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187:タルウィテラー-2

「ん……」

 私は目を覚まし、瞼を上げた。

 そして直ぐに複数の異常に気が付いた。


「ああ、その身一つでってそういう事」

 まず視界が狭い、顔についている二つの目しかない。

 背中が冷たい、空中浮遊がなくなっている。

 背中で動くものもない、虫の翅がなくなっている。

 ザリチュも、呪詛纏いの包帯服も、他のアイテムたちもなくなっている。

 異形度1(バニラ)かつ初期装備の状態になっている。


「此処は……セーフティーエリアのようね」

 見慣れた赤と黒と紫の霧……大気中の呪詛もない。

 コンクリートが打ちっぱなし部屋の中にあるのは、古い病院のベッドのようなものと、横開きのドア、消えかけてチラつき、部屋全体を薄暗くしている電灯ぐらいだ。

 この雰囲気は……完全にホラー系統のそれだ。


「時間がおかしくなってるわね」

 さて、この時点で既に状況開始から2分または3分程度は経っているはずだ。

 が、メニュー画面から呼び出した時計を見る限り、まだ現実どころかゲーム内時刻でも1分経っていない。


「夢の中、精神世界、呪いによる特殊空間という設定。確かなのはイベントの時と同様に時間経過の倍率が弄られている事」

 どうやら相当特殊な試練と言うか、呪術の習得になりそうだ。

 私は警戒しつつ、病室の扉を開ける。


「やあっ、タ……ッ!?」

 で、扉を開けたところに斧を持つ、頭が饅頭のピエロがいたので、反射的にピエロの頭を掴んで扉のレール上に移動させた上で扉を全力で閉めた。

 すると、見た目通りに攻撃に弱い性質だったのか、ピエロの頭はあっけなく砕け散って、体も動かなくなった。


「あー、ビックリしたわねー。いきなりだったから、つい反射的にやっちゃったわー」

 この空間が恐怖……本来ならば精神に大きく影響される分野に関わっている為なのか、どうやら私の体は現実と普段の『CNP』よりもよく動くようだ。


「いやいや、反射的に人を殺す君の方にビックリだよ」

 気が付けば部屋の隅に今殺した筈のピエロが立っていた。

 ああなるほど、一撃当てれば一時的に撃退は出来るけど、殺すことは出来ないタイプか。

 と、私の考えていることが伝わったのか、微妙にピエロが苦笑いしているというか、半歩ほど後ずさりしたように見えた気がした。

 ちっ、これで退いたのがフリや罠じゃなかったら、ホラーの脅かし役としては三流以下としか言えないわね。


「……。タル、君は恐怖を学びに来たんだろ。少しは怖がってくれよ。でないと恐怖を学ばせるどころじゃない。と言うか、これじゃあホラーじゃなくてコメディだ!」

「知らないわよ。私が怯えないのはそっちの実力不足でしょ?」

「オーウ……」

 ピエロが片手を額と思しき場所に当てて残念がる。

 と同時にもう片方の手のスナップだけで斧を勢いよく投擲してきたので、軽く体を動かして斧の刃を避け、持ち手が来たところで手を伸ばしてキャッチ。

 勢いを殺さないように回転を入れつつ踏み込んで、残念がったままのピエロの脳天に斧を叩き込んでやる。


「ははははは、いいだろう。それならば僕らとしても考えがある。奥に来たまえ。とびっきりの恐怖を味わせてあげよう」

「おっ、ちゃんと武器は回収するのね。関心関心」

 ピエロの死体も、私の手の中にある斧も瞬く間に溶けていく。

 そしてピエロの声は捨て台詞を残しつつ、部屋の外へ消えていく。


「じゃあ追いましょう……あ、ザリチュが居ないから、独り言にしかならないのか」

「……」

 で、扉を開けたところで先ほどと同じようにピエロが居たので、先ほどと同じように扉で圧殺。

 それから素早く扉を開けて、部屋の外に出る。

 なお、ピエロの死体はちゃんと消えている。


「うーん……系統としては廃病院になるのかしら?」

 部屋の外は複数の扉が見える狭い通路になっていた。

