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32:現実世界にて-1

「大企業のボンボンとその友人、合わせて6人が過去の諸々がバレてしょっ引かれたねぇ……」

 月曜日。

 大学の構内にて私はスマホでニュースサイトを開きつつ、昼食を食べる。


「人気ゲームの最新作が大好評。芸能人が結婚。炎上動画の話題はいい加減どうでもいいわぁ」

 ニュースの内容は色々だ。

 まあ、流石に何も知らないとトラブルの種になると言うか、世間に疎すぎるのはそれはそれで問題なので、最低限は聞いておかないといけない。

 避けられる面倒事は避けておいた方がいい。

 しかし、今の私にとって一番の問題事と言うとだ。


「やっぱりログイン時間の制限って必要なのね。あのプレイ時間でここまで違和感があると、丸三日とか中で過ごしてからリアルに出たら、身体をおかしくしそう」

 『CNP』で使っているアバターと比べて、リアルの体のスペックの低さか。

 翅が無いのとか、宙に浮いていないのとかは問題ないのだけど、視界が正面しかないのが想像以上に面倒くさい。

 首や体を動かして、方向転換しないと見たい方向が見えないと言う当たり前がこんなにかったるい物だとは思わなかった。

 まあ、これほどまでに現実との差異が酷いからこそ、ログイン制限があるのだろうけど。


「あら、樽笊さん。調子が悪そうですけど。大丈夫ですか?」

「財満さん」

 と、ここで私に話しかけてくる人が居たので、私は首を動かして、その人の姿を視界の中央に捉える。

 そこに居たのは同級生の一人で、確か財満(ざいみち)芹亜(せりあ)さんだったか。

 確か幾つかの講義が一緒だったはず。


「心配しなくても大丈夫です。ちょっと昨日までVRゲームに熱中しすぎていただけですから」

「VRゲームと言うと金曜日に始まった……」

 財満さんは同じ日に始まったもう一つのVRMMOの名前を挙げる。

 まあ、普通はそちらを始めたと思うか。

 私の見た目は大人しそうに見えるらしいし。


「始まった日は同じだけど、もう一つの方です」

「あら、それじゃあ樽笊さんも『CNP』を?」

「“も”と言う事は財満さんもですか」

「ええ、友人たちと一緒に初めてみたの。普通じゃないゲームも面白そうだったから。キャラネームは……」

 私はそこで財満さんに向けて一度掌を向けて、制止する。


「教え合うのはキャラネームまでにしておきましょう。ゲームの世界観的にそれ以上を教えるのもアレですし、リアルの知り合いだからと言って一緒に遊ばなければいけないルールもありませんから」

「……そうね。そうしておきましょうか。向こうじゃキャラが違うなんてこともあるでしょうし」

 財満さんは少し考えた後に頷いて、同意してくれる。

 よかった、これでもしも一緒に遊びましょうなんて話になっていたら、現状ではネズミの塔から出られない私では大惨事になっていたところだ。

 そして何よりもだ。

 呪いによってリアルとはまるで異なる姿になるのが醍醐味の一つでもある『CNP』において、リアルの知人の姿がどんな物になっているかなんて情報を出会う前に知ってしまっていたら……未知が無くてつまらない。


「じゃあ、キャラネームだけど、私はザリアね。樽笊さんは?」

「私はタル。運よく会えて、時間と都合が合うようだったら一緒に遊びましょう」

「そうね。そうしましょうか」

 まあ、幾つも偶然が重なって、一緒に行動する機会に恵まれれば、その時は考えるとしよう。

 財満さん相手なら、それくらいの付き合いはしていい。


「それにしても、VRゲームのやり過ぎで調子が悪くなるって本当に大丈夫なの?」

「あー、これくらいは言ってもいいですね。私のアバター、異形度が高めなんです。だから、リアルとの差が結構あるんですよ」

「異形度が高め……ああ、例の誓約書を書いたら出来るっていう」

「ええそれです。今日からはダイヴ時間を少し考えた方がいいかもしれませんね」

 掲示板を見る限り、私のアバターの異形度は初期値では限界値だ。

 おまけに使い易い呪いを重ねたのではなく、どちらかと言えば使いづらい呪いを重ねている。

 特に空中浮遊とか、空中浮遊とか、空中浮遊とか!

 うん、今の私が感じている面倒くささの原因は増えた目が原因だが、『CNP』の中で一番扱いに困っているのは空中浮遊だ。

 アレのおかげで近接武器の扱いについては根本から考え直す必要が生じてしまっている。


「でも、そんなに異形度が高いと、装備とかの面で困る事も多そうね」

「実際に困っていますよ。普通の武器は扱えないし、防具も一工夫必須ですから。まあ、現状は自作してしまえば済みますけど」

「自作……まあ、現時点だと、そっちの方が早いか。職人系プレイヤーもまだ出て来ていないものね」

「そうですね」

 私は古今東西の武器について記したサイトを見せる。

 財満さんは興味深そうにそのサイトを見た後、私にスマホを返す。


「なんにせよ、向こうであったらよろしくね」

「初対面の時はお互いに気付かずに戦闘になりそうですけど」

「それはそれで、あのゲームらしいんじゃないかしら」

「それもそうですね」

 そうして財満さんは去っていった。

 さて、図書館の資料もあって、必要な情報は一通り手に入った。

 ならば今日は一日生産活動に従事してみてもいいかもしれない。

 武器を含めて、色々と作ってみるとしよう。

03/13誤字訂正

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