247:タルウィベーノ・2-1
『で、どう作るでチュか?』
「一言で言えば、全部混ぜ、ね」
私は毒鼠の杯と一緒に回収してきた『ダマーヴァンド』産の毒草を刻むと、適当な器に入れた上でそれを磨り潰す。
そして、毒草に続いて沈黙毒草、出血毒草、恐怖と脚部干渉力低下のマンドラゴラモドキ、小人の樹の葉、毒草化した香草……要するに『ダマーヴァンド』に存在する毒性を有する植物全種類を同様に処理して、器に毒液を集めていく。
「煮詰め……いえ、乾燥を促進するぐらいにしておきましょうか」
集めた毒液は平たい皿に移し、遠く離したバーナーで少しだけ乾燥を促進させるようにする。
これは熱によって毒が駄目になる可能性を考慮しての事だ。
「毒鼠の杯の毒液で回収。それに毒性を高めてっと」
平皿には定期的に毒鼠の杯の毒液を極少量流して、乾燥が進んで濃度が高まる代わりに皿にこびりついてしまった毒物を回収。
毒の濃度を高めていく。
「さて、此処からね」
此処で私は毒頭尾の蜻蛉呪の毒歯と毒尾を持ってくる。
この二つのアイテムの内、毒歯は毒腺から毒を放つ構造になっているので、毒腺を破る事によって毒を回収する。
毒尾については、毒腺からの毒だけでなく、周囲の呪詛を利用した毒生成も行っているので、呪詛濃度干渉によって周囲の呪詛濃度を上げた上で、毒を回収する。
勿論、これらの毒も平皿に移して濃度を上げ、毒液で回収していき、一つに混ぜ合わせていく。
『なんか、粘性が増してきているでチュね』
「それだけ濃度が高いと言う事よ」
そうやって混ぜ合わせて、乾燥を進めていくと、皿の上に載っている液体が徐々に粘性を増していき、まるでスライムかゲルのようになっていく。
私は適当な棒で毒のゲルをまとめていく。
『と言うか臭いがかつてないぐらいに酷いんでチュけど……』
「薬と毒は紙一重、良い匂いと悪い臭いも量次第。それがよく分かる臭いね」
部屋の中は、もはや不快としか表現のしようのない臭いで満たされている。
それでも敢えてこの臭いの表現をするならば……周囲に無数の人が居て、彼らがそれぞれ種類の違う香水を適量の数倍から数十倍使用、その上で一般的に不快とされている臭いを何百と混ぜ込んだ感じか。
私でこれなのだから、私よりも嗅覚が鋭いであろうザリチュの嗅いでいる臭いは、恐らくは想像を絶するものだろう。
止める気はないが。
「さて、そろそろ場所を移しましょうか」
『やっとでチュか……』
さて、毒のゲルは殆ど固形物になった。
そろそろいいだろう。
と言うわけで、私は毒のゲルと毒鼠の杯を持って、マイルームからセーフティーエリアに移動。
呪怨台の前に立つ。
「では、始めましょう」
私は『ダマーヴァンド』中の呪詛に干渉して、セーフティーエリアへと、呪怨台、毒鼠の杯、毒のゲルへと呪詛を集めていく。
そして、毒のゲルを毒鼠の杯の中へ投入すると、呪怨台に乗せる。
「私は第一の位階より、第二の位階に踏み入る事を求めている」
赤と黒と紫の呪詛の霧が呪怨台へと集まっていく。
だが、その全てを招くのではなく、『七つの大呪』の内、風化、転写、蠱毒の呪詛を中心として集まるように干渉する。
「私は、私がこれまでに積み重ねてきた結果生まれてきたもの、毒を扱う生ける呪いの力、それらを知る事で歩を進めたいと願っている」
邪眼術はまだ使わない。
今はまだ、シンプルに呪詛濃度干渉と願いを告げる事で、毒を変質させていく。
「私の毒をもたらす深緑の眼に変質の時よ来たれ」
霧が幾何学的な模様を描いていく。
その模様の複雑さはこれまでにない程であり、緻密な物である。
「望む力を得るために私は毒を飲む。我が身を持って与える毒を知り、喰らい、己の力とする」
霧が深緑色に変わっていくと共に、立体的な物へと変わっていき、呪怨台、毒鼠の杯、私を包み込んでいく。
ああ、此処が使いどころだろう。
「『
私は『
私の持つ全ての邪眼術が毒鼠の杯へと飲み込まれていく。
それに合わせるように周囲の呪詛も勢いよく毒鼠の杯へと飲み込まれていく。
「……」
そして出来上がった。
霧が晴れていき、蘇芳色に変わった毒鼠の杯の中には深緑色の液体が入っていた。
泡立っていない、不快な臭いはしない、見た目からは危険性と言う物は一切窺えない液体である。
私はそれを鑑定する。
△△△△△
呪術『毒の邪眼・2』の杯
レベル:20
耐久度:100/100
干渉力:115
浸食率:100/100
異形度:20
呪われた毒の液体が注がれた杯。
覚悟が出来たならば飲み干すといい。
そうすれば、君が望む呪いが身に付く事だろう。
だが、器が足りなければ、君が飲み干されるだろう。
これは呪詛に馴染んでいるかどうかと言う話ではなく、君自身の器の話。
さあ、私に近づいてみるといい。
▽▽▽▽▽
「さあ、ある意味此処からが本番ね」
『でチュね』
普段よりフレーバーテキストが長いのが気になるが、私には飲む以外の選択肢はない。
なので私は回復の水が溢れ出している場所に腰掛けると、ダンジョンの主としての補正もHP回復に特化した上で、杯に口を付ける。
「……」
ああ、なるほど、こういう毒か。
苦味はない、不味いとは感じない、喉に引っかかる事もない、嫌悪感もない、痛みもない。
毒と言う言葉から思い浮かぶ要素が一切存在しない。
故に毒と気づくことも叶わない毒だ。
『たるう……!』
そうして私は意識を失った。