13:メイクケトル-1
「さて、右のオフィスはっと」
セーフティーエリアを出た私は右の通路に向かい、瓦礫の坂道を飛び越えて、新しいオフィスに入る。
「ヂュウッ……」
「……。目新しい物は木の板くらいか」
で、探索の結果。
毒噛みネズミ四匹と数本のケーブル、それと使い勝手の良さそうな木の板を見つけた。
回収内容としては毒噛みネズミの前歯三本に、ケーブル、木の板、欠けが一切ない完全な毒噛みネズミの死体が一つ。
まあ、悪くはないだろう。
とりあえず、この毒噛みネズミの死体を解体処理すれば、新しい服ぐらいは作れるのではないかと思う。
「しかし、アレね。トゥースナイフにしたのはいいけど、武器についてはもう少し考える必要があるかも」
それと、毒噛みネズミと戦っていて、武器の扱いについて感じた事がある。
いやまあ、元から分かっていた事ではあったが、呪怨台によるアイテム作成とか呪詛濃度不足とか今後の目標とかで忘れていただけなのだが。
「私がマトモに武器を振るのは無理があるし」
私は手に持ったナイフを横に振る。
すると空中浮遊によって地面に足を着けていない私の体は、ナイフを振った方向とは逆に動いてしまう。
この感じは回転椅子に座った状態で、床に足を着けずに腕を振ってもらえば分かるだろうか。
とにかく身体は作用反作用と言う偉大な物理法則によって自然に動いてしまい、腕が動いた分だけナイフの勢いは削がれている。
これではマトモにナイフの刃で相手の身体を切る事など出来ないだろう。
場合によっては、ナイフの刃と相手の体が触れている部分を支点として、私の体が回転してしまうくらいありそうだ。
なお、本来なら身体の回転に合わせて視界も回転することになってしまうのだが、私はその点については目が13個あるので問題は無い。
「まあ、ナイフならまだマシな方ではあるか」
話を戻して。
実のところとしてナイフ、それに鉄筋付きコンクリ塊のような短い武器ならば私でもまだ扱える。
前歯の状態で使っていた時の様に、相手の体にしがみついた上でナイフを突き立てればいいのだから。
全く扱えないという訳ではない。
「このくらいの長さになると……うん、どうしようも無さそうね」
私はボロボロの武器としては使えなさそうな長さ1メートルほどの棒を見つけると、手に取って軽く振ってみる。
するとナイフの時とは比べ物にならない程に体が回ってしまうし、速さも鋭さも足りない感じだった。
これではきっと敵に当てても1ダメージにすらならないだろう。
私は棒を捨てた。
「んー……」
で、改めて空中浮遊の厄介さに私は閉口する。
そもそもとして、既存の武術と言うのは両足を地面に着いているのが基本以前の共通認識である。
しかし、空中浮遊の呪いを得てしまった私は、その共通認識の外に出てしまった。
アバターを作り直す気が無い以上、私は別の戦い方を考える必要がある。
「一つはナイフや小型メイスを使った超近接戦」
一つ目の戦い方は今まで通り。
ただ、私の身のこなしで、素早い動きが要求されるのが目に見えている超近接戦は……いずれ詰む予感が見えて仕方が無い。
「一つはどうにかしてマジックユーザーになる事。投擲物の連打もありかな」
二つ目の戦い方は遠距離戦中心にすること。
うん、現状では無理。
ゲームが進めば、魔法っぽい呪いも見つかるのかもしれないが、現状ボッチプレイヤーかつNPCもネズミしかいない環境ではヒントもないだろう。
投擲についても、アレはある程度資源や資金に余裕が無いと無理がある。
銃? 弓? まあ、頭の隅には置いておこう。
あったところで扱えるとは思えないけど。
「一つは……いっそ武器自身の重量を生かし、遠心力なんかで無理やりぶち抜くスタイルかな? これならたぶん私でもいける」
三つ目の戦い方は武器自身の質量や加速でどうにかしてしまう事。
一瞬の加速の為に地面を踏むぐらいなら出来るのだから、その一瞬の加速で十分な成果を出せるようにしてしまえば良いという手法だ。
思いつくのは大斧に大剣に大槌に……いや、この辺だと重量の関係で私が持つことがそもそも出来ないか?
