272:タルウィハング-1
本日二話目です
「うーん、腐らずに発酵をしてくれてはいる。けれど、乾燥の進み具合からして、リアル時間でもう一日と言うところかしら」
『じゃあ、明日でチュねぇ』
火曜日。
ログインした私はまず喉枯れの縛蔓呪の葉の状態を確かめた。
香りは増しているが、まだまだ湿り気が多い気がする。
私は茶に詳しいわけではないし、そこまで好みや拘りがあるわけではないので、これでもいいのかもしれないが、もう少し待った方が良くなるのは分かる。
なので、明日までは置くことにした。
『で、今日はどうするでチュ?』
「乾燥の邪眼を得ようと思っているわ」
私は飢渇の泥呪の砂が入っている袋を手に取る。
中にはよく乾燥した黒い砂が入っており、袋を傾けると、まるで水のように傾きに合わせて砂も動く。
「んー……」
さて、当然ながら砂は食べ物ではない。
よって食べる事は出来ない。
漢方薬の中には鉱物を原料にしたものもあると聞いたことがあるが、そう言うのは一種の例外、今回の件には適応出来ないだろう。
「呪いは砂の中に含まれている。乾燥と言う呪いそのものに実体はない。私はそれを体の中に取り込んで邪眼としたい。体の中に取り込むには食べもの……最低でも実体は欲しい。となれば、呪いを移すのが適切かしらね」
『マントデアが以前やった電撃の転写に似た感じでチュかね?』
「そうなるのかしらね。まあ、折角だから調理をしつつ転写し、邪眼術を覚えるための食べ物に出来るようにしてしまいましょうか」
私は飢渇の泥呪の砂が今入っている袋よりも二回りほど大きい袋を熱拍の幼樹呪の糸で作ると、その中に飢渇の泥呪の砂を入れる。
そこへ砂がある程度泥になるまで毒液を注ぎ込む。
飢渇の泥呪の吸水力は恐ろしいもので、平然と体積が3倍近くにまで膨れ上がったが、それでもまだ一部は砂っぽい感じだ。
まるで吸水性ポリマーである。
「喉枯れの縛蔓呪の球根の皮、こんな場所で活躍するとは思わなかったわね」
『使い道、あったでチュねぇ』
そうして袋の中に出来上がった泥の塊に喉枯れの縛蔓呪の球根から剥ぎ取った堅く、湾曲している皮を乗せる。
その姿はまるで黒い海に浮かぶ船のようだ。
なお、喉枯れの縛蔓呪の球根も、熱拍の幼樹呪の糸と同じで乾燥耐性を持っているので、飢渇の泥呪と直接接触させても問題はない素材である。
「えーと……皮付きの芋でいいかしらね」
『一口で食べれるサイズにしておいた方がいいと思うでチュ』
「分かったわ」
喉枯れの縛蔓呪の球根の皮の上に『ダマーヴァンド』産の芋を乗せる。
更にその上に、幾つかの穴を開けた喉枯れの縛蔓呪の球根の皮を乗せて、蓋のようにする。
最後に袋の口をN字に折り曲げた上で、熱拍の幼樹呪の赤樹脂で固めて、圧力を高め過ぎないが、熱を出来るだけ逃がさないようにする。
「では加熱。『
私は飢渇の泥呪の砂だけを加熱するように『灼熱の邪眼・1』を撃ち込んでいく。
そして、この状態で、呪怨台に乗せる。
さあ、いつものように赤と黒と紫の呪詛の霧が集まってきた。
だが、私は無秩序に集まる事は許さず、『七つの大呪』の内、転写の呪いが優先的に集まるように干渉する。
その上で言葉を紡いで、願いを告げる。
「私は虹色の眼に新たなる邪な光を与える事を求めている」
私は動作キーで『灼熱の邪眼・1』を断続的に撃ち込みつつ、撃ち込む瞬間以外は霧に隠された袋、その中の芋へと目を向ける。
「睨みつけたものへ底なしの渇きと飢餓を与えるような力を求めている」
霧が幾何学模様を描いていく。
