155:現実世界にて-6
「ん? うーん、許可で」
月曜日。
私は昨夜の内に届いていたらしいメールに目を通し、許可を出すと、大学に向かった。
「はい、約束のバニラアイス」
「バニラはバニラでもお高いのが来ましたね……」
「呪術の件だけじゃなくて、海月の方もあったでしょ。で、あっちは樽笊さんが居なかったら、どうしようもなかったから。そのお礼でグレードアップよ」
「えーと、まあ、そういう事ならありがたく頂いておきます」
で、食堂にて約束通り財満さんからバニラのアイスクリームを奢ってもらったのだが……一番安いのではなく、少し値段が高めなのが来ていた。
うん、値段に違わない程度には美味しい。
「あの後、財満さんたちはどうしたんですか?」
「神殿の方で聖女様から歓待を受けたわね。ただ、私たち地下組は地下組で大変だったけど、地上組は地上組で大変な状況になっていたそうよ」
「と言いますと?」
財満さんも他のプレイヤーから聞いた話であると前置きした上で、私たちがカロエ・シマイルナムンと戦っている間に地上で起きていた事件について話をする。
それによればだ。
・衛視長の一人だった男が異形の化け物になって、聖女様たちに襲い掛かった
・ダンジョンボス並の戦闘能力を持っていたこれをカーキファングたち地上組が迎撃、撃破
・同時にサクリベスの四方から大量のモンスターと数体のダンジョンボスが襲来
・サクリベスの外に居たプレイヤーと、神殿近くに居なかったプレイヤーがこれを迎撃して、事を収めた
との事だった。
「つまり、『CNP』全体で大規模戦闘が発生していたんですね」
「ええ、そう言う事みたい。だから当時ログインしていたプレイヤーは生産職含めて、全員大変だったけど、美味しい状態だったみたい」
「うーん、それならとっとと逃げずに街の近くで狩りをしていても良かったかも」
「ちなみに四方から敵が来たと言ったけど、南側についてはネズミ型とそれ以外のモンスターでの同士討ちが多発していて、ボスも一匹ほどネズミたちが狩ったそうよ。どうしてそんな動きをしたのかと言う理由は分からないようだけど」
「……」
私はアイスをつつきながら、微妙に目を逸らす。
南……つまりはビル街で、ネズミ型のモンスターと言うと、『ダマーヴァンド』に住んでいる毒ネズミたちになってしまいそうだが、私は毒ネズミたちに指示の類は一切していない、何かを教えた事もない。
財満さんは疑っているが、私は無関係である。
「ま、まあ、無事にグランドクエストが終わったなら、それで良いとしましょう。ね、財満さん」
「それもそうね」
重ねて言うが、毒ネズミたちの行動に私は一切関与してない。
そもそも、ボスを狩ったのが毒ネズミたちとは限らない。
気にしないでおこう。
「あ、そうそう。あの海月についてだけど、一人から十人までの少人数で弱体化した個体と再戦出来るそうよ。まあ、私たち含めて、当分は大苦戦の末にようやく倒せるって感じになりそうだけど」
「あら、そうなんですか」
「公式からの発表は今日の正午だと言っていたけど……」
私と財満さんは食堂に付いている時計を確認する。
ちょうど正午だ。
なので、私たちは揃って『CNP』の公式サイトを確認してみる。
「カロエ・シマイルナムンについて」
「約二週間後の日曜日に行うメンテナンスと第二回公式イベントのお知らせ」
「超巨大ボス『加工の海月呪』カロエ・シマイルナムン討伐を記念したPV」
「特別掲示板の設置」
更新内容は……まあ、色々とあるようだ。
「本当に樽笊さんが居ないと勝ち目なんて無かったわね」
「まあ、あの絶叫にせよ、レーザーにせよ、マトモに喰らっていたら、命が幾つあっても足りないのは分かっていましたから」
まず、カロエ・シマイルナムンについて、公式から幾らか情報が提供された。
どうやら私が沈黙を維持し、気絶を必要なタイミングで入れていたのは大正解だったらしい。
同時に、今のタイミングでカロエ・シマイルナムンが倒されるのは想定外だった、と言う公式からの爆弾も投下されてしまったが。
「イベントは……参加希望者からランダム選出で二人一組になってのPvP」
「樽笊さんと組んだら予選突破は確実になりそうね」
「そう甘くはないと思いますよ。あ、詳細はまだなんですね」
イベントについては現状では二人一組になった以外は前回と特に変わりはなさそうかな?
うーん、スクナやマントデアと組めれば、予選は楽に突破できる気もするけど……ランダムではそこら辺はお祈りするしかないか。
「PVは……種類がありますね」
「昨夜来ていたメールの通りね。許可を貰えたプレイヤーのこれまでを利用した動画になっているみたい」
「普通の戦闘、普通の日常、観光1、観光2、イベント、グランドクエスト……ぶっ」
「これは……」
PVは全部で7種類ほどあった。
問題は7種類目のPVで……私はそれを見た瞬間に思わず吹き出し、変な表情になった。
財満さんは無表情を装っているが、明らかに肩がプルプル震えていて、笑いをこらえている。
だが、財満さんの反応も当然と言えるだろう。
「まさかのタル100%ね」
「何の嫌がらせですかね。これは……」
そのPVは簡単に言ってしまえば、私とカロエ・シマイルナムンの戦闘風景を編集した物だった。
私が最初の一人としてカロエ・シマイルナムンとの戦闘を始めるシーンから、無数の触手を縦横無尽に飛び回って回避するシーン、最後の足掻きのレーザーを潰したシーンなどが映っている。
「あーでもそうね。これは色々と参考になるわ」
出来はとてもいい。
私自身でなければ、見惚れそうなくらい、よく編集できている。
財満さんがだんだん真顔になって、カロエ・シマイルナムン攻略の参考にしていそうな姿からも、それは窺える。
「ならいいですけど……」
しかし、まさかだった。
メールの内容が私のこれまでの『CNP』での活動をPVに使ってもいいかと尋ねる物だったので許可を出したのが、まさか私一人しかプレイヤーが映っていないPVを作られるとは思っていなかった。
こうなったら、暫くは『ダマーヴァンド』の外に出ない方がいいのかもしれない。
他のプレイヤーがウザったいことになりそうだ……。
『私の邪眼の前で一発逆転は許さないわよ』
「……。PVの削除って依頼できるんですかね?」
「この七つ目については問題なく出来ると思うわよ。明らかに一人しか映っていないし、その一人が嫌がるなら」
「削除依頼送っておきます」
「まあ、妥当だと思うわ」
とりあえず七つ目のPVについては理由を添えて削除依頼を出した。
そして、10分ほどしたところでPVは無事に消されたので、私は安堵の息を吐いたのだった。