重さはそれなりで、武器自身が加速を持ってくれるような武器かぁ……ちょっとリアルの方で探してみるか。
「さて、次の部屋は……」
私は考えるのを止めて、探索を再開する。
現状、セーフティーエリアから見て左右のオフィスの探索は終えた。
残りは左右のオフィスにある小部屋である。
順当に考えれば、この空間に別の階に繋がる階段などがありそうな気はする。
「……」
左右のオフィスを繋ぐ通路は全部で三本。
どの通路も中ほどで壁が途切れているので、恐らくはセーフティーエリア正面の通路から繋がる形で一本横の通路もあるのだろう。
そして、正確な位置は分からないが、何処かの部屋で何かが動く音やネズミの鳴き声のようなものは聞こえている。
つまり、敵は居る。
「んー……」
私はセーフティーエリアから見て、一番奥の通路に警戒しながらゆっくり入る。
向こうのオフィスに毒噛みネズミが居る姿は見えているが、向こうに気付いた様子はない。
そして、通路の左右には複数のドアだったものが並んでいる。
部屋の中は……瓦礫や机の残骸が積み重なっているだけか。
「此処は無事そうかな」
と、フロア全体で見るならば、セーフティーエリアがある場所の真反対に位置する部屋の前に私は着く。
ドアは閉まっている。
なので、中から物音の類がしないことを確認してから、開けてみる。
「給湯室? はっ!」
部屋の中は給湯室。
ネズミに荒らされた様子は見えないが、例の風化現象によって棚やコンロと言ったものは壊滅している。
しかし、私はそれがある可能性に気付いて、急いで給湯室の中に入ると、扉を閉める。
恐らくだが、これで探索中にネズミたちがやってくることは無いはずだ。
「給湯室ならきっとアレがあるはず……」
私は瓦礫と残骸の山を出来る限り静かに漁り始める。
コンロが置かれているような給湯室なら、アレかアレに類するものくらいなら置かれているはずだ。
「あった!」
そうして私が残骸の山から見つけ出したのは、黄金色に輝く一個のヤカン。
しかも、一切の風化が起きていない完全な状態のヤカンだ。
「鑑定鑑定っと」
私は早速『鑑定のルーペ』をヤカンに向ける。
△△△△△
金属製のヤカン
レベル:1
耐久度:100/100
干渉力:100
浸食率:100/100
異形度:2
金属製のヤカン。湯を沸かすために使用するのが一般的。
呪いによって蓋が外せず、継ぎ手が動かなくなっている。
▽▽▽▽▽
「ん? 蓋と持ち手が動かない?」
私はヤカン上部の持ち手を握った上で、軽くヤカンを振ってみる。
普通ならば、私の動きに合わせて本体と持ち手の間にある部分が動くのだが、一切動かない。
また、抱え込んで蓋を外してみようとしたが、こちらもまた動く気配はなかった。
どうやら説明通り、呪いによって動かないようになっているようだ。
「……」
私は少し考えて……問題ないと判断した。
私が考えている使い道を考えたら、この程度は些細な問題である。
「よし、一度セーフティーエリアに戻ろう」
そうして私は毒噛みネズミの毛皮袋にヤカンを収納すると、左のオフィスに居た毒噛みネズミを殲滅。
レベルアップすると共に、セーフティーエリアに戻った。
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『呪限無の落とし子』・タル レベル3
HP:1,020/1,020
満腹度:100/100
干渉力:102
異形度:19
不老不死、虫の翅×6、増えた目×11、空中浮遊
称号:『呪限無の落とし子』、『生食初心者』、『ゲテモノ食い・1』、『毒を食らわば皿まで・1』、『鉄の胃袋・1』、『呪物初生産』、『毒使い』、『呪いが足りない』
所持アイテム:
壊れないボロ布の上着、壊れないボロ布の下着、鑑定のルーペ、鉄筋付きコンクリ塊、毒噛みネズミのトゥースナイフ、毒噛みネズミのトゥースナイフ、毒噛みネズミの毛皮袋etc.
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