「望む力を得るために、飢渇の生ける呪いより、その精髄たる呪いを簒奪し、毒霧に乗せ、一時の依り代へ移し替える。移し替えた飢渇を食らい、飲み、我が身を以って知る事で己が力とする」
幾何学模様が消えていく。
だがそれは見えなくなっただけで、空気の揺らぎからある事は見える。
「どうか私に機会を。覚悟を示し、飢え、渇き、苦しむ邪眼を手にする機会を。我が身に新たなる光を宿す禍々しき呪いを。『熱樹渇泥の呪界』を象徴する呪いの片割れをその手に」
霧が飲み込まれていく。
空気が乾いていく。
セーフティエリアの中で垂れ下がっている垂れ肉華シダたちが乾き、枯れ、苔だけを残して風化していく。
そして、霧が晴れると、独りでに袋の口が開いて、白い砂に囲まれた、壊れかけの球根の船が見えた。
「鑑定ね」
『ああ……ざりちゅでチュねぇ……』
壊れかけの球根の船は軽く手で触れただけでも砂となって崩れ落ちる。
その中には、限りなく黒に近い深緑色の皮を持った萎びた芋があり、私は芋を手に取って鑑定をした。
△△△△△
呪術『飢渇の邪眼・1』の蒸かし芋
レベル:20
耐久度:100/100
干渉力:110
浸食率:100/100
異形度:17
飢渇の泥呪の呪いが転写された毒の蒸気で熱され、蒸かされた芋。
覚悟が出来たならばよく噛んで、胃に収めるといい。
飢えと渇きに耐えることが出来れば、君が望む呪いが身に付く事だろう。
▽▽▽▽▽
「では早速」
私は呪術『飢渇の邪眼・1』の蒸かし芋を口に入れる。
見た目は萎びているのに、きちんと蒸かし芋としてホクホクの食感を持っている。
実に不思議だ。
「む……」
そうしてよく噛んで飲み込んだところで、私の体に変化が生じた。
強烈な渇きだ。
今すぐに水が欲しいほどに私の体は渇きを訴えていた。
「水を……飲む!」
表示された状態異常は乾燥(105)。
間違いなく、この渇きは乾燥と言う状態異常によってもたらされた物だろう。
私は直ぐにセーフティーエリアに設置されている回復の水を飲み始める。
飲み干しても飲み干しても渇きは収まらない。
だが、それだけだ。
ただ、水を飲み続けていれば、問題はない。
「この程度なら拍子ぬ……っ!?」
しかし、喉が渇くだけで終わりではなかった。
気が付けば、満腹度が底を尽き、HPゲージを削られ始めていた。
その事に気づくと、強烈な飢えも感じ始めていた。
「これが……飢渇……!」
私は慌てて斑豆を食べて、満腹度を回復させる。
だが食べても食べても飢餓感は収まらず、満腹度も僅かにしか回復しない。
そして、そうやって斑豆を食べている間に今度はどうしようもないほどに喉が渇いていく。
「食べ……飲み……続けるしかない!」
私はセーフティエリアの外に出て、『ダマーヴァンド』の第三階層に移動する。
そうして目につくものを掴むと、飢えのままに草も花もキノコもそのままの状態で食べ、渇きのままに噴水の毒液を溺れそうになるような勢いで飲み干していく。
邪眼妖精の毒杯が噴水の中に収められていて、噴水として外に出てくるまでに10秒以上かかるように構造を弄っておいてよかった。
今の私ならば、異形度が上がる危険性など無視して、直接杯に口を付けていてもおかしくなかったからだ。
それほどまでの飢えと渇きを私は味わっていた。
現実の私が如何に恵まれた世界に居たのかをよく理解させるような飢えと渇きだった。
「はぁはぁ……ふひ、ふひははは、あははははっ! ああ、良いわぁ……この飢えと渇き。本当にいいわぁ……これぞ正にザリチュ。
だからこそ私は貪った。
草花を、根を、毒液を、ネズミを、未知を、全てを食らって腹を満たしていく。
