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42:ジュゲムジュゲム

「ログインっと」

『チュッチュー』

 さて、いつものように『CNP』にログイン。

 セーフティーエリアにある垂れ肉華シダは……蕾を付けた状態で止まっている。

 数は一本のまま。

 恐らくだが、垂れ肉華シダの蔓は一定面積の苔につき一本しか生えないとか、そう言うルールがあるのだろう。

 思い返してみれば第三階層や第四階層で見かけた垂れ肉華シダの蔓と蔓の間にも、それなりのスペースがあって、異様なレベルで群生しているということも無かったし。

 まあ、花が咲きそうな様子が見られるまでは放置でいいだろう。


「さて、第三階層の調査と行きましょうか」

 私はセーフティーエリアを後にすると、第二階層経由で第三階層へ向かう。

 ただし、迷宮になっている第三階層ではなく、底なしの穴に向けて垂れ肉華シダの蔓が伸びている空間が特におかしくなっている場所だ。


「……」

 此処を調べる理由は単純で、これだけ空間がおかしくなっているなら、きちんと調べれば相応の何かがあると考えたからだ。

 見つかる物が何かは見当も付かないが……迷宮となっている第三階層を当てもなく彷徨うよりは遥かに有意義だろう。


「よし、大丈夫そう」

『チュ……チュウ……』

 掴んだ蔦はしっかりと天井に根付いていて、私の全体重を支えても何の問題もないだろう。

 なので私は手を緩め、翅を動かし、適度に蔓に手足で掴まりながら、少しずつ穴の底へと向かっていく。


『チューチュー』

「底があるのかも怪しいのよね……」

 長さ30メートルほどの垂れ肉華シダの蔓の先に蕾が無かった事からして、この穴は少なくとも深さ30メートル以上は確実にある。

 場合によっては底なしの穴である可能性すらあるだろう。

 が、とりあえず蔓が続き、呪詛濃度が低下しない限りは、潜り続ける事が可能なはずである。


「光が絶えた」

 上の入り口を除いて、一切の光は存在しない。

 周囲はいつの間にかいつもの霧すら見えない暗闇だ。


「呪詛濃度は問題ない」

 呪詛濃度に異常は見られない。

 空間の異常を考えず、物理的な距離だけで話をするならば既にダンジョンの外であるはずだが、空間がおかしいのだから、そんな考えは持つだけ無駄なようだ。


「蔓は此処まで」

 私の足の先が垂れ肉華シダの蔓の先端に着く。

 他の垂れ肉華シダの蔓も同じ深さで成長が止まっている。

 つまり……


「ここを境界として何かがあるのね」

『チュ……チュウ……』

 私は自分の足元の先にある空間を見る。

 赤と黒と紫の可視化された呪詛の霧すら見えない深い深い暗闇が広がっている。

 毒鼠の三角帽子がどことなく怯えているように思える事からしても、この先には危険な何かがある事は確かだろう。


「……」

 頭の中で軽くシミュレートする。

 何メートルまでなら、此処から落ちても背中の翅を使って帰って来れるかを考える。

 まあ、失敗したところでデスペナのないゲームで死に戻りするだけ。

 少々怖くて痛い思いをするだけだろう。


「行きますか」

 なので私は手を離し、更なる下方に向かって落ちた。

 そして……直ぐに思い知らされた。


『qヵj』

『tfdgd』

『dxzcz』

『3wくぇq』

『いとちしち』

 此処は私如きがまだ踏み入っていい場所ではなかったと。

 姿を見る事は出来ない。

 だが確かに居た。

 私を見たものが、私を聞いたものが、私を嗅いだものが、私に触れたものが、私を味わうものが居る。

 此処は呪限無の顎だった。


「ッ!?」

 気が付けば私はセーフティーエリアの床で大の字になっていた。

 自分が死んだことすらも認識できなかった。

 あまりにも……次元が違い過ぎた。


「何時の間に……」

 そう、『毒鼠の首魁』ベノムラードは戦う事が出来た。

 先日見かけた巨大な烏は、実際の戦闘能力は分からないが、姿を認識する事は出来た。

 だが今回の相手は……居る事しか理解できなかった。

 斬られたのか、叩かれたのか、貫かれたのか、溶かされたのか、呪われたのか、何をされたかまったく分からなかった。

 戦う以前の問題だった。


『チュ、チュウウゥゥ……』

「とりあえず体を……何これ、体が……」

 私は体を起こそうとした。

 だが、全身が重く、碌に動かす事が出来ず、上半身を起こすことも出来なかった。

 まるで全身くまなく重りを付けられたかのようだった。


「干渉力低下……100!?」

 視界の左上に意識を向ければ、そこには干渉力低下と言う見慣れない文字が。

 どうやら状態異常の一種で、ステータスの一つである干渉力が下がっているようだが……詳細がどうあれ、100と言う数字は異常極まりないだろう。

 と、丁度99に減ったか。


「……」

 いや、よく考えてみれば、一番の異常は死に戻りをしたにも関わらず、状態異常が継続している事か。

 今までの死に戻りなら、HPと満腹度だけでなく状態異常も全回復していた。

 装備品は多少のダメージを受けるが、それだって呪怨台で簡単に直せていた。

 しかし今回は干渉力低下と言う状態異常が残っている。

 あるいは死後に付加されている。


「ああなるほど。理屈としてはそう言う事か」

 『CNP』にデスペナは存在しない。

 だが、呪いと言う物は死んだ程度で逃れられるとは限らない。

 つまり一律のデスペナは存在しないが、今回私を殺した何者かのように、死後も続く呪いをかけられる存在も居ると言う事。

 それこそ、一時的な状態異常ではなく、永続的な状態異常をかけられるものだっているのかもしれない。

 これが『CNP』の真実であり、デスペナが無いと調子に乗った愚か者へのペナルティと言うところか。

 いや、未知に対する不敬を働いた罰とも言えるかもしれない。

 いずれにせよ、今後は少し気を付けた方が良さそうだ。


「とりあえず、体がマトモに動くようになるまでは、垂れ肉華シダの蔓で網でも作っていましょうか……」

 私は部屋の隅っこに積んである垂れ肉華シダの蔓を手に取ると、ゆっくりと編み始めた。

 なお、この後、干渉力低下が完全に無くなったのは、私がログアウトする直前だった。

 どうやら干渉力低下はだいぶ長引く状態異常であるらしい。

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