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188:タルウィテラー-3

唐突ですが、本日のみ二話更新となります。

こちらは一話目です。

「~~~~~♪」

 私は鼻歌を歌いつつ、襲い掛かってくる大量のゾンビたちを粉砕、同時にここまでを思い出す。

 床から大量に青白い手が出てくれば、床全体を対象とした『灼熱の邪眼・1(タルウィスコド)』モドキで焼き払った。

 甲高い女の叫び声によって呪殺されそうになったら、呪いの流れを逆探知して、呪殺し返した。

 ザリアやカーキファングと言った友人たちの姿をした何かが現れたなら、情報を絞れるだけ絞った後に叩き潰した。

 大量の自動回転ノコギリだけでなく、部屋ごと押し潰すような罠部屋は不壊属性の柱を生み出して罠をいかれさせた。

 無駄に難解な手順のパズルを敵に襲われつつ解除するという場面もあったが、今の私の敵とは言い難かった。

 倒せない敵から1時間近く逃げ続ける事もあった。

 そんな感じに襲い掛かってくる脅威に対して一つ一つ対処することおおよそ10時間。

 未だに試練は終わっていない。


「~~~~~♪」

 幸いにしてゲーム内時間ですらまだ10分経ったぐらいなので、時間的には何も問題はない。

 だが、いい加減に、なぜ試練が終わらないのかをそろそろ考えるべき頃合いだろう。

 あ、いつもの饅頭ピエロが来たから、音も姿も消した上で背後に回り込んで、心臓を一突きしておこう。

 よし、死んだ。


「越えるべき試練とやらが分からないのよねぇ……でも見逃しはしてないはず」

 いったい何処で歯車が狂ったのだろうか。

 やはり運営的にはその身一つで試練を乗り越えろなのだから、この精神世界に来た時のアバターで攻略しなければいけなかったのだろうか。

 しかし、それなら既に強制終了をかけられていると思うし、こうして進み続ける事が出来ている以上は合法のはずだ。


「まさか、死なないと終わらないとか? でも、それだとこの世界の特性と良心運営のゲームの性質上、かなり厳しいことになると思うんだけど……」

 死ねば終わる?

 試練の合否はともかく、それはたぶん正しい。

 しかし、此処が精神世界であるためなのか、私の体は文字通りに私の思った通りに動くし、現実や『CNP』の通常空間では出来ないことだって、明確に思い描けるならほぼ何でも出来てしまう。

 それこそ空中浮遊の呪いを一時的に消すどころか、空中で足を踏ん張って、斧をフルスイングする事すら可能。

 邪眼術モドキをノーコスト、ノーチャージで好きなだけ使うことも出来てしまう。

 何だったら空中に無数の剣を出現させて、超高速で射出なんて真似まで出来てしまう。

 ほとんど何でもありの次元だ。


「自殺は流石にしたくないわね」

 そんなイメージ力さえ十分なら何でもありの空間。

 死ぬ=試練失敗=実質的なデスペナルティと言う状況の為に、理不尽な攻撃を仕掛けられない運営の事情。

 自殺の類は不安だし、癪に障ると言う私の心情。

 これらが重なった結果として、私はこの絶え間なく敵が襲い掛かってくる精神世界で普通に生き残れてしまっている。

 そろそろ退屈のせいで死ぬかもしれない。


「~~~~~♪」

 暇なので再び鼻歌。

 で、考える。

 これまでの諸々から考えて、『CNP』のプログラマーとホラー担当が本気になれば、私を恐怖させることも、無理やり殺すことも容易だと思う。

 なのに、それが出来ないとなれば、やはりいろいろな制約、規則、法律、そう言ったものに引っかかるから出来ないのだろう。

 そして、禁じ手があるが故に、私程度でも次の要素が予測できてしまって、詰ませることが出来ないのだと思う。

 とりあえず、次の機会があるならば、精神世界だからイメージできればほぼ何でもありと言うのは制限しておいた方がいいのではないかなと言う個人的な意見はある。


「~~~~~♪」

 肝心の脱出方法は……本当に分からない。

 うーん、饅頭ピエロを時々わざと生かして、情報を喋らせてもいるのだけど、有意義な情報は出てこないんだよね。

 元の世界へ戻るための扉とか鍵とかはイメージしても、数少ない制限の対象なのか、イメージ力の不足なのか出現させられないし。

 困ったものである。

 このままではログアウトするくらいしか手がないかもしれない。


「ん?」

 と、ここで微かにだが物音がした。

 小さい何かが瓦礫の中を移動している。

 このパターンは前にも何度かあって、此処からの分岐としては音源がヤバい場合も、囮の場合も、無意味に不安を煽るだけのパターンもあったか。

 今回は……


「ふむ」

 その瞬間、私は明確に恐怖した。

 全身が震え、呼吸が荒くなり、目が大きく見開かれ、嫌な汗がそこら中から吹き出し、心臓があり得ない程に大きく拍動している。

 これは、此処までに遭遇した、感覚から恐怖の感情を呼び起こす方法ではなく、今私の体に起きているのは、私が恐怖したからこそ起きている反応だった。


「騒がしいと思ったら、上から紛れ込んでいたか」

 私の目の前にいるのは一匹の小さなトカゲ。

 体長は10センチあるかないか程度で、その全身は蘇芳色の鱗に覆われており、異形らしい異形として脚は六本ある事と金色の目が輝いていることぐらいだろうか。

 なぜ、その程度の異常しかないものに恐怖しているかだって?

 そんなの決まっている。


「こんにちは。呪限無の落とし児よ」

 このトカゲから私が理解できる上限ギリギリを狙う形で、恐ろしいほどのプレッシャーが放たれているからだ。

 間違いない。

 このトカゲはカース。

 それもカロエ・シマイルナムンなんて糞雑魚海月どころか、『蜂蜜滴る琥珀の森』の主であるあの蜂ですら首を垂れずにはいられない程の大物。

 私では……首を垂れると言う行動すら許されないレベルで次元が違う。

 確実に『七つの大呪』かそれに類するような何か……下手すればもっと根本的な何かだ。


「ははは、察しが良いというのも困りものだ。なに、心配しなくてもいい。私レベルになると表層には影響を及ぼしたくても及ぼせない。此処に来るのも色々と工夫を挟んでいる。ゲームとしても戦う必要のない相手だし……そうだな、デウスエクスマキナの一つだと言ってもいいだろう」

 ゲームの存在であるはずだ。

 それは間違いない。

 間違いないはずだが、あまりにも桁が違いすぎる。

 本人の言う通りのデウスエクスマキナ、完全にイベント演出か何かのための存在、プレイヤーでは何十億集まろうと十把一絡(じっぱひとから)げに葬り去ることが出来る何かだ。


「ほう、笑うか。心が恐怖に支配されようとも、それでもなお本能で笑みを浮かべるか。ふふふ、この深みにやってくるだけの事はある」

 笑っているという自覚はない。

 しかし、口角は自然と吊り上がっているようだった。


「では、折角だから贈り物の一つでも授けよう。そして帰るといい。今日の出来事をテリブルな事として覚えている内にな。ふふふふふ……」

 そうしてトカゲは消え去った。

 そして私の意識も途絶えた。


≪呪術『恐怖の邪眼・1』、『恐怖の邪眼・2』、『恐怖の邪眼・3』、『禁忌・虹色の狂眼(ゲイザリマン)』を習得しました≫

≪称号『???との邂逅者』を取得しました≫

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