182:トイシュライン-7
「本当にそれでいいのか?」
「まあ、タルさんなら使い道はありそうですけど……」
「むしろこれがいいのよ。ふふふふふ」
壁兵士を倒した私たちは、残っていたパーツの中で使えそうなパーツをまとめると、その中から各自の希望に沿う形でパーツを分けた。
その結果として、マトチは半分溶けたガトリングの銃身、ドージは戦闘中に切り離した壁、私は僅かに燃え残っていたカロエ・シマイルナムンの触手によく似たアイテムを手に入れた。
なお、残りの金属部分については等分にした。
「一応鑑定っと」
私はカロエ・シマイルナムンの触手に似たアイテム……青白い肌を持った人の腕にしか見えないパーツを鑑定してみる。
△△△△△
海月呪の腕の一節
レベル:10
耐久度:100/100
干渉力:100
浸食率:100/100
異形度:10
海月呪と言う存在の腕の一部。
触れた空気を汚染し、足の力を落とすガスを生成する。
▽▽▽▽▽
『狙いは脚部干渉力低下でチュか』
「そういう事ねー」
これとカロエ・シマイルナムンの触手を組み合わせて呪術習得のための道具を作れば、まず間違いなく脚部干渉力低下の邪眼は作れるだろう。
今日の探索のおかげで細工道具のバーナーを直す材料は手に入った。
ダエーワたちのおかげでザリチュを強化する目途もついた。
大気中の呪詛に干渉する技術についても、出来る事は分かった。
うん、私個人が得た物に限れば、ホクホクとしか言いようがないぐらいだ。
「でもごめんなさいね。マトチ。私のせいで破門させてしまって」
「そうだな。私はイグニティチさんに取り成しを求めるつもりだが、それが上手くいく保証はないだろうし……」
「気にしなくて大丈夫です。使うと決めたのは僕自身ですからね。何があっても、それは僕の責任です」
帰り道。
私たちは多少の警戒をしつつも、話をしながら出口に向かっていく。
マトチは気にしなくていいと言っているが……私からもイグニティチに取り成しは求めるつもりだ。
どう考えても、マトチの呪術使用には私の言動が関わっているのだし。
「さて、ダンジョンを解体しましょうか。えーと……そうね、折角だから、ちょっと遊びましょうか」
「遊ぶ?」
「何をする気で?」
『あ、碌でもないことをするでチュアアアアァァァァ!?』
私はザリチュをつねりつつ、ダンジョンを奥の方から順番に崩していく。
ただし、入り口近くにあった金属製の箱のようなものに、『足淀むおもちゃの祠』特有の淀んだ空気を集めながらだ。
そうやって空気を圧縮しながら詰めていき、十分に詰まったら入り口をマトチに焼いてもらって接合。
それほど高密度の空気が中に詰まっているわけではないが、『足淀むおもちゃの祠』特有の淀んだ空気パックとでも言うべきものを作った。
「これ、何かの役に立つんですか?」
「さあ? でも、妙なエフェクトがかかっていたし、触れた時の感覚も妙だった。そう考えると何かしらの用途はあってもおかしくないかも」
「なるほど。まあ、調べれば何かが見つかる可能性はあるか」
とりあえず空気パックは三つほど出来たので、マトチとドージに一つずつ渡しておく。
鑑定結果は……
△△△△△
『足淀むおもちゃの祠』の空気パック
レベル:5
耐久度:100/100
干渉力:100
浸食率:100/100
異形度:10
『足淀むおもちゃの祠』の淀んだ空気が詰められた金属製の箱。
人によっては不快感や恐怖を感じることもあるだろう。
▽▽▽▽▽
「んー……」
これは上手くいけばカロエ・シマイルナムンの声帯と組み合わせて恐怖の状態異常を発生させる呪術に出来るか?
まあ、後で試してみるとしよう。
「じゃ、崩すわ」
「分かった」
「はい」
とりあえず回収できるものは回収したという事で、私は適当な物体にダンジョンの核を移して、『足淀むおもちゃの祠』を崩壊させた。
あ、『ダマーヴァンド』の呪い花が出来たって知らせも来てる。
まあ、後回しだ。
「さて、イグニティチに会って謝らないとね」
「そうだな。まずはそこだ」
「いやだから、これは僕の問題なんで、二人が気にする必要は……」
「そうじゃぞ。禁を破ったのはそこの馬鹿弟子。おぬしら二人が気にすることではない」
背後からかかった声に、『足淀むおもちゃの祠』の外に出た私たち三人は思わず動きを止めていた。
『臭い、してなかったんでチュけど……』
「ふぇっふぇっふぇっ」
気が付けば私たちの背後にイグニティチが立っていた。
ザリチュは臭いがしてなかったと言っているが、それを言うならば、私はイグニティチが現れた瞬間を見ていない。
私は間違いなく全方位が見え続けていたし、入り口周囲の天井にも床にも傷の類はない。
認識出来た時には、既に背後に居た。
「マトチよ」
「はい」
「儂の言いつけを破って、フレイムボールを勝手に発動したな」
「はい……」
空気が一気に重くなる。
私もドージも、今この時まではマトチの破門を思い留まってもらうための説得をしようと考えていた。
だがこれは……無理だ。
今日、偶々、一緒に行動していた程度の部外者が口を出せる空気ではない。
「「……」」
マトチとイグニティチのにらみ合いが続く。
そして……
「ようやった。それでこそ呪術を使う者じゃ」
イグニティチは微笑んだ。
「へ?」
「あー……」
「そういうタイプだったか……」
『あるあるでチュねー』
「ふぇっふぇっふぇっ」
まあ、なんというか、私は色々と察した。
だがまあ、考えてみれば当然か。
イグニティチは私に会いたいというだけの理由で、『ダマーヴァンド』などという面倒な場所まで来て、正面から接すれば発狂しかねない私と平然と会話出来るような人間なのだ。
たぶん、知識欲の塊と言ってもよい。
そんな人間が弟子を取って育てるのなら、基礎はともかくとして、ある程度から先は自分独自のものを作り上げて師匠である自分にも見せろという思惑ぐらいはあってもおかしくないだろう。
で、そんな事を呆然とした様子のマトチに告げてみたところ……
「ええええぇぇぇぇ……」
「かーっかっかっか、流石は別嬪さんじゃの。自分の同族をよう分かっておるわい」
「まあ、同族なのは否定しきれないわね……」
見事に肯定された。
「ま、おぬしが馬鹿弟子で、まだまだ至らぬのは事実じゃし? 独り立ちにはまだまだ遠いがの。ほれ、帰るぞ。そして今日の成果を説明するのじゃ」
「えっ、ちょ、師匠ー!?」
そうしてマトチはイグニティチに引きずられて、何処かへ行ってしまった。
イグニティチは老人の上にかなり小柄のはずなのだが……まあ、何かしらの呪術を使っているのだろう。
「えーと、それではタルさん。私もこれで失礼します」
「あ、はい。今日はありがとうございました。ドージ」
「では」
「ええ」
で、暫くの間、呆然としていた私とドージも別れの挨拶を交わすと、それぞれの住処に帰ったのだった。