28:タルウィベーノ+-2
「ログインっと」
『チュッチュー』
リアルでの諸々を終えて午後のプレイ開始である。
とは言え、ログイン地点はゲーム開始三日目にして、既に見慣れた光景となりつつあるセーフティーエリアの中……ああいや、待った、見慣れた光景じゃなくなってる。
「これは……ああなるほど。元からそう言う増え方なのね」
セーフティーエリアの中をよく見てみると、アイテムを置いてあった一角に苔が生え始めていた。
苔の出所は垂れ肉華シダの葉で、葉の一部が床に落ち、そこから苔が生じているようだった。
恐らくだが、これは垂れ肉華シダは苔を増やす事で地道に増える以外の繁殖方法なのだろう。
具体的には、あの良い匂いのする肉の花で動物を招き寄せ、その動物が食事をしている間に身体へ葉っぱを付ける。
そして、葉っぱを付けた動物が何処かに葉っぱを落として、そこで繁殖を進めるといった具合だ。
つまり、垂れ肉華シダの葉は葉っぱであるが、同時にオナモミのような種子でもあると言う事なのだろう。
呪いを利用しているとは言え、実に不思議な植物である。
「とりあえず鑑定」
私は垂れ肉華シダの苔部分の鑑定を試みる。
すると床や壁にくっついている状態では生物判定のようだが、手に取るとその時点でアイテム判定に変わり、きちんと壁にくっつけてやれば再び生物判定に変わるようだった。
本当に不思議な植物である。
△△△△△
垂れ肉華シダ レベル1
HP:10/10
▽▽▽▽▽
△△△△△
垂れ肉華シダの苔
レベル:1
耐久度:100/100
干渉力:100
浸食率:100/100
異形度:10
垂れ肉華シダの本体とも言える部分。
呪詛濃度が濃い場所を好み、サイズが十分な状態で下方向に空間が存在すると、大規模繁殖の為に蔓を生じさせる。
▽▽▽▽▽
「案外異形度が高いわね……葉は1、蔓は5だったのに10になってる。まあ、レア度ではないみたいだし、気に……するべきではあるか。私みたいに異形度が高いせいで酷い目に遭うパターンもあるみたいだから」
私はとりあえず地面を蹴って跳び上がり、垂れ肉華シダの苔を一掴み分天井に押し付ける。
すると、そう言う性質の植物であるおかげなのだろう、苔は難なく天井にくっつく。
「それと、たぶん大丈夫でしょうけど、少し様子を見て、セーフティーエリア内の呪詛濃度が下がるようだったら、急いで処分ね。上手く生育するなら……蔓の安定供給に期待しましょうか」
これで垂れ肉華シダが上手く成長してくれれば、今後は紐状の物体の補給に困る事が無くなる。
それどころか食糧も補給できるかもしれない。
なんにせよ、期待しても損はないだろう。
「本題ね」
さて、思わぬ変化に戸惑い、ちょっとした作業をすることになったが、今の優先事項は毒噛みネズミの毒受け袋に収納された、毒吐きネズミの毒液をどうするかだ。
「袋に入れたものは自動で混ざり合う。袋に入れたものは袋を壊さなければ取り出せない。入れられるのは毒液のみ。んー、此処に毒噛みネズミの毒液を注ぎ込むかどうかね……」
私はとりあえず前回も使った茶碗の上に袋を置く。
これで袋を破れば、茶碗の中に毒液が流れ出るだろう。
しかし、私は直ぐに袋を破るのではなく、少しばかり考える。
理由は単純、既に作業は始まっているも同然だからだ。
「そのままで行くか、毒噛みネズミの毒液を加えるか、袋から出した後なら垂れ肉華シダの葉を磨り潰して添加するのもあるか」
『チュウ?』
「悩みどころなのよ。『
『チューチュウ?』
「おまけに呪いと言う物の性質を考えると、きちんと絞って呪わないと、望む強化以上のデメリットを背負わされる気がするのよねぇ……」
『チッチュウ?』
毒鼠の三角帽子が疑問を覚えているかのように鳴いているが、実際にはたぶん何も分かっていない。
まあ、私も考えをまとめるために口に出しているだけなので、答えに期待はしていないが。
いずれにしても悩ましい所だ。
どの選択肢を取っても、相応のメリットとデメリットが存在することが予想され、上手くいくとも限らない。
けれど、完成系をきちんと思い描いてから始めなければ、確実に碌でもない結果になるのが見えているので、きちんと考えなければならない。
「よし、決めたわ。初志貫徹しましょう。『毒の魔眼・1』の強化で、与える毒の量を固定値で増やすことを望みましょう」
『チュー!』
私はトゥースナイフを袋の側面に突き立てる。
すると中から大量の毒吐きネズミの毒液が漏れ出て来て、茶碗の中に貯まっていく。
「っつ……なるほど、やっぱり血管の中でなくても問題ないのね」
漏れ出た毒液の一部が手にかかり、私に痛みを覚えさせ、毒(1)を与えてくる。
私は念のために『鑑定のルーペ』を使って、詳細を確認してみる。
△△△△△
毒吐きネズミの毒液
レベル:1
耐久度:100/100
干渉力:100
浸食率:100/100
異形度:1
呪術『鼠毒生成・2』によって生成された呪術生成物。
血管中に入る事で毒の状態異常を発生させる。
分解されるまでの時間は周囲の温度に依存する。
効果は弱まるが、皮膚接触でも毒性を発揮する。
▽▽▽▽▽
「『鼠毒生成・2』。可能性が見えてきたわね」
