144:現実世界にて-5
本日二話目です。
「ふうむ……」
日曜日。
私は朝から『CNP』にログインするのではなく、現実世界で三枚の紙を前に唸り声を上げていた。
「まず大前提として、転移には座標とDCが必要。座標は9桁の数字が6項目」
公式からの発表や掲示板の情報で、今夜8時にサクリベスの神殿にて結界が張られる事が分かっている。
で、折角なので転移機能を利用してサクリベスに潜入し、出来る限り近い場所でイベントを見たいと私は思っている。
幸いにして『赤い葉の薬草園』の崩壊で得たDCもあって、座標を自分で打ち込む形式の転移に必要な量のDCは確保済み。
しかし、私はサクリベスの座標を知らないので、それは別の方法で得る必要がある。
流石に正解する確率が10の54乗分の1なんて運ゲーをする気はない。
「恐らく1ずれただけでも、転移先は大きくずれる」
一枚目の紙に書れているのは、タルが保有している結界扉の転移機能を利用するのに必要な座標と思しき数字。
『ダマーヴァンド』、四方のセーフティーエリア、『呪い樹の洞塔』、『蜂蜜滴る琥珀の森』、計7つの座標は確定済み。
それと、崩壊済みのダンジョンだが、『藁と豆が燻ぶる穴』、『赤い葉の薬草園』の座標も転移履歴に残っていたのが拾えたので、計算に利用する事にする。
「地図がそこまで正確じゃないのよね……まあ、正確な地図の作成には手間暇がかかる物だから仕方が無いけど」
二枚目の紙に書かれているのは、サクリベス周辺の地図で、検証班が作成、掲示板にアップしている物になる。
ただし、呪詛の霧のせいで測量に難があるらしく、大体どこに何がある程度しか書かれていない。
それでも、東西南北のセーフティーエリアが、実はサクリベスから等距離にあるわけではない事や、真北や真東にないことはしっかりと書かれているので、信頼性は高いだろう。
なお、カーキファングから教わったサクリベスのだいたいの地理についても書かれてあるので、狙いはそれなりに正確になるはずである。
「うーん、地道に計算するしかないわね」
三枚目の紙に書かれているのは、大量の数字。
これまでの計算結果だ。
こういう時はパソコンやスマホのメモ機能よりも、適当な紙に書いた方が利便性が高かったりするので、私はシャーペンと電卓を手に、地道に計算を続ける。
「本当に地道だわ……」
そもそもとして、『CNP』の座標、9桁6項目の数字が示しているものは何なのか。
とりあえず3項目については分かる。
緯度、経度、高度だ。
これらは素直な数字で、どれがどれなのか分かれば、単純に計算してしまえばいい。
「恐らくは呪いによって歪んだ空間を表すための座標なのよね……」
問題は残りの3項目。
『CNP』はダンジョンの存在によって空間が大きく歪んでいる。
例えば『ダマーヴァンド』の第三階層などは、本来のビルよりもはるかに広い空間を持っている。
だが、その第三階層に存在している結界扉でも問題なく転移できるのだから、座標はきちんと存在している事になるはずである。
「そう言えば、呪限無は世界の裏側の一つ。だったかしら」
称号、『呪限無を垣間見た者』のフレーバーテキストでは、呪限無の事を世界の裏側の一つと言っていたか。
一つと言う事は、世界の裏側は幾つも存在していると言う事。
つまり、この6項目の数字には、それも含まれていなければならないだろう。
「よく考えてみれば、これって6次元の座標になるのかしら? とんでもない物を使っているわね……」
流石に6次元は想像もできない。
未知ではあるが、消化不良を起こしてしまう未知はちょっと勘弁していただきたい。
自分の実力以上の未知が来てしまうと味わい切れないし、消化できない間に他の未知が来てしまうと悲しいことになる。
「計算完了っと。たぶん、間違っていないわよね」
とりあえず計算は出来た。
これで、そこまで転移先が大きくずれることは無いだろう。
壁の中に居るをやらかす可能性は否定できないが。
「うーん、こんなに面倒な計算をするなら、財満さんかストラスさんに呪限無を垣間見てもらって、サクリベスの座標を教えてもらった方が早かったわね。でも、呪限無を垣間見る事に対してカウンターと言うか罠が無いとも限らないし、取り返しのつかない事態を招く可能性を考えると、止めておいた方がいいか」
私は普通に昼食を作ると、一人で食べて、胃に収める。
「掲示板は案外、警戒モードになっているわね。まあ、こういう時にヤバいのが来るのは定番と言えば定番だし、分からなくもないか」
掲示板では聖女様による結界張りを楽しみにしている声も多いが、警戒を忘れないようにした方がいいと言う声も多い。
まあ、ゲームの定番だからだろう。
そして、こういう空気で異形度19の私が姿を表したらどうなるかは語るまでも無いので、やっぱり隠密性については考えておいた方が良さそうだ。
「現在時刻は16時。ゲーム内はちょうど真夜中で、イベントまで残り12時間。いい頃合いね」
その後、雑事をこなしていると時間は過ぎて行き、今日のログイン予定時刻になった。
なので私は計算結果をマシンに送ると、『CNP』へとログインした。