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232:オープンゲート-2

本日二話目です

「此処は相変わらずね」

『でチュねぇ……』

 仮称アジ・ダハーカが居る空間に繋がる穴は相変わらずだった。

 黒い穴の底は決して見えず、垂れ肉華シダの蔓はクモの糸のように垂れ下がっている。

 いや、私の呪詛操作能力や認識能力が上がったからなのか、それとも管理ツールのデータからそうなっていることを知っている為か、穴に向かってほんの少しずつ呪詛が流れ込んでいることが分かる。

 きっと、アジ・ダハーカに飲まれているのだろう。


『で? 此処で何をするんでチュか?』

「簡単に言えば穴を開けるわ」

『四つ目の方法でチュかぁ……』

 まあ、なんにせよだ。

 此処ならば、私の求めている事は可能だろう。

 と言うわけで、私は先ほど作った身代わり人形パンを毛皮袋から取り出すと共に、ゆっくりと周囲の呪詛の掌握を始める。


「穴を開ける為に必要なのは、適切な場所の選定、開けるのに必要なエネルギーの確保、開けるのに適した道具の調達。この内場所については、此処以上の場所は早々ないと思うわ。なにせ、既に何処かの呪限無に繋がる穴が開いていて、境界は薄くなっているのだから」

『まあ、そうでチュね』

 うん、問題なさそうだ。

 『ダマーヴァンド』内の呪詛は問題なく使えるし、『ダマーヴァンド』外の呪詛にしても、直ぐ近くのものならば注ぎ込めそうだ。


「エネルギーはもっと簡単ね。だって、この世界の地上には呪いと言うエネルギーが満ち溢れているんだから」

『『スクリィヒ・テンビ』の儀式のような贄は不要、と言う事でチュか』

「不要よ。今の時代にあれをそのままやるのは非効率の極みね。と言うかあれはカースを呼び出す為の儀式であって、呪限無に行くための方法じゃないから、参考にはなっても、そのまま使う事は元から出来ないわ」

 私は呪詛の霧を13個の円錐形にまとめていく。

 それぞれの呪詛の円錐の呪詛濃度は19、ただし限りなく20に近い19を目指す。


「最後に道具だけど……此処の素晴らしい点は道具も備え付けられているってことよねぇ」

『チュア!? えっ、チュ、たるうぃ、本気でチュか?』

「本気よ。本気。まあたぶん大丈夫よ」

 では、始めるとしようか。

 システムのアシストなのか、これからやることを補助するためのワードが視界の隅に表示されているので、たぶん大丈夫だろう。


「『orijot(オリジョット)orijot(オリジョット)jyugemuno(ジュゲムノ) ituged(イツゲド)』」

『チュア!?』

 私は詠唱をしつつ、13の円錐の先端が目の前の空間で重なり合うように動かした。

 円錐が反発し合うような感触がある。

 体の何処かの血管が破れて出血するような感覚と、HPバーの減少と言う明確なダメージが生じる。


「『waga(ワガ) imisutu(イミスツ)jyusanno(ジュサンノ) ensui(エンスイ)etisotnuh(エチソツー)』」

『な、何か来るでチュよ! たるうぃ!』

 私はそれに構わず詠唱を続行。

 そして、ザリチュの言う何かに備えるべく、身代わり人形パンを投げるモーションに入る。


「せいっ!」

 そうして私が身代わり人形パンを投げ、身代わり人形パンが小人の状態異常の影響外となって大きくなった直後。


『ーーーーーー!!』

 円錐が重なり合っていた場所から、鳥の嘴のような物が突き出されて、身代わり人形パンを貫き、向こう側へとパンを引きずり込む。

 目の前の空間に生じた穴のサイズは、私の実力不足もあって、直径にすれば13センチほど。

 しかも既に閉じ始めている。

 穴の向こうは途方もなく濃い呪詛の霧によってよく見えないが、既にアジ・ダハーカの姿はない。

 ああ間違いない。

 さっきの嘴はアジ・ダハーカの一部、嘴が出てきた場所こそ呪限無だ。


「さあ行くわよザリチュ」

『ああ、カースでチュ、とんでもない格上のカースでチュ……そして、呪限無でチュ。間違いなく呪限無でチュ……』

 私はザリチュの位置を少しだけ調整すると、穴に飛び込んだ。



≪称号『呪限無へ至るもの』、『呪限無の門を開くもの』を獲得しました≫



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「う……ぐ……?」

 私は呪詛濃度過多になりつつも霧を抜けた。


「あ……」

 そして見た。


「此処が……呪限無……」

 この世ならざる光景を。


「「「ーーーーーーー!!」」」

 そこは全ての方角が濃い呪詛の霧に包まれて、一番遠くまで見えても500メートルと言う世界。

 見える範囲で目をやれば、まずは霧の中から始まって、霧の中へと先が消えていく巨大な樹が見えた。

 この樹は『ドオオォォン、ドオオォォン』と周囲の空気を振動させつつ、まるで心臓の鼓動のように一定の間隔で脈打ち、近づくことが憚られる量の熱を放出している。

 恐らくだが高さはキロ単位、幅も100メートルは下らないだろう。

 樹皮の色は白、赤、黄、が混じっていて、とても鮮やかな色合いだ。


 空を飛ぶ何かが遠くに見えた。

 距離があるので詳細は分からないが、木々の間を飛び交うそれは、鬨の声を上げながら、同族に襲い掛かり、食い合っているように思える。

 サイズはたぶん頭から尾までで2メートルほど、小回りの具合では私が勝てそうだが、直線の速さでは私が敵う事はないだろう。


 木々の拍動とは別に大気が大きく震え、空飛ぶ何かの声とは比べ物にならない声が響き渡った。

 霧の中から現れたそれ……巨大なワームとしか称しようのない存在は、遠くに見えて争っていた空飛ぶ何かをどちらも一口で飲み込むと、霧の中へと消えていった。

 具体的な大きさは分からない。

 けれどもしかしたら、周囲の木々よりも太く、大きいかもしれない。

 そして、その巨体に見合うだけの力を有していると、姿が垣間見えただけでも理解できる存在だった。


「ああ、未知が。未知が溢れているわ」

 私は自然と涙を零していた。

 だが、涙が体から離れて、落ちて行くことはなかった。

 それよりも遥かに早く、涙は蒸発して、消え去っていた。

 そう、ここは呪限無。

 目に見える未知だけでも途方もない量と質であるが、目に見えない未知もまた存在しているのだ。


「私は呪限無に辿り着いたのね……」

 此処がどのような呪限無なのかは分からない。

 敵と戦えるのか、環境に対応できるのか、安全圏の有無や、死んだらどうなるのかも分からない。

 それでも私はしばらくの間、感動の余韻に浸る以外の事は出来なかった。

 だって樽笊羽衣(わたし)は知らなくても、タル(わたし)は知っているのを感じてしまったから。

09/03誤字訂正

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