110:フォレストズセーフティ-1
本日一話目です
「ログインからの転移!」
『今日も元気に行くでチュー!』
土曜日。
今日は一日ログインできると言う事で、面倒な移動を済ませてしまう。
と言う訳で、『ダマーヴァンド』から沼地のセーフティーエリアに移動。
そこから、北西の方角に向けて移動を始める。
「さて……」
まあ、移動そのものは簡単だ。
基本的には、水面に触れないように注意しつつ、翅で適宜加速して、一直線に滑っていけばいい。
空中浮遊の前では、沼も泉も川も関係ない。
「ヴァアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!」
「ああ言うのはちゃんと避けて行かないとね」
『丸呑みは御免でチュ』
が、あまりにも大きい沼については、水面に触れる事もなく、しっかりと避けていく。
理由は私の視界の端で沼の中から勢いよく飛び出て来て、木製の船で沼を探ろうとしていたプレイヤーたちを船ごと飲み込んだ巨大モンスターだ。
あのモンスターはビル街の黒影大怪鳥と同じお仕置きモンスターの一種であるらしく、名前を貪食大怪魚と言うそうだ。
ある程度以上大きな沼や水場の中心部を探ろうとすると、何処からともなく現れて攻撃を仕掛けてくるようだ。
「アレも転移能力の類を持っているのよね。たぶん」
『さあ? 分からないでチュ』
とりあえず現状のプレイヤーでは勝ち目がないと言う事で、避ける他ない。
ちなみに北と西にもお仕置きモンスターが居るそうで、北では木の過度の伐採と言う条件で、西では条件不明だが姿は確認されている。
一度は遠目でいいから姿を確認しておきたいところだ。
敵対はしたくないが。
「さて、だいぶ木が増えてきたわね」
『ちょっと齧りたいでチュ』
「齧る歯が無いでしょうが」
『気分の問題でチュよ』
そうして滑り続ける事数時間。
沼地が少しずつ少なくなっていき、それに合わせるように短かったり、大きく傾いたりはしているものの、木が地面から生えるようになってくる。
「じゃ、一度鑑定っと」
私は『鑑定のルーペ』を目の前の空気に向ける。
△△△△△
N1 森に飲まれた街
かつての文明の壮麗具合を窺わせる無数の家々。
しかし、今となってはひたすらに呪いを変質して悪化させる忌々しいオブジェでしかない。
呪詛濃度:5
▽▽▽▽▽
≪N1 森に飲まれた街を認識しました≫
「ふむ」
確かによく見れば、樹木に呑み込まれるように存在している住居のような物が僅かに見える。
素材はバラバラで、石、レンガ、コンクリート、金属、ガラス、木材、何でもありだが、いずれにもかつて人が住んでいた痕跡がある。
上手く木を取り除いて、家の中を探索できれば、家具などを回収する事も可能かもしれない。
調子に乗るとお仕置きモンスターが来そうだが。
「ちょっと木の上に移動してっと」
私は手近な樹の梢へと虫の翅を生かして上ると、そこから更に上空へと跳んで、周囲の様子をよく目を凝らして見る。
「んー……結構ダンジョンがあるわねぇ」
『今更でチュけど、よく分かるでチュね。視界制限が無いからこそ、逆に見るのが難しい気がするんでチュけど』
「そこは慣れと言うか、よく見てとしか言いようが無いわね。呪詛濃度が違うなら、漂っている呪詛のエフェクトの濃さも少しだけ違う。だからその辺を見極めている感じね」
森の中には時折ダンジョンが見られる。
ただ、その大きさや範囲はマチマチなようで、木一本分の太さしか無いようなダンジョンもあれば、その範囲内の森全てがダンジョンと化しているような場所もある。
この分では、木々の上には一切呪詛が漏れ出ていないが、地下方向には恐ろしく深い形で繋がっているダンジョンなんてのもあるかもしれない。
「とりあえず適当なダンジョンに登録をして、橋頭保にしましょうか」
『そして、直ぐにそれを攻略して、帰る場所を失くすんでチュね』
「んー、どうかしら。前回と違って今回は流石に森のセーフティーエリアの登録を優先するかも。前回の『藁と豆が燻ぶる穴』の攻略はスクナの助力と出現するモンスターの有用性が大きかったし」
『そうでチュか』
私は飛び立った木の梢に戻ると、そのまま丈の短い草や灌木が所々に生えている下にまで移動。
今確認したダンジョンの中で、最も近いダンジョンへと移動する。
「此処がそうね」
『木でチュか?』
「ええそうよ。この木がダンジョンになっているわ」
外見は一本の大きな木でしかない。
太さは手を広げた私一人半……2メートルちょっと。
高さは20メートルほどで、枝葉は青々としたものが付いている。
特に建物の類を飲み込んでいるわけではなく、人一人くぐれるほどに大きく広がった洞以外に特徴らしい特徴はない。
入口は……あの洞がそうか。
「お邪魔しまーすっと」
私は洞に頭から突っ込んで、中に入る。
『これは驚きでチュねぇ……』
「正にダンジョンね」
洞の中は……広かった。
私たちが今居る場所はホールのようなところで、右手にはいつも通りに結界扉があり、正面には上に向かうための階段があって、階段は木の内側に沿って螺旋を描きつつ上に向かい続けている。
天井は……見えない。
恐らくだが、高すぎる上に空間が捻くれているからだろう。
「鑑定っと」
私は鑑定を行う。
△△△△△
呪い樹の洞塔
呪いによって空間が捻じれた木の内部に発生したダンジョン。
果たして、空間が広がっているのか、貴方が縮んでいるのか。
呪詛濃度:10
▽▽▽▽▽
≪ダンジョン『呪い樹の洞塔』を認識しました≫
「ふうん……」
どうやら私が縮んでいる可能性もあるらしい。
そうなると体の表面積と質量の縮小率から考えて、体に違和感を感じるようになる気もするのだが……まあ、本格的に攻略する事になれば、その辺は分かる事になるだろう。
とりあえず今は登録を済ませて、森のセーフティーエリアを目指すのが先決である。
と言う訳で、私は登録だけ済ませると、『呪い樹の洞塔』の外に出た。