138:タルウィブリド-1
「さて、時間も無いし、サクサクっと作りましょうか」
『でチュねー』
『ダマーヴァンド』に帰ってきた私は、噴水の方で小麦を適当に刈り取る。
そして、他に必要な物を一通り集めると、マイルームで作業を開始。
専用の道具はないが、まあ何とかなるだろう。
「挽き潰して、ふるいにかけて……」
『赤いのが時々混ざっているでチュね』
「そこは『ダマーヴァンド』産の小麦だから仕方が無いわ」
私は処理によって紅白の小麦粉を手に入れると、毒液を混ぜて小麦粉を練っていく。
するとゲーム的な仕様のおかげか、小麦粉はあっさり丸まってくれる。
灼熱の状態異常を僅かに食らいつつだが、これでパンっぽい物は出来た。
「出血毒草の葉を刻んで、香りがいい毒草と毒キノコも刻んで、甘味の為に花の蜜も混ぜてっと」
『なお、全部有毒でチュ』
「……。そりゃあね。おかげで製作も一苦労だわ」
私は色々な草花を刻んでは、丸まったパンっぽい物に混ぜ込んでいく。
作業中、毒は装備品の効果で防がれ、出血は仕様によって確認できなかったが、沈黙、灼熱、気絶と言った状態異常は何度も襲い掛かってくる。
僅かにだが痛みを感じたタイミングもあったので、微量だが私の血が混ざっている可能性もあるかもしれない。
だが、作業は無事に進んで、いろんな物が混ぜ込まれた事によって、赤と緑が入り混じったサイケデリックな見た目のパンが出来上がる。
「さて、此処からが本番ね」
『呪うんでチュね』
「正確には呪いつつ焼くわ」
いつもの豆によって腹ごしらえを済ませてから、セーフティーエリアの呪怨台の前に立った私は、『
「では始めましょう」
いつも通りに赤と黒と紫の霧が呪怨台の上へと集まっていく。
同時に私は動作キーによって『灼熱の邪眼・1』を6つの目で発動、パンを加熱する。
「私は虹色の眼に新たなる邪な光を与える事を求めている」
最初の加熱に成功したので、そこからは時間差を作ってチャージを開始した『灼熱の邪眼・1』をおおよそ3秒に1発の間隔で撃ち続けながら、念を込める。
「睨み付けたものへ密かに傷を与えて溜める事を求めている」
HPと満腹度に問題はない。
問題は灼熱で、既にスタック値は100を超えている。
「望む力を得るために私は呪いを帯びた血肉を食らう。我が身を以って呪いを知り、血肉として、己が力とする」
少しずつ体が熱くなっていく。
私の体が焼けていく。
けれど同時に霧の中でパンも焼けていく。
「どうか私に機会を。覚悟を示し、出血の邪眼を手にする機会を。我が身に新たなる光を宿す血肉の呪いを!」
思いを込め終わっても、まだ霧は晴れない。
正確に言えば、パンが霧を飲み込む傍ら、新たな霧がパンを包み込んで、霧が補給され続けている。
だから私は同じペースで、豆によって満腹度を回復させつつ、『灼熱の邪眼・1』を撃ち込み続ける。
「焼き上がったわね」
やがて『灼熱の邪眼・1』を70回程度発動。
私の体にかかっている灼熱のスタック値が1000に達したところで、霧が晴れ、中から若干茶色くなったパンが現れる。
そして私の鼻孔を直撃したのは……
「いい……匂いですって……。そんな、あり得ないわ……」
『馬鹿な……何故、あの材料で美味しそうな匂いがするでチュか……』
良く焼けたパン特有の食欲をそそる匂いだった。
私もザリチュも思わず動揺してしまう。
「い、一体どんな未知の反応が起きれば、こんな事が起きるのかしら……」
『ま、まだ分からないでチュよ。良いのは匂いだけで、味はゲロマズかもしれないでチュ……』
「そ、そうね。まずは鑑定をしてみましょう」
『分かったでチュ』
私は『鑑定のルーペ』を向ける。
△△△△△
呪術『出血の邪眼・1』のパン
レベル:10
耐久度:100/100
干渉力:100
浸食率:100/100
異形度:10
変質した毒の液体が混ぜ込まれたパン。
覚悟が出来たならば食べて、胃の中に収めるといい。
疼きに耐え切る事が出来たならば、君が望む呪いが身に付く事だろう。
▽▽▽▽▽
「……。よし、食べましょう」
『分かったでチュ』
私は呪術『出血の邪眼・1』のパンを食べる。
味は……見た目に反して普通だ。
美味くも無ければ不味くもない。
「ふぅ……」
で、無事に食べ終わったところで、私はセーフティーエリアの床に横たわる。
まあ、空中浮遊があるので、横たわると言っても少しだけ浮いているが。
「っつ!?」
そして始まった。
『大丈夫でチュか?』
「だいじょ……っつ」
『チュッ!?』
全身が疼き始め、ザリチュの言葉に応えただけで血が噴き出して、私のHPが削れた。
これは……厳しいかもしれない。
『動いてはいけない。と言う事でチュか』
動く事をトリガーとして出血が発動する。
失われるHPの量は動いた量に応じる。
通常の出血と違って、一度発動したら終わりではなく、発動する度に出血の状態異常は補充される。
『呼吸と瞬きにすら反応するでチュか……』
息を吸うために胸が動くだけで血が噴き出す。
瞬きをしても、目を閉じ続けるために力を込めていても血が噴き出す。
幸いにしてこの程度ならばセーフティーエリアの仕様もあって耐える事は出来るだろう。
『耐えるしかないでチュねぇ……』
全身の肉が動きたいと疼いていなければ。
灼熱の状態異常による火傷とパンの呪いによって全身の皮膚がかゆみを訴えていなければ。
無意識の動作すら許されない現状でこれを耐えるのは……鋼のような精神力を必要とするだろう。
『まあ、頑張るでチュよ。たるうぃ』
そうして私は一時間、何もせず、ただ浮き続ける。
ふふっ、ふふふふふ、ははははは! うん、暇! 実に暇!
