、鼠のフレイルを振るってほんの少しだけダメージを与える。
相手が私の挑発に乗っていない前提で。
「舐メルナ!」
ベノムラードが我を失ったように再び飛び掛かってくる。
ほんの少しだけ捻りを加えつつ、叫ぶために口を広げて。
「おっと……」
私は再び後ろに飛んで飛び掛かりを避ける。
「危ない……」
着地と同時にベノムラードが横回転して、周囲を尻尾で薙ぎ払ってくるのが分かっていたので、更にもう一歩後ろに飛んで避ける。
「カアッ!」
「わねっ!」
そして、四つの目で私の位置を正確に捉えているベノムラードの口が私の方を向いたタイミングで、前に出る。
「ッツ!?」
「あはっ」
左手で毒受け袋を構えてベノムラードの毒を受け止め、右手の動作で『毒の魔眼・1++』を発動して毒を少しだけ足し、鼠のフレイルの打撃部と持ち手を繋いでいる蔓をベノムラードの首にかけようとした。
が、流石に最後は上手くいかなかった。
ベノムラードは素早く首を引っ込めつつ横に転がると、ギリギリで避け切ってみせる。
「「……」」
私とベノムラードが睨み合う。
私としてはベノムラードがこのぐらいの動きが出来るのは想定の範囲内だ。
一戦目でこれくらいの動きが出来るだろうと思わせる動きはしていたし、動体視力の良さもフレイルの攻撃を防いだ時点で認識、言葉と呪術を操る頭の良さだって分かっていたのだから。
ベノムラード視点では……どうだろうか?
とりあえず羽虫は羽虫でも全力で叩き潰すべき羽虫くらいには思っておいて欲しい所ではある。
ある程度脅威に思われていた方が、動きは読みやすくなるし。
「コノッ……ヂュオオオオオオッッッ!!」
「っつ……」
ベノムラードが部屋中の空気を震わせるような叫び声を上げる。
その意図など考えるまでもない。
「我ノ力ハ我ノミニアラズヨ! 行……ッ!」
「ちいっ!」
他のネズミたちを呼び寄せたのだ。
だから私は焦った様子でフレイルを叩きつける。
これは本気半分、フリ半分だ。
垂れ肉華シダの網は確かに張ったが、アレが上手く機能する保証はどこにもないのだから。
「焦ルカ! ナラバ我ハコウスルマデヨ!」
「毒の霧!」
ベノムラードが四本の足を床に叩きつけて、毒の霧をその場に発生させる。
対する私は後方に跳ぶ事で、毒の霧を避ける。
明らかに時間稼ぎ目的だ。
毒の霧は濃く、ベノムラードの姿は碌に見えない。
ベノムラード自身も毒の状態異常を受けているはずだが、例の耐性によって無効化しているようだ。
「サア、コレデ……」
「これじゃあ……」
私は鼠のフレイルを両手で握ると跳ぶ。
「一方的に殴れるじゃない」
「何モ出来ナ……ギフッ!?」
そして、空中で素早く横回転し、片手でフレイルの根元を握って、腕も大きく伸ばして、限界まで射程を伸ばしたフレイルの打撃部を隙だらけのベノムラードの側頭部に叩き込む。
そう、私の鼠のフレイルの射程は案外長いし、毒の霧は数秒程度なら気にするほどの毒は受けない。
どうやら、私の焦る姿もあって、見誤ってくれたようだ。
毒の霧さえあれば、私は攻撃を仕掛けてこれないと。
「コ……ヂュウッ!?」
「ふんっ!」
だから隙だらけの姿を晒してくれた。
鼠のフレイルの一撃によってその隙はさらに大きくなり、左手で腰のトゥースナイフを抜いてベノムラードに飛び掛かり、首筋に刺し込んで捻りつつ抜く事が出来た。
「ゴアアアッ!」
「ぐっ!?」
だが、攻めた代償も大きかった。
受けた毒は20と少し。
更には痛みに悶えたベノムラードが素早くその場で回転する事によって鞭のようにしなった尻尾が私の体に直撃して、吹き飛ばされる。
「ぐびっ……ま、痛み分けってところかしら」
「ヨクモオオォォ……」
私は素早く立ち上がると、ポーションケトルの中身を飲んで減ったHPを回復する。
ベノムラードは前足で首の傷を押さえつつ、私の事を睨んでくる。
血は流れているが、直ぐに風化してしまう関係上、どの程度出血しているかは分からない。
まあ、いずれにせよだ。
「さ、可愛い部下たちもどうしてか来てくれないみたいだけど、戦闘続行と行きましょうか」
「許サンゾ羽虫如キガアアァァ!!」
戦いはまだまだ続く。
これだけは確かだ。
03/26文章改稿