145:アンダーサクリベス-1
本日一話目です
「ログインっと」
『時は来たれり。でチュか?』
「まあ、ちょうどいい時間ではあるわね」
ログインした私は直ぐに支度を整える。
装備品に問題がないことを確かめ、『ダマーヴァンド』産の白豆と赤豆を専用の袋に入れられるだけ入れる。
私の姿を直視させないための毒ネズミの毛皮も当然持っておく。
あ、呪い花については回収したら、マイルームに放置しておく。
「さてと……」
で、リアルからゲーム内に送った座標メモを結界扉の前で表示すると、指差し確認をしながら数字を入力していく。
うん、やっぱり9桁6項目は多いって。
「これでよしと」
だがまあ、入力は無事に完了した。
転移に必要な費用……約2万DCも注ぎ込めた。
『転移開始でチュね』
「そうね」
転移が始まる。
いつもの違和感を強くしたものを私は感じる。
セーフティーエリアの中が小刻みに震え、それが数分続いた。
やはり、座標指定によって任意のポイントに飛ぶのは、無理がある行為であるらしい。
≪警告:この先では状況によって、現在のアバターでのプレイが続行不可能になる可能性があります。それでも構わないと言うのであれば、同意書へのサインをお願いします≫
「へぇっ、警告が出るのね」
『それだけヤバいって事でチュよ』
違和感と震えが収まる。
同時に、私の前に半透明の画面で警告が表示される。
どうやら、この先はかなりリスクが高い場所であるらしい。
「だからこそ楽しみがいがあると言えるわね」
『でチュよねー』
勿論サインを躊躇う事なんてなかった。
何があっても、被害を受けるのは私だけ。
むしろ、そう言う被害を与える未知の何かが……恒久的な封印技術あるいは不老不死の呪いの阻害方法があるのなら、積極的に知りたいと思うのが私と言う人間である。
「では行きましょうか」
『警戒していくでチュよ』
そして私は結界扉を開けて、セーフティーエリアの外に出た。
「っつ……。呪詛濃度が桁違いに薄いわね……」
扉の向こうは薄緑色の床に、白い壁と天井の、まるで近代的な病院のような建物の通路であり、明かりは床近くの非常灯しかなかった。
そして、『CNP』を始めて以来、ずっと視界にあり続けてきた赤と黒と紫が入り混じった呪詛の霧は存在せず、『CNP』とは思えないほどに周囲は暗かった。
推定呪詛濃度0の空間。
呪詛纏いの包帯服だけでなく、赤魔法石の腕輪と目玉琥珀の腕輪がなければ、即死確定の領域である。
「後戻りは出来ないのね」
私の背後で結界扉が閉じ、そのまま消え去る。
どうやら座標を直接撃ち込んでの転移は一方通行になってしまうようだ。
「鑑定っと」
とりあえず私以外の姿は見えない。
なので私は『鑑定のルーペ』を手に取ると、目の前の空気を鑑定する。
△△△△△
サクリベス地下・聖浄区画
サクリベスの地下に存在するかつての文明の名残。
呪いが存在しない空間とされているが、その実態は……
呪詛濃度:0
▽▽▽▽▽
≪ダンジョン『サクリベス地下・聖浄区画』を認識しました≫
「あ、既に厄満案件だわ、これ」
『ダンジョン表記でチュからねぇ』
殆どのプレイヤーの初期開始地点であり、一大拠点でもあるサクリベスの地下に聖浄区画と言う名称の知られざる場所がある。
これだけでも相当の厄ネタだが、何より不味いのは、ザリチュの言う通り此処がシステム的にはダンジョン扱いと言う事だ。
ダンジョンと言うのは、何かしらの核を中心に“呪い”が集まって出来上がる物であり、誰がなんと言おうとも、呪いの産物だ。
それなのに聖浄、呪詛濃度0、意味深なフレーバーテキスト、ヤバい臭いしかしない。
「加えて、地上と言うか上空予定だった転移場所がこんなにずれるとは思っていなかったのよね。と言う事は……」
『ああ、空間も歪んでいるんでチュね』
「そう言う事になるわね」
おまけに恐らくだが、聖浄区画は空間が歪むレベルの呪いを内包している。
でなければ転移でサクリベスの上空に出る予定だった私が、地下空間に飛ばされると言うのは考えづらいだろう。
あるいは運営の仕込みで、座標入力式の転移でサクリベスに飛んだら、自動で聖浄区画に飛ばされる罠なのかもしれないが……それでも、トップハント社ならゲーム内の原理で説明がつく罠だろうし、やっぱり結論は変わらないだろう。
「此処は……倉庫かしらね」
なんにせよ、私のやるべき事は探索に変わりない。
と言う訳で、私はとりあえず手近な場所にあった金属製の扉を開ける。
そして、現実世界で見慣れたスイッチを押して、電灯を点ける。
『食糧庫の類でチュかね?』
「みたいね。缶詰が沢山あるわ」
部屋の中にあったのは山積みの段ボールと、その中に入った様々な種類の缶詰。
なんと言うか、世界観とこの場の雰囲気が合わさった結果として「みんなのトラウマ」的な何かを感じずにはいられないのだけど……。
『食べないでチュか?』
「いいえ、私は遠慮しておきます」
『チュ? 口調が変でチュよ?』
「その……なんとなーく、本当になんとなーくだけど、凄く嫌な予感がするのよね」
『チュー?』
なお、鑑定結果は特に不審な点が見当たらない普通の缶詰だったし、中身も同様であった。
だがそれでも、私は嫌な予感がしたので、食べずに放置しておいた。
「とりあえず次の部屋に向かいましょう」
『分かったでチュ』
私は通路に戻ると、それから順に部屋を巡っていく。
時刻が時刻と言う事もあって、すれ違う人は居ない。
また、私が今居る区画は全体が倉庫なのか、寝ている人も見かけない。
「うーん、そろそろ何か見つけたいわね……」
監視カメラやセンサーの類も無いようなので、探索そのものは非常にしやすい。
気を付ける事と言えば、満腹度の減りぐらいだが、豆は大量に持ち込んでいるので問題はない。
「ーーー……」
「ーーー……」
「と、誰か来たわね」
と、此処で私は人の話し声を聞いた。
ライトの明かりも見えた。
なので私は、誰かがやってくる通路とは別の通路に身を潜めて、手だけを通路の角から出して、手の甲に付いている目でやってくる相手の姿と様子を窺う事にした。
「まったく、毎晩毎晩宴会か。よくやるぜ。こんな事になるんだったら、呪いの一つでも帯びて生まれたかった」
「だな。こんな非常灯しか点けられない区画に、食い物と酒を取りに来させられるこっちの身にもなってほしいもんだ」
現れたのは粗末な衣服を身に着けた二人の男性。
彼らは何処をどう見ても、普通の人間だった。
「でもまあ、世話係なら神様への貢物係よりはマシか。あっちは命がけだからな」
「そうだな。アレと比べれば、世話係は天国みたいなものだ。下らない命令を聞くだけなんだからよ」
私は彼らを尾行する事で、この倉庫からの脱出を図ることにした。
06/15誤字訂正