175:ストレンジャビジター-5
「さて、これからどうしましょうか」
「まあ、別ルートの探索でいいかと」
「そうだな。金属素材はまだ見つかっていないわけだし」
『熱水の溜まる神殿』を後にした私たちは下水道に戻ると、探索を再開する。
と言っても目的のものはまだ見つからないが。
「あら、地上まで穴が続いているわね」
「代わりに先に進む道が瓦礫で埋まってますね」
「金属は……なさそうか」
それにしてもビル街地下の下水道は広い。
地下街も似たような規模で広がっているだろうし、地上のビルだって十数階建てくらいは普通だろう。
これら全てにダンジョンによる空間の歪曲もあるのだから、総面積で言えば他のエリアとは比べ物にならない気もする。
「一度上に行きましょうか。で、適当な……」
「チュウ」
私たちは瓦礫を登って、地上に移動しようとした。
そんな私たちの前に一匹の小さなネズミが現れる。
体は小さいが、毛並みは灰色に深緑色の斑点、毒ネズミ……恐らくは『ダマーヴァンド』のだ。
「そう言えばグランドクエストの時に毒ネズミたちがモンスターを襲っていたと言う話を僕は聞きましたけど……」
「私は無関係よ。ウチの鼠かも知れないけど、指示を出したことはないわ」
「そうなのか? タルの指示で動いていたと私含めてプレイヤーたちは思っていたが……」
「私は『ダマーヴァンド』のボスで、ちょっとした指示くらいなら出せるわ。でも、そこまでの命令は出してないし、出せないわ」
毒ネズミたちは少しずつ集まってきている。
しかし、こちらに対して攻撃の意志は無いのだろう。
集まりはしても、敵意を持たれるような距離までは近寄って来ない。
「一応聞くけど、ザリチュ。貴方は何もやってないわよね」
『やってないでチュね。そもそもザリチュにそんな機会はないでチュ』
「そうよねぇ」
一応ザリチュにも確認するが、心当たりは無しか。
ザリチュはかつての『ネズミの塔』の主であるベノムラードの素材を使っているし、『ダマーヴァンド』に住んでいる毒ネズミたちとも縁は深いと言えるだろう。
だから何かしら出来ると思うところだが……まあ、ザリチュの言うとおり、機会自体が無いか。
「あ、ザリチュっていうのはタルさんの被っている帽子の事ですよね。意志があるって話の」
「ええそうよ。世界観的にはゴーレムの一種になるらしいわ。それ以上については秘密」
「まあ、当然だな」
私たちは地上に上ると、毒ネズミたちの姿を見る。
数はおよそ20匹ほど、半分くらいはサイズからして子毒ネズミだと思う。
残りは……毒噛みネズミっぽいかな?
「で、貴方たちは何故集まっているのかしら?」
私たちは毒ネズミたちに問いかけてみる。
ネズミたちが返事をする事は無いと思っていたのだが……。
「チュウチュウチュー」
「む……」
最初に寄ってきた一匹が明らかに何かしらの意志を持って、鳴き声を上げた。
よく見れば、この個体は目の色が虹色で、尻尾が真っ黒だ。
どうやら、何かしらの理由によって賢くなったネズミのようだ。
「ザリチュ翻訳」
『チュ?』
「チュウチュウチュー」
『チュー……こいつら、『ダマーヴァンド』とは別のダンジョンを攻略し始めたらしいでチュね』
「……」
えーと、ザリチュによる翻訳をまとめるとだ。
この毒ネズミたちは『ダマーヴァンド』から旅立った毒ネズミたちの集団。
先日のグランドクエストの際にダンジョンのボスを撃破。
そして、折角ボスを倒したのだからと言う事で、倒したボスが主をしていたダンジョンを攻略しようとした。
で、そのダンジョンの攻略中に、自分たちでは手に負えない事態が発生したので、どうするかを考えていたところに私たちがやってきたらしい。
なので、上手くいけばと言う事で、問いかけてきたようだ。
「ネズミたちがダンジョンを攻略って……」
「まあ、ネズミもこの世界の住民。おかしくはないのだろうが……」
「色んな意味で驚きね」
「チュウチュウ」
『礼はするから助けて欲しいだそうでチュよ』
私は容器の類を作る関係で今も『ダマーヴァンド』で時々毒ネズミたちを殺している。
このネズミの賢さなら、それぐらいは分かっているはずだし、快く思ってはいないだろう。
なのに私が誰かを理解して話しかけてきたと言う事は、ネズミたちだけではどうしようもない状況と言う事か。
「まあ、ついて行くだけついて行ってみましょうか。ネズミたちからの依頼なんて珍しい物を見逃す理由はないわ。金属素材もあるかもだし」
「そうだな」
「ですね」
「チュー!」
『ありがとうだそうでチュよ』
私が了承の意志を示すと、リーダーであろうネズミを残して、他のネズミたちは散っていく。
ザリチュ曰く、私たちがダンジョンを攻略している間は、リーダー以外は周囲で狩りをするなどして、糧を得るようにしているとのこと。
集落の位置は当然ながら教えてもらえなかったが……この分だと、既にビル街に複数のネズミの集落があってもおかしくはないのかもしれない。
「チュッチュウ」
『此処らしいでチュ』
「此処がそうなのね」
「なんか空気が……」
「淀んでいるな……」
そうして私たちがやってきたのは、ビル街に幾つもあるビルの中でもデパートのような外見のビル。
その中層には、今まで訪れた中で最も空気が淀んだダンジョンが発生していた。
△△△△△
足淀むおもちゃの祠
進むほどに足が淀んでいく祠型のダンジョン。
この地で足が淀まないのは、心無き兵士ぐらいのものである。
現在は主が居ない。
呪詛濃度:10
▽▽▽▽▽
≪ダンジョン『足淀むおもちゃの祠』を認識しました≫
「へぇ、面白そうね」
私はここまで案内してくれたリーダーネズミをザリチュにくっつかせると、とりあえず『足淀むおもちゃの祠』の結界扉に触れて、転移先として登録した。
そして、時間もちょうど良いと言う事で、三人とも一度ログアウトして、午後から本格的に挑むことにした。