278:サウスウエスト-1
本日二話目です
「では出発」
『チュー!』
土曜日。
私は朝早くからログインすると、砂漠のお守りと火山のお守りを身に着け、念のために熱拍の幼樹呪の外套と口布を着用、その他必要な準備を一通り済ませた上で、『ダマーヴァンド』を出発。
サクリベスの南西、複数のエリアの境界が重なっている場所に向かっていく。
『それにしても大荷物でチュねぇ。と言うか、本当に上手くいくんでチュか?』
「理論上と言うか、呪術的には成功の見込みはあると思うのよ。少なくとも、道具も理論もなしにただの力技でやるよりは上手くいく可能性はあるはずよ」
最初はビル街の風景が何処までも続く。
いつも通りの風景で、朝早いにも関わらず、時折プレイヤーを見かける。
たぶん、この辺りにあるダンジョンを攻略しているのだろう。
『失敗した場合は?』
「んー……まあ、どんなに悪くても、私のキャラロストで済むでしょ」
やがて火山の風景が混ざり始めてきて、エリアの境界を守護するための熱と炎、あるいは火山にかかっている呪いも生じ始める。
が、これは『火山侵入許可証』と火山のお守りを持っている私には効かない。
『それは一番不味いやつだと思うんでチュけど……』
「サクリベスが滅びるような事態に比べればマシじゃないかしら?」
その内に時折だが、『試練・砂漠への門』から飛んできているであろう砲弾の爆音が聞こえ始めると共に、草原と砂漠、二種類のマップの特徴も見え始めてくる。
そこで私は一度移動を停止した。
「……。6つのエリアの影響が出ているから当然と言えば当然なんだけど、不安定、なんてものじゃないわね」
『でも、たるうぃだから見えている光景でチュよ。これは』
「それはまあ、そうなんでしょうね」
検証班曰く、此処は特に何もない場所、との事だった。
なるほど、確かにダンジョンはないし、素材もない。
普通の目で見れば、確かにここには何もないだろう。
しかしだ。
「こんな場所に普通のダンジョン、モンスター、アイテムは存在できないわ」
二つの試練からの干渉によってもたらされる破壊。
火山と砂漠に蔓延している呪いによる破壊。
草原とビル街のこれ以上は広げさせないと言う抵抗による破壊。
これらに加えて、6つのエリアの境界線が重なりあったが為にもたらされる次元の不安定化。
周囲の呪詛を支配し、呪限無に行ったことがある私だからこその感覚なのだろうが、はっきり言って、こんな場所をのんきな顔をしてうろつけるのは不老不死の呪いで最低限の生存を保証されていると勘違いしているプレイヤーくらいだ。
見た目こそ平穏そのものだが、それぐらいには此処は不安定で、呪詛が吹き荒れ、危険な場所である。
「他の境界線も同じような状態になっているのかしらね。これ……」
『今はそうだと思うでチュよ。でも、たるうぃが此処を抑えれば、他も幾らかはマシになるとは思うでチュ』
「まあ、私がここを抑えれば、余力を他に回せるものね……」
私は意を決して、破壊の中心へと向かっていく。
こういう時に私の呪いは心強く、増えた目のおかげで背後であっても異変を見逃す事はなく、虫の翅と空中浮遊のおかげで周囲の異常に関係なく動ける。
そして、装備のおかげで、6つの呪いによる破壊が直接及ぶこともない。
「さて、始めますか」
破壊の中心についた私は毛皮袋の中から、長さ1メートルほどの杭を取り出す。
この杭は熱拍の幼樹呪の木材に、赤樹脂を塗った上で呪った物である。
熱拍の幼樹呪は体内に呪限無から通常空間へ移動するための門を生成できるし、しかもその門は非常に安定している。
なので、熱拍の幼樹呪の木材を使えば、それに類似したことが出来ると判断して、昨日作ったものである。
「ふんっ!」
私はまず、中心点に杭を1本突き立てる。
そして、その杭を中心とした正六角形を作れるように、6本の杭を突き立てる。
流石はカース素材と言うべきか、この環境下でも破壊されるようなことはない。
「毒液に斑豆を撒いてっと」
『一気に怪しくなってきたでチュね』
