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128:タルウィスタン-2

「さて、まずはこれね」

『蜂蜜でチュか』

 では、作業開始である。

 まず用意したのは、『蜂蜜滴る琥珀の森』の蜂蜜。

 この蜂蜜は味が良いものだが、それ以上に摂取すると干渉力が一時的に強化される働きを持っている。


「いい感じね」

 で、これを容器ごと呪って、中に入れた物の干渉力を一時的に強めるように変化させた。

 そして、干渉力強化アイテムになったところでいつも通りに毒液を入れ、電撃の石ころも入れた。


『バチバチいっているでチュね』

「電撃の石ころの干渉力が上がった事で、放電が活発になっているのね」

『臭いでチュね』

「毒液の干渉力が上がった事で、臭いと言う形で干渉する力も強まっているんでしょうね」

 毒ネズミたちの前歯製の容器が放電を始めたため、私はセーフティーエリアの床に容器を置いて安全を確保。

 それから適当な大きさの骨を使って、容器の中身をよく掻き混ぜていく。


「だいたいいいかしら」

『放電、収まっているでチュね』

「代わりにかなりの帯電をしているわ……っつ!?」

 私は容器を持つ。

 と同時に、激しい静電気による鋭い痛みが手全体を襲う。

 普通の静電気なら接触面積を大きくすることで防げるはずなのだが……そう甘くはないか。

 とりあえず呪怨台に乗せてしまおう。


「さて……」

 いつものように赤と黒と紫の霧が集まってきて、容器を覆い隠していく。


「私は虹色の眼に新たなる邪な光を与える事を求めている」

 私の13の目が容器を隠した球体へと向けられる。


「睨み付けたものへ刹那の停滞と虚脱を与えるような力を求めている」

 どのような力を求めるかは既に決めている。

 霧も順調に幾何学模様を描いている。


「望む力を得るために私は雷を飲み干す。我が身を以って与える雷を知り、飲み干し、己が力とする」

 黄色と言うには白が混じり過ぎた光が幾何学模様に混ざっていく。

 霧は雷雲のように稲光を放ち始める。


「どうか私に機会を。覚悟を示し、気絶の邪眼を手にする機会を。我が身に新たなる光を宿す雷の呪いを!」

 霧が容器へと飲み込まれていく。

 周囲に何度か稲光が放たれ、空気が弾ける音が響き渡る。

 その中で私はどの目も逸らさず、容器を見つめ続ける。

 そして、霧が晴れた後には、見た目には全く変化のない容器が呪怨台の上に乗っていた。


「さて、鑑定ね」

『どうなったでチュかねぇ』

 私は容器を手にとって、『鑑定のルーペ』を向ける。



△△△△△

呪術『気絶の邪眼・1』の蜜

レベル:10

耐久度:100/100

干渉力:100

浸食率:100/100

異形度:10


変質した毒の液体と強烈な電撃が内包された粘性の高い蜜。

覚悟が出来たならば一息に呑み込んで、胃に収めるといい。

倒れずにいられれば、君が望む呪いが身に付く事だろう。

▽▽▽▽▽



「あ、はい。飲んだ瞬間にヤバい何かが来るのね」

 どうやら今回は命の危険はないが、習得失敗のリスクについては高まっているようだ。

 説明文通りなら、飲んだ後に倒れるような何か……恐らくは気絶の状態異常が来て、それで倒れてしまったなら習得失敗になるのだろう。

 この辺はきっと素材入手の手間暇や、習得しようとしている呪術の性能との兼ね合いなのだろう。


「うーん、外で飲みましょうか」

『チュ?』

 いずれにせよ、私に失敗する気はない。

 何が起きるかは大半は未知であるが、未知であるこそ出来る限りの備えをして挑むべき。

 と言う訳で、私は呪術『気絶の邪眼・1』の蜜を持ったままセーフティーエリアの外に出ると、噴水の所で赤い豆だけを選別する形で10個ほど回収。

 その上で、第五階層……『ダマーヴァンド』の屋上に立つ。


『まさかとは思うでチュけど……』

「今回の場合、倒れると言うのは、自分の意志にそぐわない形で地面に落ちて触れる事だと思うのよね。裏を返せば、落ちても地面に触れなければ、倒れた事にはならない」

『へ、屁理屈でチュ。口プロレスに近いでチュよ。それは』

「まあ、上手くいかなくても文句は言わないわ。身勝手な理屈に近いのは分かっているから。でもね……」

『でも?』

「多少の身勝手で、新しい呪術の習得確率が上がるかもしれないのであれば、試す価値は十分にあるでしょう?」

『結局いつものたるうぃでチュねぇ……』

 視界は良好。

 風は良い感じにビル風が吹いている。

 空は綺麗な太陽が昇っていて、雲一つない。

 荒れ果てたビル街に緑はなく、例外は『ダマーヴァンド』の周囲ぐらいか、だいぶ垂れ肉華シダの苔に覆われている。


「青天の霹靂となるか否か……いざ」

 私は呪術『気絶の邪眼・1』の蜜を飲み干す。

