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21:タルウィベーノ-4

今回は別キャラ視点となります。

「ギジャッ……」

「うし、終わったな」

「やっぱ、どの方向も敵の強さに差はないのですかね」

 私の前で足が六本ある上に岩のような肌を持つ蜥蜴が死体となって崩れ落ち、同行しているメンバーは喜びの感情を表す。

 私の名前はザリア。

 『Curse Nightmare Party』のプレイヤー。

 得た呪いは髪の毛が幾らかのまとまりごとに多肉植物の葉になる呪いと左肩からサボテンの棘が数本生える呪いで、合計異形度は3、要するにサボテンっぽい普通の人間アバターだ。


「さて、何が残るかねぇ」

「牙とか骨が良いなぁ。使い勝手が良さそうだ」

「皮もいいだろ。防具に使えるはずだ」

 特殊な倒し方をしなかったモンスターは、『CNP』の世界全体に存在する呪いによって、その体の大部分が風化、消失していく。

 そして、一通りの風化現象後に残ったのはトカゲの尻尾や骨で、それらは事前に決めた通りに割り振られていく。


「しかし、鉱石の類は見つからねえなぁ……」

「まあ、分かり易い採取ポイントとかないゲームだしな」

「いっそのこと、その辺のビルでも解体しますか? 鉄筋コンクリートだから、多分鉄骨の形で取れますよ」

「それでビルが崩落して死に戻りまでがテンプレになりそうだ」

「マジでありそうだから怖いわー」

 『CNP』が始まってまだ丸一日と少し。

 私はインベントリの力を持った袋、回復薬を入れられる瓶、それらを持ち運べるベルトに、一通りの武器防具を幸運にも既に揃えている。

 自画自賛になるが、恐らくは最もゲームを進める事が出来ているプレイヤーの一人と言えるだろう。

 そして、ゲームを進める事が出来ているからこそ、金属製の装備を作ることを欲して、南のビル街にやってきていた。

 東の湿地帯、北の森、西の草原では金属が見つからなかったので。


「ザリア、お前はどう思うよ?」

「そうね……本気でやるならビルの上から順番に地道に解体するのが正解じゃないかしら。それをやるくらいだったら、ビル跡地を漁った方が早そうだけど」

「違いない」

 さて、幸運は続くもので、今日組んだプレイヤーたちは当たりだといっていいプレイヤーたちだった。

 F(フレンドリー)F(ファイヤ)以前にPT機能が存在しない『CNP』において、同行者は信頼できる相手であるのが最上。

 それが無理でも、むやみやたらと相手の詮索をしたり、距離を詰めたりせず、互いに互いをある程度警戒しあい、裏切りが生じても問題が大きくならないような関係が好ましい。

 今日のプレイヤーは五人とも後者だった。


「まあ、この霧の中でビルの屋上はなぁ……」

「マトモに残っているビルはどれも高層ビルと言う感じですよね」

「手伝っても居ない奴に回収されても癪だし、やるなら100人くらい集まっての大事業になりそうだな」

「誰が取りまとめるんだよ。それ」

「ふうん……」

「ま、そうよね」

 頭から二本の角を生やし、徒手空拳で戦う男性、オンガ。

 猫の耳と尻尾を生やし、私と同じように剣を使う女性であるシロホワ。

 岩のような皮膚を全身に纏い、手には大きな盾を持つロックオ。

 狼男と言った風貌で二本の短剣を操るブラクロ。

 タコ頭の槍使い男性であるオクトヘード。

 周囲を警戒しつつ道を歩く五人の後姿は十分頼りがいのあるもの。

 全員、無事にサクリベスに戻れれば、フレンド登録をしてもいいかなと思える相手である。


「だが、ザリアのビル跡地を漁る案には賛成だな。と言うか、サクリベスの住民もやっていそうだ」

「言われてみれば、街近くのビル跡地はコンクリートしか残っていませんでしたね」

「解体もやりたいけどな」

「それは人数が集まってからにしておけって」

 私は近くに建っているビルの上の方を見ようとする。

 しかし、ビルの姿が見えるのは途中までで、その先は赤と黒と紫が入り混じった不気味な霧によって隠されてしまっている。

 掲示板情報によれば、この霧は大気中に漂っている呪詛だそうで、プレイヤーの異形度によって見通せる距離が決まっているらしい。

 私の場合は……目測だが200メートルぐらいだろうか。

 まあ、困る範囲ではないか。


「さて、良さそうなビル跡地はあるか……は?」

 不意にオンガが妙な声を上げ、それから直ぐに少しだけふらつきつつもファイティングポーズを取る。

 その頭には深緑色の球体が湧き出すエフェクトが生じていた。


「オンガ!?」

「何があった!?」

「分からねぇ……突然、毒のバステを食らった」

 オンガの言葉に私たちは直ぐに臨戦態勢を取りつつ、周囲を見渡す。

