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229:リサーチサクリベス-2

「ふうん……」

 『スクリィヒ・テンビ』は聖浄区画の建設に携わったNPCのようだ。

 ただし、立場としては中間管理職に近く、直接資材を取り扱う土建業者、理論を構築する研究者、実際の運用を取り仕切る上司、シェルターの中で生きる事になる住民、その他諸々様々な人々の間に立って、全体のバランスを保つ極めて胃に悪そうな立場にあったようだ。


「読みづらいわね」

 そんなわけで、普通のインクを使って書かれた表向きの文章は愚痴だらけである。

 うん、気持ちは分かる。

 隠したい話をカバーするための文章ではあるが、書かれている内容自体は彼の偽らざる本音だろう。


『二重文字でチュからねぇ』

「でも、書いてある内容が内容だから読み飛ばせないのよねぇ」

 で、表があれば裏があると言う事で、呪詛濃度10以上の呪詛の霧に本が触れている時限定で浮かび上がる文字が本には記されていた。

 内容としては、聖浄区画の建設の裏話と言うか……色々とヤバい話だ。


「……」

 以前に聞いた聖女アムルの話通りであれば、聖浄区画が建設されたのは、世界を覆い尽くし滅ぼそうとする呪いから身を守りつつ生活を維持、最終的には呪いを浄化するのを目的としての事だった。

 これは嘘ではない。

 当時のNPCにとっては当たり前の話であるためか、なぜ呪いがあふれ出したのかと言う重要な話が欠けてしまっている感じがあるが、情勢が逼迫していたのは間違いない。

 だから聖浄区画は世界全体で何十何百と建てられたようだ。

 そして、聖浄区画の管理運用の為に『スクリィヒ・テンビ』は特殊な知識を端的にだが持っていたようだ。


「ふうん、だからカロエ・シマイルナムンが居たのね」

 『スクリィヒ・テンビ』によれば、聖浄区画の要である呪詛をエネルギーや物質に変換する呪いだが、アレはどうやら定期的に生きた人間を生贄に捧げる必要があったようだ。

 儀式の詳細は書かれていないが……恐らくだが、この儀式を長年続けた事によって、何時か呪限無に繋がる穴が開き、カロエ・シマイルナムンが生産区画に現れてしまったのだろう。

 そして乗っ取られた、と。


「んー……」

『どうしたんでチュか?』

「いえ、無念だったのだろうなと思っただけよ」

 恐らくだが、『スクリィヒ・テンビ』としては儀式を改良して、人死にが出ない物に変えたかったに違いない。

 しかし、今の状況からして、それは上手くいかなかったようだ。

 改良は……私には難しそうだ。

 他のプレイヤーやNPCがやるにしても、知識がまるで足りない。

 恐らくだが実現できるのは、ゲームが相当進んでから、聖浄区画建設当時よりも発展した呪詛関係の知識が手に入ってからになるだろう。

 ちなみに今のサクリベスは、聖浄区画のエネルギー消費は構造維持の最低限だけになっているそうで、それぐらいなら劣化カロエ・シマイルナムンとの戦いを繰り返していればいいようだが……これは『スクリィヒ・テンビ』が求めていた形ではないだろう。


「それにしても読みづらい」

『物理的に震えているでチュからねぇ』

 えーと、私にとって重要な記述としては……あった。

 当時の技術の一つと言うか、聖浄区画の稼働が完全に止まってしまった際に復旧する方法が記されていた。

 復旧のためには高濃度の呪詛を呼び込む必要があるようで、これはそのまま呪限無に繋がる門を開くことである。

 ただ、緊急かつ最終手段であるようで、他の全ての手段を試してもなお復旧出来なかった時にのみ許される方法だったようだ。


「ふうむ……なるほどなるほど」

 なお、やはりではあるが、記されているのは詳細ではない。

 管理者である『スクリィヒ・テンビ』が知っているべきは方法の概要とリスク、デメリットであって、具体的に何をどうするのかではなかったのだろう。

 だが私にとってはこれで十分。

 これだけの情報があれば、私一人が呪限無に入り込むことは可能だろう。


『情報収集完了でチュか?』

「ええ、一応は」

 私は本を閉じる。

 それにしても何故に高濃度の呪詛に触れている時にしか読めず、その癖、高濃度の呪詛に触れていると震える本にこんな話を仕込んだのか。

 まるで意図が読めない。

 まあ、これについては知る方法がないので、置いておくとしよう。


『チュ? 持ち帰るんでチュか?』

「持ち帰りはしないわ。ただ厳重に保管しておいた方がいいとは聖女様たちに伝えておこうと思っただけよ。これは知るべき人間は知っておいた方がいい知識よ」

『なるほどでチュね』

 それよりも問題はこの情報をどこまで広めるかだ。

 掲示板に書き込むことはない。

 なにせ、この知識を悪用すれば……カースを召喚することも不可能ではないからだ。

 最悪、『CNP』全体の滅びに通じるだろう。


「他に反応する本は……これとこれとこれか」

 私は部屋の中に他にも高濃度呪詛に反応する本がないかを確認。

 反応する本は一通り目を通した上で、回収しておく。

 他の本の内容としては……まあ、当時の裏取引とか、密談の内容を記したものだった。

 詳しいことは気にしないでおこう。


「ようし、聖女ハルワに会いに行くわよ」

『ドグサレビッチ聖女が居ないといいんでチュけど、どうでチュかねぇ……』

「厳しいんじゃないかしら。あの二人、基本的に二人一緒だろうし」

『でチュよねぇ……ああ、気が重いでチュ。本当に気が重いでチュ。数冊の本くらい盗んでもいいんじゃないでチュかねぇ』

「はいはい。馬鹿なことを言わないの」

『本当にたるうぃはこう言う時はお堅いでチュよねぇ……』

 私は本を抱えると、地上に向かって移動を始める。


『と言うか、呪限無に行くだけなら、カロエ・シマイルナムンやあの蜂が居るところのを利用するのは駄目なんでチュか? 確実に行けるでチュよ?』

「いざという時と帰り道が困る予感しかないから却下。自分で門を開けられた方が何かと都合がいいと思うのよ」

『そういうものでチュか』

「そういうものでチュよ」

 で、人が増えてきたところで、再び『小人の邪眼・1(タルウィミーニ)』を使用し、着ぐるみを着用して、地上に出た。

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