 味は悪くない。

 最初に突き抜けるような刺激があったが、基本的にはゲロ甘いサイダー程度のものだ。

 そして飲み干したところで、私はすかさず赤い豆を口の中に放り込む。

 直後。


「っつ!?」

『チュアッ!?』

 まるで雷に打たれたかのような衝撃と共に、私の視界が黒く染まり、傾き、ビルの外へと崩れ落ち始める。

 ダメージは殆どなかった。

 だが、気絶(600)と言う有り得ない数字が表示され、0.1秒につき1ずつ減っていくと言うハイペースでカウントが減っていく。

 なるほど、気絶のスタック値10につき、1秒の意識喪失が気絶の仕様。

 つまり、順当にいけば私は1分間気絶し続ける事になるわけだ。


「かっらぁっ!」

 が、私は1秒にも満たない時間で強制的に目覚めた。

 口の中に含んだ赤い豆の辛み成分による、強制覚醒作用だ。

 そして地面が既に目の前に迫っていたので、私は半ば反射的に背中の翅を動かして減速。

 倒れる事なく着地に成功した。


≪呪術『気絶の邪眼・1』を習得しました≫

「ひいぃぃ……助かったけど、酷い辛味……うわ、灼熱が100を超えてる……あー、これ、使い勝手は良さそうだけど、色々吹っ飛ぶわね……」

『10個は多すぎたと思うでチュよ』

「加減が分からないわ……とりあえず詠唱キー『気絶の邪眼・1(タルウィスタン)』セット。動作キーセット。はい、鑑定」

 無事に呪術の習得は出来た。

 しかし、この分だと、暫くは味覚の麻痺が発生……あ、よく見たら状態異常で味覚障害(12)とか出てる。

 認識したタイミングで出てきた事に色々と嫌な予感を覚えるけど、とりあえず得たものを確認しよう。



△△△△△

『蛮勇の呪い人』・タル レベル12

HP:727/1,110

満腹度:68/100

干渉力:111

異形度:19

 不老不死、虫の翅×6、増えた目×11、空中浮遊

称号:『呪限無の落とし子』、『生食初心者』、『ゲテモノ食い・1』、『毒を食らわば皿まで・2』、『鉄の胃袋・2』、『呪物初生産』、『毒使い』、『灼熱使い』、『呪いが足りない』、『暴飲暴食・2』、『呪術初習得』、『かくれんぼ・1』、『ダンジョンの支配者』、『意志ある道具』、『称号を持つ道具』、『蛮勇の呪い人』、『1stナイトメアメダル-3位』、『七つの大呪を知る者』、『呪限無を垣間見た者』


呪術・邪眼術:

毒の邪眼・1(タルウィベーノ)』、『灼熱の邪眼・1(タルウィスコド)』、『気絶の邪眼・1(タルウィスタン)


所持アイテム:

毒鼠のフレイル、呪詛纏いの包帯服、『鼠の奇帽』ザリチュ、緑透輝石の足環、赤魔宝石の腕輪、真鍮の輪×2、鑑定のルーペ、毒噛みネズミのトゥースナイフ、毒噛みネズミの毛皮袋、ポーションケトルetc.


所有ダンジョン

『ダマーヴァンド』:呪詛管理ツール設置

▽▽▽▽▽


△△△△△

『気絶の邪眼・1』

レベル:10

干渉力:100

CT:0.2s-60s

トリガー:[詠唱キー][動作キー]

効果:対象に電撃属性1ダメージ(固定)+気絶(1)を与える


貴方の目から放たれる呪いは、敵がどれほど堅い守りに身を包んでいても関係ない。

全ての守りは破れずとも、相手の守りの内に直接雷を生じさせるのだから。

注意:使用する度に満腹度が5減少する。

▽▽▽▽▽



「うーん、ピーキーね」

『良くないと言う事でチュか?』

「いえ、凄くいいものよ。使い道は幾らでもあるわ」

 ある意味私の望んだ通りの効果、刹那の停滞と虚脱を与える事に特化する事が出来ている。

 チャージが0.2秒しかないのなら、スクナ級の相手でもなければ、見てからチャージしても間に合うし、動作キーは親指と中指をくっつけて弾く……つまりは指パッチンの変形で登録してるから、詠唱が間に合わない事もない。

 そして、0.1秒の気絶であっても、なったタイミング……例えば呪術を放とうとする瞬間や、全速力で駆けている時に意識が途絶えれば、どのような惨事が起こるかは想像に容易い。

 そう考えればクールタイムの長さと満腹度の消費は当然と言うか、むしろ安いまであるだろう。

 だからこそ、使いどころは考えるべきだろう。

 直接的にダメージを与える呪術ではないのだから。


「さて、とりあえず『ダマーヴァンド』に戻りましょうか」

『でチュね』

 こうして無事に私は『気絶の邪眼・1』を習得した。

 が、『ダマーヴァンド』に着いた所で、ログアウトの時間が来てしまったので、私はログアウトした。

 分かってはいたし、定期的に確認しておくべきだったので仕方が無いが、やはりこのビルを地道に下から昇っていくと長い……。

05/30誤字訂正

05/31誤字訂正

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