<< 前へ次へ >>  更新
17/726

17:ベノムラッツ-2

「毒吐きネズミ……」

 どういう戦術、戦略を立てるにしても、まずは相手の情報が十分に無ければ机上の空論にすらならない。

 そう判断した私は再び第一階層と第二階層の境界に移動。

 そして、両手を上に伸ばして、全てのネズミを鑑定した。



△△△△△

毒噛みネズミ レベル5

HP:1,517/1,517

▽▽▽▽▽


△△△△△

毒吐きネズミ レベル6

HP:1,487/1,487

▽▽▽▽▽



 結果、毒を吐き出した例のネズミは毒噛みネズミではなく、毒吐きネズミと言う別種である事が判明した。


「噛みが10、吐きが4。吐きは頻繁に周囲を見渡しているわね」

 敵のレベルは5~7、平均すれば5.5くらいか。

 HPの量は個体差があるが、全体的には毒吐きネズミの方が低め。

 毒噛みと毒吐きを見た目から判別する事は不可能。

 ただし、敵を見つけていない時の行動として、毒吐きネズミの方が頻繁に上体を持ち上げて、周囲を見渡すような動作を見せている。


「んー……」

 私は念のために第一階層の階段部屋から離れて、唸り声を上げる。

 現状の私の手札は毒噛みネズミのトゥースナイフと鉄筋付きコンクリ塊程度。

 だが後者は相手の体に張り付いて殴るのが前提なので、こちらの手札は実質的に毒噛みネズミのトゥースナイフ一本と言える。

 そして、敵の警戒範囲と密度からして、一匹のネズミに張り付き続けている暇などないので、現状の装備だけでこの状況を脱するとなると……素早く毒らせた後に、相手が死ぬまでひたすら逃げ回るくらいだろうか。


