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183:タルウィフェタ-1

「さて、手早く処理していきましょうか」

 日曜日。

 イベントまで、ちょうど残り一週間である。


『どれからやっていくでチュか?』

「まずはカロエ・シマイルナムンの触手と壁兵士の触手からね」

 私は『ダマーヴァンド』の第三階層に移動すると、解体用の広場で乾燥させていたカロエ・シマイルナムンの触手と声帯の状態を確認する。

 うん、どちらも程よく乾燥していて、いい感じだ。

 とりあえず人の腕にしか見えない触手を回収しておく。


「……」

『どうしたでチュ?』

「いえ、折角だから少しぐらい制限を緩めておこうと思っただけよ」

 私は少し考えた後に、『ダマーヴァンド』の入場制限を少しだけ緩める。

 具体的には、『ダマーヴァンド』に縁のある毒ネズミたちが『ダマーヴァンド』、私、ザリチュに敵意を持っていないのなら、一度『ダマーヴァンド』の外に出て行ってしまっても、帰ってこれるようにした。

 ダエーワの最後の言葉は壁兵士を呼び出す為のものであったが、本音が全く混ざっていないわけでもないと判断したからだ。

 ま、私の事を楽しませてくれたダエーワに対する、私なりの一方的な誠意のような物だ。


「さて、始めて行きましょうか」

『分かったでチュ』

 では、『ダマーヴァンド』関係の情報を一通り確認して問題がないことを確認したので、呪術習得のためのアイテムを作成する。


「バーナーを修理してっと」

 まずは細工道具のバーナーをブリキに含まれる鉄を使って修復。

 他にも耐久度が減っていた色々なものをシステム的に修復していく。

 で、一階の給湯室にあった鍋も同様にして修復する。

 なお、おもちゃの望遠鏡は後回しである。


「毒液を汲んで」

『いつものでチュね』

 調理開始である。

 まずはいつものように鍋に毒液を入れる。


「二種類の触手を刻んで、骨もへし折って投入」

『見た目が既に酷いでチュね』

 カロエ・シマイルナムンの触手と壁兵士の触手を細かく刻んで投入。

 肉の中に隠れていた、人の腕の骨としか思えない見た目の白い物体も細かく折って鍋に入れていく。


「赤豆、白豆はたっぷり。キノコは少々。花の蜜も少し。小人の樹の葉は一枚だけ」

『全部、一般的には毒物でチュね』

 二種類の触手を投入したら、他にも色々と投入。

 かき混ぜて、均一の状態にしていく。


「じゃ、『熱水の溜まる神殿』に行きましょうか」

『あ、流石にバーナーは使わないんでチュね』

「流石に直して早々に壊すような真似はしたくないわ」

 十分に混ざったところで蓋をして、持ち手ごと垂れ肉花シダの蔓できっちり縛り上げて安定させる。

 そして、蔓の片側とフレイルの持ち手部分を結び付けて、釣り竿のようにした。

 私はその状態の鍋を持って『熱水の溜まる神殿』へと転移した。


「よっと。『灼熱の邪眼・1(タルウィスコド)』」

 私は『熱水の溜まる神殿』に移動すると、入り口の方に移動。

 私はプールサイドに腰掛けると、大量の熱水が溜まっているプールへ鍋を下して、熱水によって加熱。

 更に『灼熱の邪眼・1』で鍋周囲の熱水を温めて、煮ていく。

 垂れ肉花シダは呪詛濃度によって強度が上昇する性質があるので、このぐらいの熱水なら大丈夫なようだが、『灼熱の邪眼・1』によって間違って垂れ肉花シダの蔓を燃やしてしまったら大惨事待ったなしなので、その点は注意が必要だ。


『メールでチュね』

「クカタチからかしら?」

『正解でチュ』

 私は『ダマーヴァンド』の赤豆と白豆を齧りつつ、適宜『灼熱の邪眼・1』を打ち込んでいく。

 そこへクカタチからのメールが来たので、私はそれに対して返信を行う。

 質問の内容はスライムの体の活かし方についてだが……初期呪いについては、強みを見出し、弱みを隠すか逆利用するのが基本方針である。

 弱みを消そうとするのは、まず碌なことにならないので、やめておいた方がいい。

 後、考え方については、まず目的を達するために最低限満たさなければならない条件を見出して、それを満たすことを第一とするように教えている。

 高異形度プレイヤーだと、手段を選ぶなどという贅沢を言えるとは限らないからだ。


「あれ? タルさん?」

「あら、クカタチ」

 と、ここで私が実は『熱水の溜まる神殿』に来ていることに気づいたらしいクカタチが熱水の中から顔を出しつつ寄ってきた。


「えーと、メッセージは受け取りましたけど、来てたんですね」

「ええ。ここは熱源として便利そうだったから、利用させてもらっているわ」

「熱源?」

「新しい呪術を習得するためのアイテムを作っている途中なのよ」

 私は鍋を指さす。

 鍋を見て近づいたクカタチは……顔をしかめた。


「あの……タルさん。これ、大丈夫なんですか? なんか凄い匂いがしているんですけど……。それに近づいただけで毒状態になったんですけど……」

「大丈夫よ。私の呪術習得だと、いつも通りの事だから」

「い、いつものなんですか……」

「掲示板の呪術スレを見れば分かるけど、呪術の習得方法は色々とあるわ。私のこれは習得したい呪術に近しい呪いを変質させて取り込むことによって、呪術を習得するというやり方。まあ、他人にお勧めできる方法ではないわね」

「あ、もしかしてこれがタル式って呼ばれてる……」

「まあ、そういう事になるわね」

 タル式……まあ、分かりやすい名称だとは思う。

 私以外にこんな方法で呪術を習得しているプレイヤーの話は聞かないし。


「えーと、タルさんはこのままここで煮込み続けている感じですか?」

「そうね。6時間くらいは煮込んでいると思うわ。だからクカタチも自分の攻略を進めるといいわ。相談は……まあ、内容次第ね」

「6時間……えと、分かりました。では、ちょっと行ってきます。やってみたいことも出来たので」

「そう。気を付けて行ってらっしゃいね」

 クカタチがダンジョンの奥に向かって泳いでいく。

 さて、後一週間でクカタチはダンジョンを攻略して、外に出るために必要なものを作れるだろうか。

 楽しみである。


「んー、ただ煮込んでいるのもあれだし、大気中の呪詛を操る練習でもしてようかしら」

『まあ、6時間ただ待っているのは流石に無駄でチュよね……』

 私は自分から鍋を煮込みつつ、少し離れた場所に呪詛の球体を作り出す練習を始めた。

07/17誤字訂正

10/16誤字訂正

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