193:現実世界にて-8
「掲示板がすごい騒ぎになっているわね。樽笊さん」
「そうですね。専用スレまで立ってます。流石にこれは想定外です。財満さん」
金曜日の昼休み。
私は財満さんと大学の食堂で昼食を摂りつつ、『CNP』について話をしていた。
で、まず上がったのが昨日私が掲示板に上げた品種改良の話だった。
「単純に品種改良の有用性が高く、どうにかして自分たちも利用したいと考え、真面目に考察をしているプレイヤーが多数。動画が途中で切れている事が気に食わないプレイヤーが一部と言う感じかしら」
「文句を言っている連中は殆ど相手にしてもらえていないようですけどね」
「そりゃあそうでしょ。タルのこれまでを見たら、わざわざ動画を途中で切ったりはしない。最初から見せないか、全部公開するでしょ。それが今回に限って一部だけ見せていないのなら、見せられない何かがあると判断するわ」
「まあ、神話、寓話、御伽噺、民話、伝承、都市伝説、その他諸々。語ってはいけない話は古今東西でよくある話ですからねぇ……」
流石と言うべきか、財満さん……ザリアは気が付いているようだ。
私が情報を出さなかった理由について。
「で、現実で明かさなかった部分について公開するのは大丈夫だと思う?」
「たぶん、止めた方がいいですね。記憶と言う名のログを参照するのか、何処かでブラフを張られて踊らされるのか、どういう手段をとってくるのかは分かりませんが……確実にペナルティが飛んでくると思います」
「まあ、トップハント社なら出来なくはないか」
「トップハント社なら出来ると思います」
まあ、理由を察した程度では話は出来ないのだが。
『七つの大呪』とはそう言うものだ。
しかし……ヒントぐらいなら試みてもいいか。
「でも、知る気になって探れば、案外簡単に話をしてもよくなるかもしれませんけどね。自分で到達すれば黙るだけで済むのは証明済みですから」
「……。まあ、少し考えてみるわ」
財満さんは少し考えてから頷く。
うん、気づいてくれれば色々と面白くなりそうだ。
「で、話題は変わるけど、イベントの進捗はどんな感じ? 私は砂漠の探索のおかげで装備もアイテムも潤って、準備万端だけど」
「私も問題はありませんね。後、考えないといけないのはアイテム交換会に出すアイテムの回収くらいでしょうか」
「アイテム交換会ねぇ……あれ、それなりに価値があるものを出しても、自分が望むものが来るとは限らないのがネックなのよねぇ」
話は変わってイベントについて。
「確かにそこはネックですが……上手くいけば調理道具一式とか、アイテム量産用の器具とか手に入るかもしれませんから。相応の価値がある物を私は出すつもりですよ」
「……」
私の言葉に何故か財満さんが目を逸らす。
その後、何故か目元を抑えながら、天を仰ぐような動作をする。
はて? 何故だろうか?
求めるアイテムとしては、割と適切な物だと思うのだが。
「ねぇ樽笊さん。イベント中に個人的に交換しようとは思わないの?」
「DCが……」
「ごめん、ちゃんと言うわ。いや、普通に樽笊さんしか入手できないアイテムを幾つか出して、私と交換すればいいじゃない。私はそれぐらいのDCは持っているし、樽笊さんの持っているアイテムならある程度の数があれば、交換に値すると言う判断を下すわよ?」
「あー……」
財満さんに目的のアイテムを入手しておいてもらって、イベント中に交換するという手か。
考えなくはなかったが……なんとなく方法としては除外していたかもしれない。
「ちなみに財満さんの欲しいアイテムの条件と量はどれぐらいで?」
私は財満さんに一枚の紙とペンを差し出す。
いつの間にか推定ブラクロたちがやってきているし、アイテム名を口に出すと、面倒なことになりそうだったからだ。
「そうね……」
そうでなくとも、財満さん自身にも考える時間が必要だし、こちらの方が話はスムーズにいくだろう。
「ちょっと待ってね。手持ちも参照して、ちょっと考えるから」
「分かりました」
財満さんが欲しいアイテムの条件と量を書いていく。
私は返してもらった紙を一読し、条件に沿う物があるかを確認、条件を満たせないものについては斜線を引いて、再度財満さんに紙を渡す。
それを繰り返すこと何度か。
交渉が成立する。
「それじゃあ、イベント前に交換しましょうか」
「ええ、必ず用意しておきます」
最終的には大量の出血毒草を中心として、幾つかのアイテムとの交換で話はまとまった。
この量ならば、今日明日問題なく回収しておけるだろう。
「そう言えば少し先の話になるけど、樽笊さんって夏休みの予定とかは?」
「特にはないですけど……あ、一度くらいは出かけようかなと思っている所がありますね。もしかしたら財満さんも興味がわくかもしれません」
「私も?」
話がまとまったところで、再び話題転換。
私は一つの道場のサイトをスマホに出して見せる。
「……。ああ、なるほど。スクナさんの道場ね」
「ええ、スクナの道場です。見学に行くぐらいはありかなと思いまして」
「で、あわよくば色々と学ばせてもらおうと」
「そういう事ですね。本格的な修練は無理ですけど、上の人たちの動きを見るのはそれだけでも益があると思うんです」
財満さんの顔に笑みが浮かぶ。
どうやら無事に財満さんも興味がわいたらしい。
「うーん、妹も連れて行ってみてもいいかもしれないわね。あの子も最近何かしらの戦闘系VRゲームを始めたようだったし」
「あ、財満さんって妹さんがいらっしゃったんですね」
「ええ。高校生二年生の妹が一人ね。この子よ」
「可愛い子ですね」
「可愛い妹よ」
財満さんが自分と妹が一緒に写った写真を見せる。
妹さんの顔は財満さんと似ていて……同時に何処かで見覚えがある気もした。
はて? 何処で見かけたのだろうか?
まあ、この世の中なら、何処かですれ違っていて、財満さんに似ているからと言うことで記憶の端に残っていてもおかしくはないだろうが。
「では、詳細はまた今度詰めるとして、行く時は一緒に行きましょうか」
「そうね。その時は一緒に行きましょうか」
とりあえず夏休みの予定が一つ出来たところで、昼休みは終わった。