123:デリバリーファング-1
本日二話目です。
今回は別キャラ視点となります。
「カー君! もう何処に行ってたのー? 何日も見ていなかったから、心配してたんだよ」
「バウッ」
『CNP』、異形度5以下のプレイヤーたちのスタート地点にして、現状唯一の街であるサクリベス。
その外れの方にある木々に囲まれた家の前で、額に角、背中に一対の翼、両耳が目に見えて尖っている女性が、カーキ色の犬を見つけると、嬉しそうであると同時に心配していたと言う感情を含めた声を上げる。
それに対してカーキ色の犬は久しぶりの再会を喜ぶような声を上げつつ、とびかかり、じゃれつく。
「よしよーし、久しぶりに会ったけど元気そうだねー」
「ワンワンッ」
さて、改めて言うまでもないことかもしれないが、カーキ色の犬はタルと共に『蜂蜜滴る琥珀の森』で『黄金の蜜珠』を手に入れたプレイヤー、カーキファングである。
そして、カーキファングがじゃれついている彼女こそが、一部の掲示板にて飼い主と呼ばれているNPCの女性である。
「ふふふ、やっぱり動物は癒されるなぁ……。あ、そうだ、カー君、聖女様が言っていたんだけどね」
カーキファングは女性にされるがままと言った様子で撫でられ、犬の顔であるから分かりづらいが、人であるならば明らかにだらしないと言う表情を浮かべる。
その姿は正に駄犬と呼ぶにふさわしく、カーキファング自身それを理解しているからこそ、否定もしない。
それどころか、カーキファングは掲示板で駄犬呼ばわりについて何か言われたら、堂々と返すだろう。
『駄犬で何が悪い。あんな可愛い子と触れ合う対価が駄犬呼ばわり程度であると言うならば、俺は喜んで駄犬と呼ばれよう!』
と。
筋金入りの駄犬である。
「ッ……スンスン」
「カー君?」
さて、一通りモフられたところでカーキファングは何かの匂いを嗅ぎつけたような動作をする。
そして、いつの間にか置かれていた箱へと女性を誘導した。
「これって……」
箱の中に入っていたのは、カーキファングが手に入れた『黄金の蜜珠』。
女性はその姿を見ると、カーキファングにこの場を任せた上で、神殿に向かって駆け出す。
女性は神殿で最下級の下女として働いている身であったが、そんな女性であってもこの物体が誰からの贈り物なのか、どのような物かは直ぐに分かった。
自分の手に負えない事も、自分で持って神殿に向かうのが危険である事もだ。
「おお、流石は無銘殿だ。まさかこんなあっさりとは……」
「幾つかある材料の中でも最も入手が難しいと思われていたのに……」
「これが『黄金の蜜珠』。なんと美しい……」
「その……」
「分かっている。これは無銘殿の手柄。いつか彼が我々の前に姿を現した時の為に、きちんと記録はしておくとも。ああ、君がどういう状況で見つけたのかも記録しておきたいから、一緒に神殿へ」
「あ、ありがとうございます。分かりました。誠心誠意お話します」
やがて、女性に連れられて衛視たちがやってくると、『黄金の蜜珠』を厳重な警備の下に回収していく。
後に残されたのは、衛視の中でも特に豪華な装備を身に着けた壮年の男性一人とカーキファングだけだった。
「また手柄を上げたな。無銘殿」
そして男性は何の躊躇いもなくカーキファングに向かって話しかけ、カーキファングは何も知らないと言わんばかりに顔を背ける。
「やれやれ……まあ、そのまま聞いてくれ。私たちサクリベスの衛視一同、それに真っ当な頭の上層部が貴公に感謝しているのは事実だ。それこそ、貴公にかかっている呪いが如何なるものであっても、特別待遇を認めて良いと言う程度には」
「……」
カーキファングは興味はないと言わんばかりに、その場に伏せ、耳も降ろす。
「まあ、貴公はそうなのだろうな。となると、我々が出来るのは、サクリベスとは別にあの子を守る事ぐらいか。なに、命に代えても守るから、安心……ああ、分かってる。守るものも含めて無事であれと言う事なんだろ。分かっているとも」
「……」
カーキファングが僅かに犬歯を覗かせ、鋭い目を向けた事で、男性は紡いでいた言葉の内容を少し変える。
「……。少しだけ今回の件の裏話をしておこう。サクリベスに出入りできる者には話さないでおいてくれ」
「……」
男性は少しだけ目を瞑って落ち着き、目を開けて周囲の様子を窺った後、ほんの僅かに声を小さくしてから話をする。
「今回貴公が回収したのは『黄金の蜜珠』だが、アレは他の材料と組み合わせて、『カース』と呼ばれる呪いが集まって生物のような姿を成した化け物への対処に使われる。具体的にはサクリベスの周囲にこれまでとは別に結界を張って、『カース』限定で侵入を阻止するようにするのだ」
「……」
「貴公が『カース』を目にしたことがあるかは分からない。だが、聖女様曰く、『カース』は目にしただけでも命を奪われかねない程に危険な存在であるらしい。貴公も出会う事があったら、気を付けて欲しい」
「……」
「ただ、正直な意見を言わせてもらうとだ。今回の件の切っ掛けになった虹色の目を持った化け物。アレが貴重な戦力を使って、希少な品を探し出し、聖女様たちに多大な負担をかけてまで結界を改良するほどに危険な存在であるとは、私にはとてもではないが思えないのだ」
「……」
カーキファングは何かを言いたげな目をするが、口に出す事もなく男性の話を聞き続ける。
「むしろ、外からやってくる災いよりも、今のサクリベスが優先するべきは街の中に潜んでいる害悪ではないかとも思う。奴らは自分たちが誰の犠牲の上に立っているのかを理解した上で嘲笑い、呪いなど無縁のように生きているが、私からすれば奴らこそが呪いの源泉、『カース』のようなものだよ。立場上、表立って批判は出来ないがね」
「……」
男性の口元に犬歯では説明がつかない程に鋭い牙が現れる。
「無銘殿。まず有り得ないだろうが、神殿の奥に引き籠っている奴らが外に出て来て、貴公と会う事があれば、躊躇いなく喉笛を噛み千切ってやれ。奴らは呪い持ちを目の敵にしている。貴公が懇意にしている彼女など、視界に入っただけで殺されかねない程だ」
「……」
「今の時代、もう呪いなしで生きる事など叶わんのだ。奴らにはそれが分からず、現実を見ようともしない……そんな時が来ない事が望ましいが、もしも来てしまった時にはサクリベスの民衆を守る方向で動いてもらえると助かる」
「……」
カーキファングが親しくしている女性と違って、男性はカーキファングの正体も大事にしているものも理解した上で、利用しようとしている。
だが不快ではない。
結局のところ、男性は女性も含めてサクリベスの民衆と部下たちを守りたいだけ。
そして、カーキファングにとって、その意思は賛同する価値があるものだった。
「さて、そろそろ戻らないと怪しまれてしまうな。では私はこれにて失礼する。無銘殿、貴公の活躍……いや、安寧を願っている」
「バウッ」
男性が去り、カーキファングも去る。
男性は神殿に向かい、カーキファングはサクリベスの北門から外に出て行った。
サクリベスの何かを刻む時計は確実に進んでいる。