141:レッドハーブパーク-6
「じゃあ、改めて確認。あれ、ボスよね。私たちには霧がかかっていて詳細がよく分からないのだけど、タルにはどう見えてる?」
「ボスで合ってると思うわ。姿としては……」
さて、作戦会議である。
まず、ボスの容姿だが、一言で表すならば巨大な花だ。
ただし、花の中心に巨大な眼球が存在し、眼球の脇から血のように赤い花粉を大量にばらまいている。
そして、根っこの脚を操って第三階層に居る犬を追い掛け回しては、葉っぱの拳で叩き潰し、死体に根を張って血肉を啜っている。
第三階層には他の植物は疎らにしかなく、他にボスっぽい個体も居ないので、アレが『赤い葉の薬草園』のボスでいいだろう。
なお、鑑定は敵対行動として判断されるので、まだしていない。
「あの花粉は出血の状態異常付与ですよね」
「……。拳の攻撃は重く、根の攻撃はHPドレインの類か」
「動きはそこまで早くないが、図体がデカいから、シロホワとカゼノマはタゲられないようにしないと危ないな」
シロホワたちはボス戦を何度か経験しているのだろう。
現状から得られる情報をきちんと分析し、淀みなく作戦立案に繋げている。
「あ、このアーチのサイズを考えたら、第二階層からカゼノマとタルの二人で攻撃するのもアリ何じゃね? 俺らも投擲系で補助してさ」
「やってもいいけど、確実にアーチを一時的に大きくされてお終いよ。ダンジョンマスターならそれぐらいは出来るから」
「デスヨネー」
「見た限り第三階層なら地形……と言うより出血毒草は気にしなくてよさそうだから、素直に第三階層で戦いましょう」
「そうですね。その方がいいと思います」
ブラクロの作戦自体は悪くない。
が、それを許すほど甘くはないだろう。
仮に通じるとしたら、相手がよほどの考えなしのパターンぐらいだ。
「じゃあ、正面からマトモに戦うとして……ザリア、俺のを切るか?」
「切るわ。使うかは自己判断だけど、他の皆も必要なら全開で行きましょう。タルは……」
私はザリアから自分の役目を聞かされる。
まあ、ザリアたちとの連携が不慣れな私なら、ザリアの作戦通りに動くのが適切か。
「面白い物が見れることを期待しているわ」
「期待に添えるかは分からないけど、やれるだけやらせてもらうわ」
と言う訳で作戦会議終了。
ザリアが突入のカウントダウンを指を折り曲げて始める。
「ゴー!」
戦闘開始。
ロックオ、ブラクロの二人がまず第三階層に突っ込み、二手に分かれる。
そしてロックオがトマホークのような物をボスの目に投げつけて、自分へと注意を向けさせる。
「鑑定しました! 名前は『薬草園の主』ブラドロサーパ! レベル15! HPは1万と6千ほどです!」
ロックオに注意が向いたタイミングで残りのメンバーも第三階層に侵入。
シロホワが鑑定を行って、その結果を通知し、他のメンバーも作戦通りにばらける。
「さあ、夜だ! 狩りの時間だ! ハンティングナイト! アオオオオオォォォォン!!」
ブラクロが周囲の呪詛をかき集めた上で遠吠えを上げる。
すると赤い波動がブラクロを中心に生じて、それが私たちの体に当たると、オーラとなって私たちの体にまとわりつく。
これがブラクロの呪術。
効果は一定時間、武器を用いた攻撃に追加ダメージが発生するようになると言うもの。
だが最大の特徴は、ブラクロが味方と認識している相手にだけかかると言う事か。
PT機能の存在しない『CNP』で敵味方を識別できる呪術とは、随分と良い物を持っていると言える。
「ブウウゥゥバアアァァァ!」
「ぬんっ……」
と、ここでブラドロサーパがロックオを葉の拳で殴りつける。
ロックオはそれを巨大な盾で、身じろぎ一つ起こさずに受け止めてみせる。
「いっくぞオラアアァァ!」
「セイッ!」
「風よ。礫となって、我が敵を叩け。エアシュート!」
「ブバッ!?」
直後、ブラクロとザリアがブラドロサーパの後方から攻撃を仕掛け、カゼノマの放った風の礫が全身を叩く。
「彼の者に癒しを。ヒール」
「ふんっ!」
そしてロックオが受けたダメージはシロホワが回復し、他のメンバーの攻撃によって生じた隙を突くようにロックオも手に持った小型の斧でブラドロサーパを殴りつけ、タゲが逸れないようにする。
「うーん、私の助力が必要なのか怪しいレベルね」
実に良い連携だ。
ザリアたちの動きに淀みはなく、綺麗に嵌まっている。
PT機能がない『CNP』なのに、まるでPT機能が存在しているような強さである。
ブラドロサーパが実力で言えばベノムラードと同程度かそれ以下である事を差し引いても、これなら余裕そうである。
「まあ、仕事はしましょうか。『
だが、ザリアたちが余裕と言う事は、裏を返せば実力を発揮しきる必要が無いと言う事でもある。
そうなると見れる未知の量が減ってしまうので……出来ればもう少しブラドロサーパには頑張っていただきたいところだ。
とりあえずザリアに頼まれた通り、毒(120)は叩き込んだ。
目の数は13ではなく12にしているけど。
「さて、ダンジョンの核は……」
私がザリアに頼まれた仕事は大きく分けて二つ。
一つは『毒の邪眼・1』などによる支援で、折角なので新たに覚えた『
もう一つはあればの話だが、ダンジョンの核の捜索。
ダンジョンの核を奪い取って、主を私に変えてしまうことで、敵の弱体化を図るつもりのようだ。
「それっぽいのは見当たらないわね」
『ボスがそのまま核のパターンでチュかね』
「うーん、そうかもしれないわね」
第三階層にはほとんど物がない。
疎らに生えている出血毒草、第二階層と繋がるアーチ、ブラドロサーパに叩き潰された犬の死骸、後は一部に石畳が張られた地面と壊れかけの塀、この程度だ。
これまでの経験からして、ダンジョンの核になるようなアイテムなら、相応の見た目をしているはずなのだが、それらしきものは存在していない。
「ブラッドロオオォォ!!」
「うおっ!? 出血のダメージがやべえぇ!」
「兄ぇ……」
「適宜回復を挟むのと、距離を取って出血の状態異常を抑えて! 近くに居続けると危険よ!」
「ブラクロの事ですよ!」
「……」
戦闘の方はブラドロサーパの花粉によって付与された出血により、ブラクロが大ダメージを受けたところか。
うーん、本当に無難に堅実にザリアたちは戦っていて、危なさと言うものがない。
これはもう負ける心配はないかな?
