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204:2ndナイトメアヒート-5

今回は別キャラ視点となります。

『邪眼妖精タルと、そのペアの相手を倒す為に共同戦線を張りたい』

 私……アルマと、ペアの相手である鬼のような外見の男性プレイヤー……おっくんの前に現れた、全身銀色のプレイヤー、エギアズ・(スリー)はそう言うと、遠くで何かの爆発音が響く中で、私たちに向かって頭を下げた。

 邪眼妖精タルの実力は有名だ。

 私はプレイ時間やエリアが被らないので会ったこともないが、掲示板にもよく名前と強さが書かれている。

 何処までが本当なのかは分からないけれど、少なくとも予選の状況下では、マトモに戦っては絶対に勝ち目がないのは間違いなかった。


『分かった。協力する。だがアンタや、後ろの連中が不審な動きを見せたら、その時点で共同戦線は解消だ。遠距離攻撃も相手の姿が見えてからだ。それだけははっきり言っておくぞ』

『勿論だ。俺たちの関係はタルペアを倒すまで、倒したら、その時点で関係解消だが、それまではしっかりと協力しよう』

 だから、おっくんはエギアズ・3の提案を受け入れ、他のプレイヤーたちと共同戦線を張ることにした。

 人数は私たち含めて9人。

 3回目のエリア縮小と居場所表示に合わせて森の中を進み、丘で陣取っているタルペアに攻撃を仕掛ける。


『おっくん』

『心配しなくても、物理攻撃は俺が防ぐ。アルマはタル……には効かないから、ペアの相手を狙ってアレを撃ってくれ。ヤバいと思ったら、全力離脱だ。ルール上、生き残ってナンボだしな』

『分かった』

 恐ろしいことにタルと相方の誰かは、この一時間半の間、丘から殆ど動いていなかったらしい。

 森の中を移動している最中、居場所を示す矢印が消える事はなかった。

 それはつまり、動く必要がなかったという事でもある。

 これだけでも、相手の実力がべらぼうに高いのが予想できる。

 属性耐性の代わりに物理耐性が死んでいて、流れ弾一つでも危険な私は果たして生き残れるのだろうか。

 武器であると同時に呪術の触媒でもある斧を握りしめながら、私はそんなことを思わずにはいられなかった。


「さて、森はここで終わり。此処からは一気に駆けるぞ」

 そして今、邪眼から私たちを守ってくれていた木々の守りがなくなった。

 だから私たちは森が終わると同時に、丘の中心、矢印が指し示す方向に向かって全力で駆ける。

 丈の短い草の間に枯れ草が混ざっている丘を、細い木が時折生えているぐらいで身を隠す場所なんてない丘を、少しばかり周囲に比べると霧が濃い丘を駆けていく。


「矢印が消えた!」

「近いぞ!!」

 やがて相手との距離が縮まったからか、位置を示す矢印が消える。

 霧の向こうに人影が幾つも現れる。


「「「えっ!?」」」

 そして、その場にいる全員が思わず足を止めてしまっていた。

 霧の向こうから現れたのは、ここまで全力で走ってきた様子のプレイヤーたちだったから。


「お前たちはタルの仲間か? なら敵だが?」

「馬鹿を言うな。俺たちもお前らと同じだよ。チーミングして、タルを潰しに来たんだ」

 エギアズ・3と向こうの代表と思しきプレイヤーが直ぐに自分たちの目標を告げる。

 どうやら、彼らの目的も同じらしい。

 でも……それならタルはどこに行った?