続けて、6本の杭の内側の領域に、『ダマーヴァンド』の斑豆と毒液をそれぞれ十分な量バラまいていく。
すると直ぐに斑豆と毒液へと周囲の呪いが襲い掛かろうとするが、それは私が周囲の呪詛への支配力を高める事で阻害した。
『さて、ざりちゅの出番でチュね』
「そうね。ここは私よりザリチュの方が正確でしょう」
私は視界の隅にコピペしておいた『熱樹渇泥の呪界』の座標コードを表示させる。
周囲の呪詛を操って、中心点としている杭の上に呪詛濃度19の領域を作り出す。
そして毛皮袋から、同様の杭を6本取り出して、置いておく。
「すぅ……『■■■■■■■■■』」
私の口をザリチュが操って、座標コード6項目の内の1つを言う。
私は周囲の呪詛を操って、呪詛濃度19の領域を呪詛濃度20にする。
私は自分の体を操って、杭の一つを呪詛濃度20の領域に刺し込む。
「いいわね。嵌まったわ」
すると杭が先端から消え去っていき、ある程度刺さったところで杭の動きは止まる。
そのタイミングで私は杭から手を離すが、杭はしっかりと虚空に嵌まっていて、動かない。
「じゃ、ドンドン行きましょうか」
「『分かったでチュ。■■■■■■■■■』」
一本目が正解したところで、二本目、三本目と同様に突き刺していき、6本全てを突き刺す。
正確かつ高速で座標コードを言えるのは、ゴーレムであるザリチュの能力であり、私には不可能な事なので、実にありがたい事である。
「オーケイ、次の段階ね」
そうして6本全て突き刺したところで、杭が少しだけ動き、生じた隙間から高濃度の呪詛が噴き出してくる。
うん、成功した。
これでこの穴は『熱樹渇泥の呪界』に繋がった。
と言うか、たぶんだけどこれが正しい呪限無への行き方の一つだな。
「支配は上手くいっているわね」
高濃度の呪詛が無尽蔵に広がっても困るので、私は周囲の呪詛を操って、噴出を抑えると共に、杭の内側に留めるようにする。
さて、通常の世界に高濃度の呪詛が噴出し、核を得るなどして、一か所に溜まったらどうなるか?
答えは単純で、ダンジョンになるのだ。
「さて、これで必要な物は揃ったわね。場所、呪詛の量、共通項、その他各種準備。じゃあ、次の段階よ」
『此処を『ダマーヴァンド』にする。だったでチュね』
「ええ、その通りよ」
そして、私の目論見通りにこの場はダンジョンになりつつある。
『ダマーヴァンド』の主である私を核として。
『ダマーヴァンド』特有の水と植物が周囲に存在している状態で。
『ダマーヴァンド』と繋がったことのある『熱樹渇泥の呪界』と接続して。
『呪山に通じる四輪』ドロシヒによって呼び出された『ダマーヴァンド』の呪詛とこの場の呪詛が混合されている。
『ダマーヴァンド』にとても近い状況で、逆説的にこの場が『ダマーヴァンド』であると認識されるような状況でだ。
「『
そんな状態で私は自分で考えた詠唱を、喉に呪詛を集めて震わせながら発する。
そのまま呪詛を、ダンジョンとなりつつある周囲の領域を、周りのエリアからの干渉を操った。
『熱樹渇泥の呪界』の呪詛、皆乾かしの砂漠の砂、皆飲み込みの火山の熱を材料として引き寄せる。
『試練・火山への門』、荒れ果てたビル街、捨てられた畑の呪いによって支配権を確立しつつ増幅させる。
『試練・砂漠への門』の呪いによって、これらを固定化していく。
「あはっ、あははははっ! あははははははは!!」
数多の呪いが渦を巻き、渦に沿って濃い呪詛の霧が吹き荒れる。
地面が盛り上がって山となっていき、毒々しい『ダマーヴァンド』でよく見る植物たちが生えてくる。
ダンジョンの主としての知覚が、この場が『ダマーヴァンド』の一部、新たなる第四階層として認められ、通常空間を跳躍する形で繋がったことを告げてきた。
その上で周囲の次元が安定し、落ち着きつつあることが、周囲の空気の動きから見えた。
「成功よ。此処が! 新たな! 『ダマーヴァンド』よ!!」
≪称号『ダンジョンの創造主』、『呪いを支配するもの』を獲得しました≫
≪呪術『呪法・○○』を習得しました。名称を付けて有効化してください≫
そして私は山の頂上で思わず歓喜の叫び声を上げていた。