 しかし、私たち以外に動くものはなにも見当たらない。


「毒?」

「ああ、しかもただの毒じゃない。65なんてふざけたスタック値だ……」

「「「!?」」」

 オンガの言葉に私たちは思わず全員揃って、オンガの方を向いてしまう。

 だがそれも当然の事だろう。

 毒と言う状態異常そのものは森や湿地帯の一部モンスターが使ってくることから、初日の時点で存在が知られている。

 しかし、括弧内の数字……スタック値は精々が10程度。

 65なんて数字の毒は有り得ないものだった。

 ましてや……


「ま、待ってくれ。俺は異形度5だから、この辺りはダンジョン以外殆ど全部見えているが、敵なんてどこにも居ねえぞ! いや、敵の匂いだってしねぇ!! この近くには俺たちしか居ねえぞ!?」

「分かってる。ついでにお前たちの誰かがやったとも思ってない。てか、ゲーム二日目に毒(65)はプレイヤーの出せる数字じゃねえだろ」

 私たちの誰にも攻撃した事を気付かせずに、結果だけをもたらされるなんて、想像すらしていなかった。

 だからブラクロの叫びも当然と言えた。


「ど、毒(65)って、総ダメージ量はどのくらいの物なんです……っつ!?」

「なっ!?」

「馬鹿な!?」

「……!?」

「何時の間に!?」

「これは本格的にヤベえな……」

 シロホワが毒のダメージについて尋ねようとした瞬間だった。

 一瞬、動悸(どうき)が走ったと思ったら、毒(15)と表示されていた。

 直接のダメージはない。

 痛みや衝撃の類もない。

 ただただ毒の状態異常だけが発生していた。

 何がどうなって今の状況が発生しているのかは分からない。

 分からないが、これだけは言える。


「恐らくだけど狙撃よ! 全員物陰へ!!」

 私の叫びと共に私たちは二人一組で近くの瓦礫の陰に向かって駆け出した。

 だがしかし。


「んぐっ!?」

「「「オンガ!?」」」

 オンガが倒れる。

 そして、駆け寄ろうとした他の面々をオンガは震える片手を上げて留める。


「毒が……100を……超えてる……悪い……死に戻りだ……」

 オンガの言葉に私は恐れおののいた。

 スタック値が100を超える毒など、レベル5にも満たないプレイヤーにどうにか出来る物じゃない。

 毒はスタック値がそのままダメージになる状態異常である上に、スタック値が増せば増すほどに総ダメージ量も跳ね上がっていく状態異常だ。

 耐えられるはずが無い。

 それにオンガの様子を見る限り、ダメージ以外の異常も生じているように見えた。

 かかってしまえば、もはや自分の手で回復アイテムを使う事すら叶わないのかもしれない。


「悪い、オンガ。俺たちは逃げるぞ」

「それでいい……安心しろ……」

 『CNP』にデスペナルティはない。

 敢えて挙げるなら、死に戻りで最後に立ち寄ったセーフティーエリアに戻されて、それから元居た場所にまで戻ってくるまでにかかる時間がペナルティになるだろうか。


「よし、俺たちも……」

「あぐっ!?」

「シロホワ!?」

 シロホワが倒れた。

 そして、この時点で私は自分が致命的な失策を演じていたことに気付いた。


「毒が……40を超えてる……」

「っつ!?」

「何時の間に!?」

 オンガとの会話中、私は極度の緊張状態を保った状態で周囲を窺っていた。

 だから気が付くのが遅れた。

 いつの間にか何者かが私たちに与えている毒のスタック値が増やされていた事に。

 私たちが取るべき手はオンガと会話する事でも、物陰に隠れる事でもなく、とにかくこの場から一目散に去ることだったのだと。


「くそっ! いったいどこに敵が……うぐっ!?」

 ブラクロが倒れた。

 まだ死んではいない。

 けれど倒れたと言う事は、毒のスタック値は100以上なのだろう。


「逃げるぞオクトヘード! ザリア!」

「分かってる……」

「え、ええ……」

 ロックオとオクトヘードが別々の方向に逃げ始める。

 そうして私も逃げ出そうとした。


「ぐっ!?」

 だがその前に、霧の中で深緑色の何かが輝いたのが見えた気がした。

 同時に、視界が大きく回転し、私はその場で倒れた。

 表示された状態異常は毒(105)。


「この借りは……何時か返すわよ……」

 直感した。

 あの深緑色の光の源に毒を放った何かが居る。

 私はその何かへの復讐を誓いつつ、死に戻りした。


 そう、さっきも言った通り、『CNP』にデスペナルティはない。

 けれどそれはシステム的にはと言う意味。

 倒された屈辱、敗北したという事実、一方的にやられた悔しさが無いわけではないのだから。

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