120:ハニーアンバー-7
本日一話目です
「俺は退きたい。と言うより、折角手に入れたアイテムなんだ。一刻も早く届けたい」
「俺もだな。毛皮を服に出来る職人に会いたい」
カーキファングとマントデアの二人は撤退希望。
まあ、二人とも目的は達しているのだし、その気持ちは分かる。
特にカーキファングの方はイベントにも絡んでいるのだし、ゲーマーなら気になって当然だろう。
「熊ですは蜂蜜が好きな熊ですが、この先の階層はちょっと踏み入れたくないです。なんと言うか、嫌な予感がしますので。なので熊ですも、もう帰ろうと思うのです」
熊ですも撤退希望。
元々熊ですは流れで付いてきたようなものだし、好きにすればいいとは思う。
「私は行きたいです。検証班として、誰も到達したことがないエリアに入って色々と探れる機会を見逃すことなんて出来ませんから」
ストラスさんは進む事を希望。
どうやら検証班らしく、未知を解き明かす事に対して強い関心があるようだ。
「私も行きたいわね。折角の未知のエリアを見逃す事なんて出来ないわ」
『でチュよねー』
私は当然進む事を希望。
地面と木々の全てが琥珀色に染め上がっている森なんて現実にはあり得ない光景を前にして、ただ退く事など出来るはずもない。
「じゃあ、ここでお別れだな」
「ですね。PT機能のないゲームですし、個々人で好きに動きましょう」
「では、熊ですはさっさと落ちるのです。お昼ご飯に遅れたら、怒られてしまうのです」
はい、と言う訳で、一緒に行動するのは此処まである。
熊ですは結界扉を開けて、姿を消した。
なお、現在のリアルの時刻は12時ちょうどで、切りどころとしても良い所である。
「タル。アンタの報酬の受け取りはどうする?」
「そうね……可能なら、今日の20時に此処の入り口の広場か、森のセーフティーエリアでしましょうか」
「分かった。なら、森のセーフティーエリアでやろう。俺は職人の都合でそっちに居るはずだし、カーキファングもイベントのサクリベスに一度行くからな。帰ってくる手間を考えたら、そっちのが良いだろう」
「そうね。それでいいと思うわ」
「タル、イベントの内容次第では、俺からの報酬については明日以降になるかもしれないが、それでも構わないか?」
「全然問題なし。むしろ最新情報になって美味しいくらいね」
私はマントデア、カーキファングの二人をフレンドとして登録する。
これで時間通りに会えなくても、問題はなくなった。
そして、二人も結界扉の中に入っていき、姿を消した。
うん、マントデアの巨躯が結界扉の中に平然と入ってくのは、やはり不思議で、未知が詰まった良い光景だった。
「ではタル様。私たちは……」
「今日のログイン時間はリアル時間で残り4時間程。マントデア、カーキファングの報酬にゲーム内時間で3時間、リアル時間で1時間は残しておきたいのよね。となると使えるのはリアル3時間のゲーム9時間か。十分あると言えるわね」
こうして『蜂蜜滴る琥珀の森』に残されたのは、私とストラスさんの二人だけになった。
今すぐにこの先に挑んでもいいが……。
「とりあえず一度休憩しましょうか。それで……そうね。リアル14時から探索を開始しましょう」
「そうですね。ゲーム内で半日過ごして疲労も溜まっていますし、一度休憩しましょうか。ではタル様。お先に失礼します」
「ええ、また後で」
『ログアウトでチュねー』
うん、未知には万全の状態で挑むのが、正しい姿勢だ。
と言う訳で、私は一度ログアウトして、休憩を取ることにした。
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「ログインっと」
『はい、お帰りでチュー』
で、予定通りに14時ログインである。
ストラスさんは……ちょうど入ってきたか。
では、必要なアイテムだけ持って、セーフティーエリアの外に出るとしよう。
「タル様、時間丁度ですね。では、よろしくお願いします」
「そっちもね。こちらこそよろしくお願いします」
セーフティーエリアの外に出た私はストラスさんと合流して、境界である大岩の前に横並びになって立つ。
「ではタル様。この先の光景について、タル様の見える範囲で説明してもらっていいですか? 私の目だと草木も小川も琥珀色に染まっているのが見えるぐらいなので」
「分かったわ」
ストラスさんの異形度は4。
対するこの先の第三階層の呪詛濃度は、恐らく12。
差し引き8で……ストラスさん視点だと、どう足掻いてもシステム的に60メートルちょっとまでしか見えず、マトモに見える距離となると20から30メートル程度か。
戦闘はどうにか出来るかもしれないが、常に不意打ちを受けるくらいのつもりで行動する事になるだろう。
「まず、地面、草、木、木から垂れ出る蜂蜜、全てが琥珀色ね」
「はい」
「で、地面を流れている蜂蜜だけど、流れを止めて水たまりのようになっている場所が幾つか見受けられるわ。粘性次第ではトラップの類になっていると思う」
「なるほど」
「モンスターは目に見える範囲には居ない。でも、何時出てきてもおかしくないでしょうから、警戒は怠らないで」
「分かりました」
私はとりあえずの説明をした上で、第三階層に足を踏み入れる。
ストラスさんも私に続く形で、足を踏み入れる。
まあ、二人とも空中浮遊持ちなので、踏み入れると言うよりは、滑り込むの方が正しい気もするが。
「これって蜂蜜じゃなくて琥珀そのものですかね?」
「みたいね。完全に固まってるし、石みたいに固まってる」
琥珀は樹液が化石になったものであるはずで、蜂蜜と色は似ているが全くの別物だ。
だが、第三階層に入った私とストラスさんが、固まった地面や木を軽く叩いた限りでは、此処にあるのは蜂蜜ではなく琥珀ばかり。
木から滴っているのは確かに蜂蜜のはずなのだが、蜂蜜の流れは気が付けば琥珀の地面に変わっている。
「タル様。木の中に人の影のような物が見えるのですが」
「奇遇ね。私は鹿の影のような物が見える琥珀の木を見つけたわ」
ストラスさんも私も第三階層の危険性について薄々とだが察してきた。
「そして、ちょうどいいことに、此処には垂れ肉華シダの蔓と言う、長い紐状の物体があるのよねー」
「わー、ちょうどいいですねー。では、タル様。そこの蜂蜜溜まりにお願いします」
「分かったわ」
「どうかお気を付けて」
だが確証は無いので、検証である。
と言う訳で、私は垂れ肉華シダの蔓の先端を近くの蜂蜜溜まりに浸す。
勿論、私たち自身は触れないように細心の注意を払いつつだ。
「そろそろいいかしらね」
そうして、1分ほど浸したところで蔓を引き上げる。
蔓の先端には、綺麗な琥珀が蔓の先端を飲み込む形で発生していた。
「……。固まったわね」
「……。固まりましたね」
私とストラスさんはゆっくりと顔を見合わせる。
「絶対に蜂蜜に触れないようにしましょう。タル様」
「そうね。蜜としての回収も出来なさそうだし、細心の注意を払いましょう」
そして、同意した。
この先は細心の注意を払って進むべきである、と。
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