 照明は薄暗いままで、壁や扉の向こうでは何かが動いている音がしている。


「の……ギャッ!?」

「んー……どちらかと言えばサクリベスの地下倉庫の方が近いかも?」

 と、ここで扉に付いているガラス窓を突き破る形で無数の腕が伸びてきた。

 なので私は少し体を反らして攻撃を回避すると、触れた物を切断するようなイメージを込めつつ腕を横から手刀で叩いてみた。

 すると、それだけで腕は呆気なく千切れ、床に転がり、扉から出ていた腕も含めて、全てが溶けるように消えていく。


「やっぱり精神世界っぽいわね」

 手刀の結果を受けて、私は自分に対するイメージを少し変える。

 今のほぼ現実の私そのものの姿ではなく、『CNP』のタルの姿を思い浮かべる。


「装備品はともかく、初期呪いの再現はあっさり出来たし」

 それだけで私の体は宙に浮き、背中に翅が生え、全方位への視界が復活する。


「待つんだタル。試練はその身一つで乗り越えなければいけない。君の体にかかっている呪いは……へぶしっ!?」

「イメージ通りに握力が増しているって便利ねぇ。飛ぶスピードも跳ね上がっているし」

 と、ここで私への警告のためであろうピエロが少し離れた場所に現れたので、急接近して頭部を握りつぶしてやる。

 あ、饅頭頭のピエロの中身は、手触りからして、どうやら私が食べた呪術『恐怖の邪眼・1』の饅頭とほぼ同一のようだ。

 違いは……目とか脳みそっぽいのが混ざっているくらい?

 あ、警告に対する返答もしておかないと。

 勝手に失格にされても困る。


「で、試練はその身一つだって言われているけど、私はそのルールを破ってはいないわよ? だって、この呪いも含めて私の体だもの。ついでに言えば、邪眼術も体の一部と言っていいわね。そんなわけで、これでルール違反呼ばわりは納得がいかないわね」

 なんか私の目に見えない部分でざわついている感じがある。

 協議中という事だろうか?

 まあいいや、失格でなく、警告も来ないなら、奥に進もう。


「ほら、私に恐怖を学ばせるんでしょ。とっととしなさいよ。ハリーハリー」

 私はピエロを煽りつつ、通路を進んでいく。


「む……」

 そうしている内に心臓が高鳴り、四肢が震え、あたりの物がそれまでよりもよく見えるようになってくる。

 なるほど、感覚的な恐怖……体が恐怖を感じた時の症状を呈することによって、精神にも恐怖を感じさせようという流れか。


「ふふっ、素晴らしいわぁ。そうでなくちゃ」

 私は思わず微笑んだ。

 私に気づかせずに変化を起こしたことにも、そういう発想をした事にも。

 そう、未知の技術の塊に私は微笑まずにはいられなかった。


「って、あら?」

 が、そうやって微笑んだのが悪かったのか、気が付けば体の症状は止んでしまっていた。


「生殺しなんて酷いわね」

 何が悪かったのかは分からないが、今のを仕掛けてきた何かは、この方法で私に恐怖を味わせるのをあっさり諦めてしまったらしい。

 うーん、つまらない。


「とりあえず次のピエロは即殺。その次のもかしら。気合が足りないぞという激励も込めて、始末するべきよね」

 私がピエロへの殺意を滾らせつつ通路を奥に向かって歩いていくと、やがて大きな広場……植木のようなものもあって、庭園と呼んだ方が相応しそうな場所に出た。


「さあ、数の暴力による恐怖を味わうとぶしっ!?」

「「「さあ、数の暴力による恐怖を味わうと……いい?」」」

 で、大量に居たピエロの一体の頭をとりあえずもぎ取り、握り潰した。


「ねぇ、せめてRTA中のホラーゲームに出てくる敵くらいには頑張りなさいよ? でないと、笑顔以外が浮かべられないわ」

「「「……」」」

 そしてピエロの死体から斧を手に取ると、近くにいたピエロに向かって振りかぶった。

07/21誤字訂正

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