「ぷはぁ……ああ、ようやく腹が満たされたわぁ。ちょっと残念でもあるけど」
『何と言うか、暴食の化身。と言う感じだったでチュね』
≪呪術『飢渇の邪眼・1』を習得しました≫
≪称号『大飯食らい・2』、『鉄の胃袋・3』を獲得しました≫
そうして最低でも一時間は飲み食いをしたところで、私の飢えと渇きは収まった。
食中毒、毒、その他の状態異常も収まっていた。
どうやら取得に成功したらしい。
△△△△△
『蛮勇の呪い人』・タル レベル20
HP:212/1,190
満腹度:11/150
干渉力:119
異形度:19
不老不死、虫の翅×6、増えた目×11、空中浮遊
称号:『呪限無の落とし子』、『生食初心者』、『ゲテモノ食い・3』、『毒を食らわば皿まで・3』、『鉄の胃袋・3』、『暴飲暴食・3』、『大飯食らい・2』、『呪物初生産』、『呪術初習得』、『呪法初習得』、『毒の名手』、『灼熱使い』、『沈黙使い』、『出血使い』、『脚縛使い』、『恐怖使い』、『小人使い』、『呪いが足りない』、『かくれんぼ・1』、『ダンジョンの支配者』、『意志ある道具』、『称号を持つ道具』、『蛮勇の呪い人』、『1stナイトメアメダル-3位』、『2ndナイトメアメダル-1位』、『七つの大呪を知る者』、『邪眼術士』、『呪い狩りの呪人』、『呪いを指揮する者』、『???との邂逅者』、『呪限無を行き来するもの』、『砂漠侵入許可証』、『火山侵入許可証』
呪術・邪眼術:
『
呪法:
『
所持アイテム:
呪詛纏いの包帯服、熱拍の幼樹呪の腰布、『鼠の奇帽』ザリチュ、緑透輝石の足環、赤魔宝石の腕輪、目玉琥珀の腕輪、呪い樹の炭珠の足環、鑑定のルーペ、毒頭尾の蜻蛉呪の歯短剣×2、毒頭尾の蜻蛉呪の毛皮袋、ポーションケトル、タルの身代わり藁人形、蜻蛉呪の望遠鏡etc.
所有ダンジョン
『ダマーヴァンド』:呪詛管理ツール、呪詛出納ツール、呪限無の石門設置
呪怨台
呪怨台弐式・呪術の枝
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『飢渇の邪眼・1』
レベル:20
干渉力:110
CT:10s-20s
トリガー:[詠唱キー][動作キー]
効果:対象の満腹度を1減少させ、周囲の呪詛濃度×1-13の乾燥を与える
貴方の目から放たれる呪いは、敵がどれほど堅い守りに身を包んでいても関係ない。
全ての守りは破れずとも、相手の守りの内へ直接飢えと渇きを生じさせるのだから。
注意:使用する度にHPと満腹度が1減少し、周囲の呪詛濃度×1の乾燥を受ける。
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『大飯食らい・2』
効果:最大満腹度増加(50)
条件:1回の戦闘中に満腹度を500以上回復して、勝利する。
食べるために勝つのか。勝つために食べるのか。もうどちらでもいい。重要なのは食べる事だ。
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『鉄の胃袋・3』
効果:食中毒の効果が弱まる(中)
条件:食中毒を起こす食べ物を一定量以上食べる
胃に収めて、胃酸で溶かせばいい。毒も寄生虫も何もかも。
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「今日はここまでね。流石にちょっと疲れたわ」
『そうでチュか』
私は『
手に入れた『飢渇の邪眼・1』の使い勝手を確かめるのは、明日以降にするとしよう。
10/06誤字訂正