「うん、無理」

 それは無理があるだろう。

 私の移動能力はそんなに高い方ではないし、相手には遠距離攻撃がある。

 おまけに組み付かれたら、私の腕力では振りほどけないので、その時点で詰みとなる。

 そんな状態で14匹のネズミを狩るとか、何処の超人と言う話だ。


「現実的な手段としては何かしらの方法で敵を誘い出すか、新しいアイテムを作って対処するかと言う所かしら」

 なので私は現実的に出来そうな考えを口に出し、とりあえず前者を実行する。


「せいっ!」

「ヂュッ!?」

 適当に拾ってきた瓦礫を、瓦礫階段がある部屋の入り口から、第一階層と第二階層の境界付近に投げつけてみる。

 投げられた瓦礫は大きな音を出して転がり、様子を見に来た毒噛みネズミは……私の姿を認識すると、私に向かってくる。


「ヂュアッ!」

「っつ!?」

 当然、大きな物音がした以上は一匹だけが向かってくる事など無い。

 後を追うようにやってきた毒吐きネズミは穴の縁にまで来ると、私に向かって深緑色の液体を吐き出してくる。

 なので私は階段がある部屋から外の通路に出て、身を隠す。

 すると想定外の事が起きた。


「ヂュウウゥゥ……」

「げっ……」

「ヂュッヂュッヂュッ……」

 私を追っていたはずの毒噛みネズミは付いてこなかったのだ。

 まるで、此処から先は自分の管轄ではないと言わんばかりに。

 毒吐きネズミも当然追ってこない。

 一瞬、右手だけを壁の外に出したら、毒噛みネズミは坂の途中で身構え、毒吐きネズミは坂の上で大きく口を開いている姿が見えた。

 完全に迎撃の姿勢である。


「いやいやいや、なんでこんなに統率が取れているのよ……」

 私としては頬を引きつらせつつ、軽口を叩く他ない。

 ここで私の事を追いかけてきてくれるなら、一匹ずつ処理していくだけの話だった。

 『CNP』のモンスターのリポップはだいぶ遅いようなので、何とかなっただろう。

 だが、明らかに私と言う敵がいる状態で追いかけて来てくれないとは……。


「念のために」

 私は一応壁をノックする事で音を立てて、誘いをかけてみる。

 しかし、どちらのネズミにも動く気配は見られなかった。

 その動かない姿からは、何があってもこの場を守る事に専念するという意志すら感じられた。


「……」

 うん、明らかに異常事態である。

 と言うか第一階層の毒噛みネズミとはまるで動きが別物だ。

 もしかしなくても、入っているAIのレベルが上がってる。

 じゃあ、何故上がったかを考えると……たぶん、そう言う事が出来る、リーダー個体とでも言うべき個体が何処かに居るのだと思う。


「リーダーの存在が明らかになったのは幸か不幸か……今だとただの不幸ね」

 敵の思考能力の上昇理由がリーダー個体によるものならば、そのリーダーさえ倒せば、後のネズミの撃破は簡単になるだろう。

 しかし、そのリーダーが何処に居るか分からないのでは、敵の思考能力を下げる事など出来るはずもない。

 おまけにそもそもの話として、敵にリーダー個体が居ると言うのはただの推論、希望的観測である。

 リーダーなんて居なくて、全員がきちんとした思考を有している可能性だって否定できない。


「とりあえず手持ちの札だとどうしようもならないし、一度セーフティーエリアに戻りましょうか」

 瓦礫の坂道に張っていた毒噛みネズミと毒吐きネズミは第二階層に戻っていった。

 なので私もセーフティーエリアに戻る事にする。


「さて……」

 セーフティーエリアに戻ってきた私は、セーフティーエリアに置かれている物を見つつ、今の状況を打開するにはどのようなアイテムが必要なのかを考える。


「必要なのは一対一に持ち込める何か。あるいは多対一を制する事が出来る何か。もしくは一網打尽に出来るような何か」

 要するに他のネズミに気付かれないように倒すか、他のネズミに気付かれても関係ないようにするかと言うところか。


「現実のネズミ狩りと言うか駆除だと……ホウ酸団子だっけ? まあ、要するに毒餌よね」

 毒噛みネズミは毒を扱うが、自身も毒にかかるのは確認済み。

 毒吐きネズミもその辺はたぶん大丈夫だろう。

 また、飲食物に毒が含まれていると、毒状態になるのは身をもって体験している。

 ネズミたちが経口摂取の毒ならば大丈夫な可能性はあるが……試す価値はあると思う。


「そう言えば、あのネズミたちって何を食べて生きているのかしら」

 むしろ不安要素はあのネズミたちが何を食べているか分からないところか。

 壁などの食害は前歯を削るためだろうし、食事については何を食べているのかまるで分からない。

 流石に霞と言うか呪詛の霧を食って生きているのではないと思うが……まあ、これも含めて試してみるしかないか。


「えーと、肉は……腸でいいかしらね」

 とりあえず餌になりそうなものとしては、昨日解体した毒噛みネズミの腸がある。

 肉食の動物は内臓を好んで食うそうなので、一日放置された事で多少臭っている事も含めて、いい餌にはなるだろう。


「毒は毒噛みネズミの前歯が何本もあるし、それを利用するべきね」

 毒噛みネズミの前歯は10本くらいあるので、5本くらいは毒餌に使ってしまってもいいだろう。

 ただ、毒噛みネズミの前歯は周囲の呪詛を利用して毒を生成し、撃ち込むと言う呪いを持ったアイテムなので、ただ砕いてまぶしても毒は生成されないだろう。


「腸に突き刺すは……量が物足りないわね」

 私は試しに毒噛みネズミの前歯を腸に突き刺してみる。

 しかし、生成された毒は僅かなようだった。

 毒噛みネズミの解体時にその肉を食べて処理していた私は、この毒によって毒状態になっていたわけだが、この量の毒では自然回復されてお終いだろう。


「と言うか、そもそもとして、毒噛みネズミの前歯ってどういう条件で毒を生成しているのかしら」

 毒噛みネズミの前歯の先端に触れてみる。

 毒が染み出してくることは無い。

 他の場所に触れても同様だ。

 しかし、試しに肝臓に突き刺してみると、微量ながら毒が生成される。


「……。毒噛みネズミの前歯がどういう条件で毒を生成するのか精査するのも含めて、色々と調べる必要がありそうね」

 私は毒肉を毛皮袋に入れ、毒噛みネズミの前歯を手に持つと、セーフティーエリアの外に出た。

 まずは第一階層の毒噛みネズミを使って、色々と調べてみることにしよう。

<< 前へ次へ >>目次  更新