けれどこうして暇を持て余すしかないと言う経験は珍しい物であるし、そういう意味ではこれもまた未知の一種だろう。
ならば耐えられる。
耐えて、耐えて、耐えて、動けるようになったら、この疼きとやる気をザリアとの行動で発散すればいい。
≪呪術『出血の邪眼・1』を習得しました≫
≪称号『邪眼術士』、『ゲテモノ食い・2』を獲得しました≫
「ようやくね」
『お疲れでチュ』
習得のインフォと共に私は体を起こす。
残りHPは……結構怪しくなっているか。
とりあえず詠唱キーと動作キーを設定した上で、私は改めて自分を鑑定する。
△△△△△
『蛮勇の呪い人』・タル レベル13
HP:225/1,120
満腹度:50/100
干渉力:112
異形度:19
不老不死、虫の翅×6、増えた目×11、空中浮遊
称号:『呪限無の落とし子』、『生食初心者』、『ゲテモノ食い・2』、『毒を食らわば皿まで・2』、『鉄の胃袋・2』、『呪物初生産』、『毒使い』、『灼熱使い』、『沈黙使い』、『呪いが足りない』、『暴飲暴食・2』、『呪術初習得』、『かくれんぼ・1』、『ダンジョンの支配者』、『意志ある道具』、『称号を持つ道具』、『蛮勇の呪い人』、『1stナイトメアメダル-3位』、『七つの大呪を知る者』、『呪限無を垣間見た者』、『邪眼術士』
呪術・邪眼術:
『
所持アイテム:
毒鼠のフレイル、呪詛纏いの包帯服、『鼠の奇帽』ザリチュ、緑透輝石の足環、赤魔宝石の腕輪、目玉琥珀の腕輪、真鍮の輪、鑑定のルーペ、毒噛みネズミのトゥースナイフ、毒噛みネズミの毛皮袋、ポーションケトルetc.
所有ダンジョン
『ダマーヴァンド』:呪詛管理ツール、呪詛出納ツール設置
▽▽▽▽▽
△△△△△
『出血の邪眼・1』
レベル:10
干渉力:100
CT:4s-4s
トリガー:[詠唱キー][動作キー]
効果:対象周囲の呪詛濃度×1+1の出血を与える
貴方の目から放たれる呪いは、敵がどれほど堅い守りに身を包んでいても関係ない。
全ての守りは破れずとも、相手の守りの内に直接傷を潜ませ、別の傷が刻まれた時に開くのだから。
注意:使用する度に満腹度が1減少。
▽▽▽▽▽
△△△△△
『邪眼術士』
効果:貴方の編み出した術を他者に教える術が明確になる
条件:オリジナルの邪眼術を5つ習得する。
貴方は他者に呪いを授ける力を得た。
▽▽▽▽▽
△△△△△
『ゲテモノ食い・2』
効果:不味いと判断される食べ物の味が良くなる(小)
条件:一般的でないと判定される食べ物を一定量以上食べる
普通でない食べ物の方が素晴らしい。そうは思わないかね?
▽▽▽▽▽
「『
『『ゲテモノ食い・2』については、むしろようやくって感じでチュよね』
うん、色々と得ている。
得ているが、この中で問題になるのは……。
「さて、『邪眼術士』はどうしたものかしらね」
『どうするでチュかねぇ……』
『邪眼術士』の称号と、称号取得に伴って他のプレイヤーやNPCに私が習得している5つの邪眼を教えられるようになったことだろう。
どう扱っても、表に出た時点でトラブルになる予感しか感じなかった。
しかも、ざっと見ただけでもかなり複雑なシステムになっているようだし、暫くは放置する事になりそうだ。
「とりあえず一度ログアウトするわ」
『分かったでチュ。お疲れ様でチュー』
とりあえずザリアたちとの約束に合わせるために、私は一度ログアウトした。