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269:イントゥサースト-3

「では飢渇の泥呪の海を本格的に探索してみましょうか」

『物理的に視界が狭まっているでチュ。細心の注意を払うでチュよ』

 私は先程飢渇の泥呪を回収した場所よりも更に下へと移動していく。

 すると周囲を飛び交う飢渇の泥呪の量が増えていき、視界が悪くなっていく。

 呪詛の霧が光源となる『CNP』の世界なので、何も見えなくなると言う事はないが、確実に世界は薄暗くなっていく。


「……。熱拍の樹呪の拍動で跳ねていない飢渇の泥呪がある高さを仮に海面と称すなら、ここは海面から20メートルってところかしら?」

『飢渇の泥呪が多すぎて、もうそれがない高さは見えないでチュね』

 さて、何十メートル下っただろうか。

 気が付けば周囲は完全に飢渇の泥呪で覆われており、異形度による視界制限で見える呪詛の霧の境界は見えなくなっている。

 そして、20メートルほど下には、周囲からの振動で波打っている飢渇の泥呪の海があるのが見えている。


「さて、此処からどうするかね」

『流石にあの海に潜る気はないでチュよね?』

「流石にないわね。たぶん迂闊に入ったら、一瞬にしてHPがなくなって蒸発するわね」

 今の高さでは飢渇の泥呪がほどほどに飛んでくるだけで、ダメージの類はない。

 だが、あの海に足を踏み入れたら……たぶん、全身を激しく擦られて、そのまま磨り潰されるのではなかろうか。

 飢渇の泥呪の体は丸く、多少の柔らかさと弾力を持っているが、あの密度と動きの速さならば、そんなものは関係ないだろう。


『そうなるとこれくらいの高さが限界でチュか?』

「そうね。これ以上は不意の大波が怖いし、高さについては……」

 また、自分から海に入らなくても、震動が上手く重なった結果として大きな波のようになった飢渇の泥呪がこの下では行き交っている。

 それに飲まれたら、自分から海に入ったのと同じ結果になるだろう。

 そんなことを考えつつ、折角なので暫くは横に移動しようかと思った時だった。


「っ!?」

『たるうぃ!?』

 斜め下の方向、飢渇の泥呪の波の中でも大きな波の上の方から、黒い紐状の何かが勢いよく伸びてきて、私の左腕に絡みつく。

 泥に紛れ込んでいるのもあったが、見てからでは避けられない程の速さだった。


「な……っ!?」

 異常はそれだけに留まらない。

 何かは私を波の方へと引っ張りながら、私に二つの状態異常を与えてきている。

 沈黙(10)と腕部干渉力低下(10)だ。

 また、痛みがあり、ダメージも入れてきている。


『たるうぃ! ボサっとしているなでチュ!』

「……!」

 黒い紐状の何かは垂れ肉華シダの蔓によく似ていた。

 だが色は黒く、蔓からは葉だけでなく棘のような物も生えている。

 私はこれをカースであると判断して、『鑑定のルーペ』を使用。

 鑑定結果は……



△△△△△

喉枯れの縛蔓呪 レベル22

HP:15,011/15,011

有効:灼熱

耐性:気絶、沈黙、脚部干渉力低下、恐怖

▽▽▽▽▽



「……」

 強い。

 そして、こうしている今も私は大波の中に引きずり込まれそうになっているし、状態異常のスタック値が1ずつ増えている。

 このままではまずい。


『『灼熱の邪眼・1(タルウィスコド)』でチュね』

 私は『呪法(アドン)増幅剣(エンハンス)』を乗せた『灼熱の邪眼・1』によって、喉枯れの縛蔓呪の体を切断する。

 そして、その隙に攻撃の範囲外へと上がろうとしたが……。


「……!?」

 再び蔓が伸びてきて、今度は足首に絡みついてくる。

 与えられた状態異常は沈黙は変わらずだが、腕部干渉力低下ではなく脚部干渉力低下になっている。

 どうやら絡みついて来た場所に合わせた干渉力低下を付与するらしい。

 で、この蔓の伸びの速さ……小人状態になれても逃げ切れる保証はないし、倒さずに逃げるのは考えない方がいいか。


『たるうぃ! 引きずり込まれてるでチュよ! 海が近づいているでチュよ!!』

 全力で羽ばたき続ければ高度の維持は可能。

 だが、羽ばたきの力が少しでも緩んだ瞬間に大きく引きずり込まれる。

 海面まで残り18メートル、波に飲まれないように、平行方向への移動を心がける方がよさそうか。

 それでも、10秒で1メートル程度は引き寄せられるな。


「……」

 残り16メートル。

 『呪法・増幅剣』付きの『毒の邪眼・2(タルウィベーノ)』を13の目で発動。

 喉枯れの縛蔓呪に毒(768)を付与する。

 重症化は……してくれていないか。


『ううっ、5時方向から大波でチュ!』

 残り14.5メートル。

 もう一度同様の攻撃を仕掛け、毒(1,459)まで伸ばす。

 すると僅かにだが、縛りが緩くなる。

 だが私はここで逃げようとはしなかった。

 理由は単純。

 こいつはカースであると同時に、釣り人のような存在でもあると直感したからだ。

 故に大波を躱しつつ、手に棘が刺さるのも厭わずに、私は両手で喉枯れの縛蔓呪を掴む。


『チュ、チュアッ!?』

 すると、先ほどよりも強く喉枯れの縛蔓呪は私を引っ張ろうとしてくる。

 危ない所だった。

 逃げようとする体勢で今のを受けていたら、確実に波に飲まれる高さまで引き込まれていた。


「……」

 残り14メートル。

 私は『呪法・増幅剣』込みの『恐怖の邪眼・3(タルウィテラー)』を撃ち込む。

 与えた状態異常は恐怖(13)。

 精神があるか怪しい存在だけあって、どうやら『呪法・増幅剣』込みでもどうにもならないレベルの耐性のようだ。

 少しは抵抗が楽になるかと思って撃ち込んだが、このままでは駄目か。


『ど、どうするでチュか? たるうぃ……』

「……」

 幸いにして、最初の『灼熱の邪眼・1』のダメージと4桁の毒によって、後1分と少し耐えれば、喉枯れの縛蔓呪はHPが尽きる。

 だが、このままただ羽ばたき続けて、波に飲まれないようにしているだけを許してくれるとは思えないし、こちらにかかっている沈黙と脚部干渉力低下のスタック値も重症化の領域に達してしまいかねない。

 やはり、もう一手……相手の動きを鈍らせる何かが必要だ。


「……」

 故に私は周囲の呪詛を束ね始めた。

10/03誤字訂正

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