「アルマ。周りを警戒しておけ。これはヤバいぞ」

「分かったよ。おっくん」

 彼らの目標が本当にタルなら、私たちは期せずして挟み撃ちをした形になる。

 そして矢印は正確にこの場を示していた。

 だから、この場にタル……いや、仮にタルでなくても、誰かは絶対に居たはずだし、この場から逃げたプレイヤーの影がない以上は、今だって居なければならないはず。

 なのに、姿が見当たらない。

 おっくんの言う通り、ヤバい状況だ。

 いつどこで何を仕掛けられても何もおかしくはない。


「お前たち、出血の状態異常は受けていないだろうな。重症化していたら……」

「大丈夫だ。走りながら、20秒間隔で自傷して、食らっていてもガス抜き出来るようにしてた」

 エギアズ・3と向こうの代表は親しそうに話しつつも、周囲を警戒している。

 その光景を見たおっくんは他のプレイヤーたちに見えないように、後ろに回した手だけで私に指示を出す。

 この場から全力で逃げる、と。


「悪いが……っ!?」

「炎が!?」

「なっ!?」

「なんだこれは!?」

 けれど遅かった。

 私とおっくんが踵を返した瞬間、私たちが居る場所を囲うように、丘が激しく燃え上がった。

 草の中に小さな火が現れたと思ったら、一瞬で輪を描くように燃え広がっていた。


「罠だ!」

「くそっ!」

「囲まれたぞ!」

 誰かが叫んだとおり、これは罠だ。

 私たちは誘い込まれていた。


「アルマッ! 今なら間に合う!」

「えっ、うん、分かった」

「……ぐっ!?」

「おっくん!?」

 おっくんは私の手を掴むと、炎の輪を抜けるべく駆けだそうとした。

 確かに私の呪術と耐性、おっくんのステータスと装備なら、まだ抜けられたからだ。

 けれど、おっくんが一歩踏み出すよりも早く、風に煽られるように霧が流れてきて、それと同時に周りの炎に似た強いオレンジ色の光が放たれた。

 そして、止んだ時にはおっくんは首を抑えて地面にうずくまっていた。

 表示された状態異常は沈黙(115)。

 普通のプレイヤーでは無抵抗の相手でもなければ出せないスタック値の状態異常だった。


「い、居るぞおおぉぉ! タルが何処かに居るぞおおぉぉ!?」

「どうなっていやがる!? 透明化でもしているのか!?」

「ふざけんじゃねぇ! こんなのただのチートじゃねえか!?」

 誰かが困惑と恐怖を示すように叫ぶ。

 誰も彼もが首を激しく振って、タルの姿を探す。

 けれど何処にもいない。

 前後左右上下、何処にも特徴的で見逃すはずがないタルの姿はない。


「お前のせいだ! お前のせいで!!」

「くそっ、テメエの誘いに乗った俺が馬鹿だった!!」

「どう責任を取るんだコンチクショウが!!」

「うわっ、ぎゃ、ああああああああぁぁぁぁぁ!?」

「おち、落ち着け! 混乱すれば相手の思う壺だ!」

「探すんだ! このゲームにチートはない!! 必ずどこかに居るはずだ!!」

 混乱の度合いが増して、エギアズ・3ともう一人のプレイヤーに掴みかかろうとするプレイヤーが出始める。

 その場に蹲って、頭を抱えている人もいる。

 炎を乗り越えようとして、炎に巻かれて死んだプレイヤーも居る。

 もう、この共同戦線が駄目なのは誰の目にも明らかだった。


「……」

「ごめん、おっくん」

 おっくんは、沈黙の重症化と炎による酸欠とダメージで、もう長くはなく、目だけで私に逃げろと訴えかけていた。

 だから私は自分の呪術と耐性を信じて、炎の中に駆け出そうとした。

 その時だった。


「っつ!? 隆起(リフトアップ)!」

 私は細い木の梢の方でレモン色の光が放たれ、エギアズ・3に電撃のエフェクトが生じたのを見た。

 私は反射的に呪術を発動して、金属製鎧を身に着けたおっくんの体を持ち上げるように地面を隆起させ、その陰に体を潜ませていた。

 直後。


「ーーーーー!?」

「「「!?」」」

「あっ……」

 爆発。


「あっ、ぐっ……がっ……」

 衝撃で意識が飛びそうになった、残りHPは極僅か。

 そして私以外の人は……全滅している。

 次々に体が風化して、正八面体に変わっていく。

 おっくんもそうだ。

 きっとこれが掲示板でしばらく前に話題になった出血の重症化。

 集団の中心に居たエギアズ・3が爆破されて、装備品や体のパーツが弾丸のように撒き散らされたのだ。

 同じプレイヤーとは思えない、まるで悪魔のような所業だった。


「逃げ……ないと……」

 それでも私は何とか生き残った。

 呪術で生んだ逃げ場だけでなく、おっくんの防御力によって爆風を抑えられたのが大きい。

 事前にいざという時の手段の一つとして、教えてもらっておいたのが生きた。


「死んで……なければ……」

 私はタルに見つからないように、這うようにして森の方へと向かう。

 幸いと言うべきか、先ほどの爆発のおかげで、炎の輪は大部分が吹き飛んでいた。


「まだ……チャンスは……えっ」

 そんな私の前に一つのメッセージが表示された。


≪タルに見られています≫


「あっ……」

 タルは……邪眼妖精は……居た。


≪タルに見られています≫


 隠れる場所なんてないはずの、座る事なんてできないはずの細い木の枝に腰掛けて、私に望遠鏡を向けていた。


≪タルに見られています≫


 笑顔で、13の目の全てを私に向けながら、ダンジョンの奥底でも見たことがないような濃い霧を纏った状態で、私を見ていた。


≪タルに見られています≫


 何故か口が動くのが見えた。

 遠く離れているはずなのに、何故か喜んでいる声だと分かった。

 『タルウィベーノ』と言っていた。


「あっ……」

≪タルに見られています≫

 そして私の視界は毒の効果によって大きく歪んだ。

 体は気持ち悪さを感じる暇もなく、毒のダメージによって力尽き、消えた。

09/15誤字訂正

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