102:スモークホール-6
「なるほど。傷つくことなく時間をかけられれば、何かが起きる、か」
「ええ、第二階層と第三階層の間はスクナが居なければ、どうしようもなかっただろうし、お礼代わりと言う事で受け取っておいて」
「分かった。そうしておこう」
さて、『藁と豆が燻ぶる穴』の第三階層を探索を開始して暫く。
燻ぶるネバネバが出現したので、私は『
得た完全な状態の燻ぶるネバネバの黒玉をスクナに渡した。
縮み切った後にどうなるのかは分からないが、私とスクナ、二人でそれぞれに持っていれば、どのような変化を遂げるのかと言う未知を見逃すことはまずないだろう。
「で、此処からどうしましょうか」
「先に進むしかないだろう」
「それはそうなんだけど、この先にねぇ……」
「まあ、言いたい事は分かるが……」
で、肝心の第三階層なのだが……かなり厄介だ。
基本的な構造としては、これまでの広々とした工場ではなく、細かい通路が入り組んだ迷路に近い構造になっているのだが、これは別に構わない。
壁、床、天井の全てが豆混じりの藁で覆われていて、時折燃え上がったり、迂闊に触れると炎上したりするのは、今までの純粋強化なのでこれも別に構わない。
燻ぶるネバネバが全ての方向から現れてくるのも、これまでを考えれば違和感は無いので構わない。
送風機が同様にあらゆる方向からあらゆる角度で突き出て稼働しているのも、プロペラ部分の覆いが無くなっていて危険性が上がっているのも、罠としての役割が出てきたと言う事で構わない。
問題は……
「煮豆の川ってなによ?」
「さあ?」
私とスクナの前に広がっている、藁に混じっていたのと同じ種類の豆が熱湯の川で流されていく光景である。
シュールであると同時に、8メートル近い幅の川が通路を横断し、封鎖しているのは厄介な事である。
なにせ熱湯と言うだけでも、泳いで渡る事が出来なくなっているのに、何かしらの汚染がされている熱湯らしく、臭いも酷いのだ。
おまけに送風機の影響で川面が結構揺れているので、空中浮遊でも安全にとはいかないおまけつきである。
「深さは2メートルほどか。普通に渡るのは無理だな。正攻法は……橋でも架けるか、燻ぶるネバネバから熱耐性アイテムでも作るのか、壁の藁を掴んで張っていくと言うのもあるか?」
「そんなところでしょうね」
なお、通路の横幅は3メートルほどで、高さも同様。
煮豆の川を潜って壁の下にいくのは……熱と汚水の件を抜きにしても、剥き出しのプロペラが幾つも見えているので、止めておいた方がいいだろう。
「まあ、私なら、そんなまどろっこしい真似はしなくても良いか」
「……」
そう言うとスクナは数歩下がった後に駆け出す。
そして煮豆の川に落ちる直前で壁に向かって踏み切り、壁を蹴り、対岸へと幾らかの余裕をもって、あっさりと移動して見せてしまった。
「現実でも少し鍛えようかしら……」
「悪くはないな。鍛えた筋力を持ち込む事は出来ないが、技術を持ち込むことは可能だ。まあ、筋力にしても呪いで補えば、違和感がない程度には出来るが」
「筋力を補う?」
「若干のペナルティと引き換えに筋力強化が出来る呪いがある。私は初期の呪いでそれを取っている」
「ああ、なるほど」
私が普通に飛んで、煮豆の川を越えたところで会話を再開する。
スクナの異形は傍目には増えた腕が二本に、増えた顔が一つ、それにプレイヤー共通の不老不死で異形度4。
そこに筋力強化の呪いで異形度5か。
しかし、リアルとの差異をなくす為に筋力強化の呪いとは……スクナはやはりリアルの方がとんでもないらしい。
此処まで来ると、相応の未知も潜んでいそうな気がする。
今は大学と『CNP』で忙しいから時間がないが、もう一月半ほどして、大学の夏休みが始まったら、リアル方面の未知探求として、少し考えてみてもいいのかもしれない。
「しかし、敵に歯ごたえが無いな」
「まあ、新しい敵は出ていないし、レベル的にも格下だものね」
なお、こんな会話をしていられることからも分かるように、第三階層ではまだ未知の脅威には出会っていない。
敵に出会っても、私の『毒の邪眼・1』かスクナの攻撃で一瞬。
現状では脅威らしい脅威はさっきの煮豆の川ぐらいだ。
「こうなってくると、私の刃を存分に振るえる様な新たな強敵を得るためには、やはり新しい戦場の開拓が必要になるか……」
「ふうん?」
スクナ曰く、サクリベスに居るプレイヤーの現在の流れは大まかに分けて二つ。
一つは自己強化で、方法はダンジョン攻略からNPCとの交流、アイテム製作まで多岐に渡るが、レベル10まで上げて、レベル相応のアイテムと呪術を手に入れる事を目的としているプレイヤーが多く、こちらが大多数なようだ。
もう一つは未踏地域の探索で、ビル街から更に南に行った場所にある火山地帯などの新たなエリア開拓を目論むプレイヤーたちだが、敵の強さが跳ね上がる事もあって、進みはあまり良くないらしい上にある程度の成果が出るまで秘匿しているプレイヤーも多いらしく、色々と芳しくないようだ。
「まあ、アイツの受け売りだがな」
「なるほど」
アイツと言うのは……スクナの相方の事か。
やっぱり寄生には程遠いプレイヤーのようだ。
「セーフティーエリアか」
「そうみたいね」
そうこうしている間に私たちの視界に、藁に埋もれた赤い結界扉が見えてくる。
どうやらセーフティーエリアのようだ。
となればだ。
「直にボス戦と言う事かしら」
「そう言う事だろうな」
経験と掲示板情報からして、ボスとダンジョンの核があるダンジョンの最深部も近いと判断していいだろう。
私とスクナはセーフティーエリアの登録を済ませ、燻ぶるネバネバの黒玉のように戦闘に必要のないアイテムを置くと、更に奥地へと向かっていった。