私は中身を出し切った袋を茶碗から外すと、毒液の入った茶碗を呪怨台に乗せる。
するといつも通りに茶碗は赤と黒と紫が入り混じった霧に包まれていく。
「私は力の強化を求めている。睨み付けた敵に環境に依らない毒を与え、呪い殺す力を求めている」
13の目を霧の球体へと一心に向け続ける。
可能な限りの雑念を捨てて、念じ続ける。
「呪う時の対価を増やすことなく、力を強める事を求めている」
霧が幾何学的な模様を描き始めても気にすることなく、ただただ念じ続ける。
私が求める新たな力を頭の中に描き、求める。
「望む力を得るために私は毒を飲む。我が身を持って与える毒を知り、喰らい、己の力とする」
そして、浮かび上がってきた言葉を口に出して、想いを強める。
「どうか私に機会を。覚悟を示し、更なる毒の視線を放つ眼を手にする機会を。我が敵の身に毒を注ぎ込む呪いを!」
霧が飲み込まれていく。
際限なく茶碗の中の毒液へと飲み込まれていく。
音もなく、光もなく、臭いもなく、けれど確かに毒液が変質していく。
そうして、前回と同じように深緑色の液体が入った茶碗が後に残された。
「鑑定を」
私は前回と同じように鑑定する。
ただ毒である事だけが分かっている状態で飲み干す事こそが覚悟であるからだ。
△△△△△
呪術『毒の魔眼・1+』の杯
レベル:5
耐久度:100/100
干渉力:100
浸食率:100/100
異形度:10
変質した毒の液体が注がれた杯。
覚悟が出来たならば飲み干すといい。
そうすれば、君が望む呪いが身に付く事だろう。
▽▽▽▽▽
「プラスね……」
私は茶碗を手に取る。
前回よりも更に毒は強まっているに違いない。
だからこそ……面白いし、嬉しい、味わい甲斐があると言う物である。
「んっ!?」
自然に笑みを浮かべていた私は一息に茶碗の中身を飲み干す。
そして変化は直ぐに訪れた。
「あああああああああああkrgvktdwしぃgsszさgrg!!」
毒の性質上、舌が焼け、喉が焼け、胃が焼けるのは想定の範囲内だった。
ドブを煮込んだような味と吐き気を催すような臭気も前回同様であるために、
だが、前回の経験があってもなお、私の体は反射的に叫び声を上げ、全身が焼き尽くされるような痛みを訴え、何千と言うネズミの鳴き声を捉え、全身の皮膚が破れて流血する私の姿を晒すことになった。
「あtきgvfvkぺfdkg!!」
私の心臓の高まりに、未知に対する興奮に、マシンが緊急停止をかけるのではないかと言う不安すら覚える。
しかし、残された冷静な部分の私は何の躊躇いもなく回復の水が湧き出す器に顔を突っ込んで飲み、呼吸の為に顔を上げれば手で水をすくって頭からかけていく。
「アハハッ! アハハハハハッ!! アツイタヒフヒャハハハハアアアアァァァァァァ!!」
私の中に新たな力が刷り込まれていく。
喰らったものが血となり肉となる様に、未知なるものが既知となって私の魂に刻み込まれていく。
全身が熱を帯び、歓喜し、祝福する。
≪呪術『毒の魔眼・1+』を取得しました≫
≪タルのレベルが6に上がった≫
「ああ、本当に、本当にこの感覚は素晴らしいわ……。また味わいたい……」
毒も熱も消え去って、代わりに習得に成功したという通知がやってくる。
なので私は自分自身に『鑑定のルーペ』を使った。
△△△△△
『呪限無の落とし子』・タル レベル6
HP:829/1,050
満腹度:52/100
干渉力:105
異形度:19
不老不死、虫の翅×6、増えた目×11、空中浮遊
称号:『呪限無の落とし子』、『生食初心者』、『ゲテモノ食い・1』、『毒を食らわば皿まで・1』、『鉄の胃袋・1』、『呪物初生産』、『毒使い』、『呪いが足りない』、『暴飲暴食・1』、『呪術初習得』
呪術・邪眼術:
『
所持アイテム:
毒噛みネズミの毛皮服、毒鼠の三角帽子、鑑定のルーペ、鉄筋付きコンクリ塊、毒噛みネズミのトゥースナイフ、毒噛みネズミのトゥースナイフ、毒噛みネズミの毛皮袋、ポーションケトルetc.
▽▽▽▽▽
「前回よりも消耗が激しかったようね……」
HPが回復しきっていない。
どうやら前回よりも負荷がかかっていたようだ。
「で、肝心の『毒の魔眼・1+』は?」
続けて『毒の魔眼・1+』を鑑定。
△△△△△
『毒の魔眼・1+』
レベル:1
干渉力:100
CT:10s-5s
トリガー:[詠唱キー]
効果:対象周囲の呪詛濃度×1+1の毒を与える
貴方の目から放たれる呪いは、敵がどれほど硬い鎧に身を包んでいても関係ない。
何故ならば相手の体内に直接毒を生じさせるのだから。
注意:使用する度に自身周囲の呪詛濃度×1のダメージを受ける。
▽▽▽▽▽
「よし、純粋強化成功」
きちんと固定値が付いて、相手の周囲の呪詛濃度が0であっても、効果を発揮できるようになった。
そして、この効果は相手が呪詛濃度が高い場所に居ても、得にしかならない。
うん、素晴らしきは固定値の力である。
『チュウ?』
「上手くいったと言う事よ。さて、相手が複数と言うか集団の場合の対抗策も考えないと」
これで邪眼の強化は上手くいった。
ならば次に考えるのは、第三階層のあの大量のネズミにどうやって抗うかである。