「ブウゥゥゥ……」
「む……」
「大技!」
と、ここでブラドロサーパがあからさまに大技の体勢を取る。
花を天に向けて、赤い球体のようなものを作り始めたのだ。
そして、そのような行動を取りつつも、手足は積極的に動かして、ザリアたちが安易に近づけないようにしている。
あの花粉の球体のような物が弾ければ……まあ、遠く離れた場所に居る私以外に致命的なレベルの出血とダメージが与えられるのだろう。
「やっぱりHPが減ると仕掛けてくるタイプだったわね」
まあ、ザリアの言う通りだろう。
『赤い葉の薬草園』では状態異常の出血に関係するアイテムが数多く手に入る。
それを分かり易く生かすとなれば、出血のスタック値を貯め込む事で、一気に大ダメージを与えるやり方だ。
ならば、ボスがそれを生かした方が楽に倒せる形になっているのも当然のことと言える。
「トリガーを引いたなら仕方が無い! 一気に仕掛けるぞ!」
「そうだな」
「まあ、そうですよね」
ブラクロ、ロックオ、カゼノマが果敢に攻めかかって、ブラドロサーパのHPを削り取って行く。
「戦線の維持は任せておいてください」
「毒は十分。出血は使った端から消費されているわね」
シロホワがHPを回復して回り、私は『出血の邪眼・1』による火力支援を行っている。
ただ、このままだとボスの大技発動までに討伐が間に合う事はなさそうだ。
なので私はそれの準備を始めたが……それよりも早くザリアが動いた。
「決めるわ」
ザリアは道具袋から取り出した容器に入っていた赤い液体を細剣の刃にかける。
そして、ピアッシングの姿勢を取る。
だが放たれたのはピアッシングではなかった。
「すぅ……」
ザリアがブラドロサーパに向かって駆け出す。
「ブウウゥゥラアアァァ!」
ブラドロサーパはザリアに向かって拳を突き出す。
が、ザリアはすれ違いざまにブラドロサーパの拳を切りつけつつ、体を回転させながら更に前へと進む。
「はぁ……」
そして、回転の勢いを乗せつつ、ブラドロサーパの体を切りつける。
特異なのは……ここまでのザリアの攻撃によるダメージが生じていないように見えるのと、気が付けばザリアの細剣が私の目ではっきり捉えられるほどの呪詛を纏っている事。
「我が敵を貫け……」
ザリアはそんな剣を持った方の手を大きく引き……
「ピアッシング!」
「!?」
ブラドロサーパの体……茎と花の境目を正確に貫く。
その勢いはすさまじく、攻撃のエフェクトがブラドロサーパの体を完全に貫いているように見えた。
同時にブラドロサーパの全身に傷口が現れ、大量の血……いや、液体が噴き出し、派手に撒き散らされる。
「ブ……ラ……」
「ふうっ」
完全に倒した。
ブラドロサーパの体が崩れ落ちつつあるのを見て、きっと私とザリチュ以外は全員思ったことだろう。
だが詰めが甘い。
まだ、花粉の球が残っている。
花粉の球は確かな殺意を持って、地面に向かって落ちている。
「仕方が無いわね」
『でチュねー』
「アッ……?」
なので私は邪眼を使っていなかった目で『
ブラドロサーパに一瞬の気絶を与える。
既に命運が尽きているブラドロサーパは、その気絶によって花粉の球の制御権を失った。
結果。
「私たちの勝利ね」
まるでそう言うエフェクトであるかのように花粉の球はほぼ無害な形で、けれどとても派手に弾け飛び、ブラドロサーパは完全に死んだ。
「……」
「あ、バレてるわね」
『まあ、感謝しているっぽいからいいと思うでチュよ』
なお、直後にザリアが視線を私の方に向け、僅かに会釈したところを見ると、ザリア自身にはトドメを刺すには僅かに足りなかった事は分かっていたようだ。
ま、此処から無事に脱出できれば、他のメンバーにもザリアがネタ晴らしをするだろうし、私にはどうでもよい事である。
そう、無事に脱出できれば、だ。
06/12誤字訂正