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172:ストレンジャビジター-2

「ここら辺でいいかしらね」

「綺麗なところですね」

「確かに」

「毒草だらけじゃがな」

 さて、何時の間にやらオフィスっぽさは残しつつも、だいぶ毒草が茂った第一階層の一角で、辛うじて座れそうな状態の椅子を見つけた私は、変な呪いがかかっていないことを確認した上で、三人に着席を勧める。

 それにしても、イグニティチは見ただけで、『ダマーヴァンド』が毒草だらけと分かるのか、やはり油断ならないな。


「さて、改めて自己紹介ね。私は此処『ダマーヴァンド』の主、タル。私に会いに来たと言う事は、呪術関係の話って事でいいのかしら?」

「うむ。それで間違いない。先程も言ったが、呪術師として未知の呪術の使い手は気になるからの。勿論、こちらからも呪術についての情報は出そう」

 目的は呪術についての情報を相互に出し合う事か。

 まあ、悪くはない。

 NPCの呪術は私も気になる話だし、私の邪眼術の発展に繋がる可能性は多々ある。


「そう言う事ならば私はお暇させてもらいましょう。私はイグニティチさんの弟子でもないし、タルさんに至っては恩ばかり。お互いの手の内を晒す話なのですし、私は居ない方がいいでしょう」

 ドージが腰を上げようとする。

 が、私もイグニティチも手でそれを制す。


「いえ、むしろ居て頂戴。こういう場は第三者が居た方が、何かと都合がいいから」

「そうじゃな。それにお前さんも呪術について心得が無いわけではないじゃろ? 聞くだけでは心苦しいと言うのなら、お前さんも出せる範囲で情報を出せばよい。まあ、居続けること含めて、無理にとは言わんがの」

「……。では、居させていただきます」

 ああやっぱり、ドージも呪術を使えるのか。

 ま、そうでなければ、『ダマーヴァンド』の毒液で滝行なんて出来るとは思えないが。


「さて話じゃが……まあ、まずはお互いの呪術を見せた方が早いかの。マトチ」

「はい。いづれ炎よ。イグニッション」

 マトチがローブの袖をまくると、マトチの腕がカンテラのようなものになっていて、中で小さな灯が輝いているのが見えた。

 どうやら、アレがマトチの異形の一つのようだ。

 さて、肝心の呪術だが、マトチの周囲の呪詛がマトチの手の内に集まっていく。

 そして起動キーの発声と共にカンテラから少しだけ火が漏れ、次の瞬間にはマトチの手の中に大きな火球が生じていた。


「なるほど。シンプルに火を発生させる呪術ね。マトチ自身の異形によって、発動を補助している部分もありそうだけど」

「そう言う事じゃな」

 さて、アチラが火の呪術なら、私も火に関する呪術の方が的確か。

 と言う訳で、私は少し離れた場所にある毒草の葉の先を指差す。


「では、『灼熱の邪眼・1(タルウィスコド)』」

 半数ほどの目が紅色に輝いて、葉の先に炎が生じる。

 炎は毒草を焼いていくが、暫くして、植物自身の水分や燃料と熱の枯渇によって自然鎮火する。

 まあ、目6個で、生きた草相手ならこんなものだろう。


「あれ? なんか僕のに比べて威力が大したことな……あいだぁっ!?」

 マトチが私の呪術に対する感想を言い切るよりも早く、マトチの頭上に炎で出来た拳が現れて、拳骨を落としていた。

 そしてイグニティチがやれやれと言った顔を浮かべている。

 どうやら、イグニティチの呪術のようだ。

 無詠唱はともかく、動作キーも分からなかった辺り、やはりイグニティチは熟練の呪術師のようだ。


「はぁ、馬鹿弟子よ。おぬしの目は毎度のことながら節穴だのう。タルの呪術は確かに火を起こしたが、本質や目的は全くの別物。そもそも本気を出してもおらぬじゃろうが……そんな事だから、儂の許可なく二つ目の呪術を使わせられないんじゃぞ」

「あいたたた……」

 しかし、今の炎の拳骨が痛いだけで済み、体や衣服が焼けると言う事が無い辺り、マトチの火炎耐性はかなり高そうだ。

 場合によっては、マトチ自身の体に火炎耐性を得る呪いがかかっている可能性を見てもいいかもしれない。


「それで私の呪術を見た感想は? イグニティチさん?」

「呼び捨てでええぞ。面倒じゃしの」

「では、イグニティチで。それで感想は?」

 さて、これでお互いの呪術は一つずつ見せ合った。


「タル。おぬしの邪眼術は隠密性と速攻性の高さが素晴らしいの。狙う場所、発動の為のキーが分からなければ……いや、分かっていてもなお、避ける事は不可能じゃろう。防ぐことについても、厳しそうじゃ。なにせ、発動前に周囲の呪詛の流れに変化が生じる事が無いからの」

 呪詛の流れの変化……ああ、さっきのマトチ、それと以前ザリアもやっていたが、周囲の呪詛を予め集める事によって呪術の効力を上げていたのか。

 私にそれは……現状ではできないな。

 でも、練習する価値はあるだろう。

 単純な威力増強にも、フェイントにも使える。

 うん、これだけでも、イグニティチと会った意味はありそうだ。


「惜しむは、おぬし自身が使う事に特化しすぎていて、他の者が扱うには向かぬと言う事か」

「まあ、目の数が足りないものね」

「それもあるが、威力以外の面を重視するあまり、おぬしと同様の方法で習得しなければ、とてもではないが使い物になる威力にはならなさそうじゃ。しかし、おぬしの習得方法は馬鹿弟子から話を聞く限り、余人が真似をして良いものではない。ううむ、実に惜しいの」

「ふうん。まあ、私が誰かに邪眼術を教える事はないだろうし、問題はないんじゃないかしら」

 私以外に向かないのは……まあ、今更だろう。


「さて、他の呪術はどうするかの……」

「あれ? タルさんに僕の呪術の解説とかは……」

「しなくとも、既に学べる事は学んでいるじゃろ?」

「まあ、学んでいるわね。周囲の呪詛をどう動かすかについては自分で色々とやってみるわ」

「それが良い。個人の感覚差が大きい話じゃからな」

 他の呪術については……まあ、見せる必要は無いだろう。

 イグニティチにとっては、現状の私の邪眼術はどれも大差ないだろうし。


「呪術の見せ合いはもう済んだと思ってよいですか?」

「そうじゃな。これ以上は無暗に見せびらかさない方がいいじゃろ」

「ええ、問題ないわ」

 と、ここでドージが口を挟んでくる。

 どうやら何かあるようだ。


「では、私からも一つ見せましょうか」

 そう言うとドージは手近な毒草を千切ると口に含んで飲み込む。

 すると当然のようにドージは毒状態になる。


「活ッ!」

「!?」

「へ?」

「ほう……」

 が、ドージにかかっていた毒は……ドージが自分の左胸に手を当てて、周囲の呪詛がドージに向かって僅かに流れ、活と言う言葉を発すると同時に、ドージ周囲の呪詛ごと解除されていた。

 なるほど、状態異常回復呪術。

 それも色んな面で使い勝手が良い奴だ。


「まだ拙いが、浄化術。呪詛の力を持って、呪詛を払う呪術じゃな。その格好に相応しい呪術じゃ」

「その通りです。ご指摘通り、修行中の身ですが、お二人に見せていただいた分だけはお返ししようと思いました」

「へぇ。そんなのがあるのね」

「へー」

 浄化術か。

 たぶん私の天敵だろうな、これ。

 後、聖女様と言うか、神殿の呪術使いは使えそうな気がする。


「ふぇっふぇっふぇっ、今日は良いものが色々と見れたのう。儂は満足じゃ」

「そうね。私も学ぶことがあったわ」

「突然押しかけてすみませんでした」

「私も学ぶことがありました。感謝します」

 さて、これで今回の件は終わり。

 私だけでなく、マトチ、ドージの二人もそう思ったことだろう。


「タルよ、今日はこれからどうするつもりじゃった?」

「ん? 金属素材を取りに、このビルの地下から下水道に潜ってみようかと思ってたけど」

「そこに誰かがついて行くことは?」

「邪魔さえしなければ、気にしないわね」

 が、何故かイグニティチは好々爺然とした表情で私に話しかけてきた。

 まあ、隠す事でもないので、予定ははっきり告げてしまうが。


「そうかそうか。では馬鹿弟子よ。今日はまだこっちに居られるな。それならば、タルの手伝いをしてから帰って来い。このままでは儂らが貰い過ぎじゃからな」

「え?」

「師匠命令じゃ。あ、ドージと言ったな。おぬしも今日の予定がないなら、許可をもらった上でタルについて行くとよいじゃろ。馬鹿弟子だけじゃ不安と言うのもあるが、おぬしにとっても良い機会になるじゃろ」

「は?」

「ではのー」

 そうしてイグニティチは手近なビルの壁に開いた穴から外に出て行ってしまった。

 一応ここはビルの上層階なのだが……まあ、大丈夫だから出て行ったのだろう。


「えーと、その……」

「タルさん。その私たちは……」

「まあ、いいんじゃない? 強引だったけれど、二人共に戦力面、人格面で問題があるようには見えないから」

「すみません。よろしくお願いします。タルさん、ドージさん」

「よろしくお願いします。タルさん、マトチ君」

「こちらこそよろしくね。マトチ、ドージ」

 と言う訳で、奇妙な流れではあるが、私、マトチ、ドージの三人で、ビルの地下にある下水道に潜る事になったのだった。

07/06誤字訂正

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