1000:現実世界にて-26 エピローグ
「こんにちは、羽衣」
「こんにちは、芹亜」
イベント終了から一夜が明けて、本日は2019年10月21日、月曜日。
いつも通りの交流会である。
とは言えだ。
「昨晩は……酷かったわね」
「ええ、酷かったですね……」
今日に限ってはまずは愚痴の言い合いになりそうだが。
「まさかカースの心臓が危険物であると分かっていないプレイヤーがあれほど居るとは思ってもいませんでした」
「本当よねぇ。事前に検証班やある程度以上のプレイヤーが掲示板やら現場やらで警告はしていたんだけど、まさかの事態だったわね……」
事が起きたのはイベント終了後まもなく。
サクリベスの内部にて迂闊にカースの心臓を実体化させて、カースを出現させると言うプレイヤーが続発したのである。
勿論、大半のカースは呪詛濃度不足であっという間に死んだ。
しかし、次から次へとカースが出現し、事前にそうなるかもしれないと分かっていたプレイヤーたちですら驚かされる光景が広がったのだ。
おかげで非公式にだが、掲示板では『サクリベス防衛戦争』なんて呼び名まで付いてしまった。
「アレの何が怖いって『鎌狐』案件じゃないと言う点ですよね。むしろ『鎌狐』たちは防衛側に回っていたぐらいですし」
「本当に事故だったわよね……あれ。そう言えば羽衣はあの時どこに居たの? 私は見かけなかったけど」
「裏からまあ、引きずり込む感じで色々と」
「ああなるほど……」
なお、この件で出現したカースは糞雑魚海月ことカロエ・シマイルナムンが大半であり、その事からも新人たちが誤って出現させたと言う事で間違いはなさそうである。
無知とは実に怖ろしいものである。
後、そんな無知の連中でもどうにかなってしまうカロエ・シマイルナムンはもう少しカースとしての誇りを持っていただきたい。
「でも得るものもある一件でした」
「そうね。イベントの時ですら見かけなかったものが色々と見れたわ」
そんな大事件ではあったが、私としては得るものもあった。
恐慌状態に陥ったNPCを正気に戻す治療呪術や、光の雨を降らせるような都市の防衛機構、イベント中でも見かけなかった攻撃アイテムや秘匿されていた呪術など、大量の未知があった。
それこそ私がこれまで一切手を出して来なかった分野のものまで含めてだ。
「ふふふ」
「楽しそうね。羽衣」
「ええ、とても楽しいですよ」
私はその事に笑みを浮かべずにはいられない。
私は『CNP』……『Curse Nightmare Party』を、これまでに見たことが無いものにも出会えるかもしれない、そう思って始めた。
その判断は間違いではなかった。
私はあの世界で、『虹霓境究の外天呪』と言う、カースですらない何者かに至るまで歩みを進めた。
けれど、虹霓の外だけではなく内にも私が気づかなかっただけで、まだまだたくさんの未知が存在している。
それは本当に嬉しい事だ。
「だってあんなにも未知があったんですから」
当然ながら未知以外にも色々と嬉しい事はある。
聖女ハルワとのやり取りも楽しいし、芹亜たちと一緒に活動する事だって楽しい。
自分の今の実力を確かめるように圧倒的な力で蹂躙する事だって楽しいし、その力を披露したり補助したりするために必要なアレそれを集めて作るのだって楽しい。
そう、あの世界はまだまだ私の事を楽しませてくれるに違いない。
それが分かっているのだから、私としてはますます笑みを浮かべずにはいられないのだ。
「羽衣は相変わらずね」
「ええそうですね。でも芹亜だって楽しい事には変わりないですよね?」
「ええそうね。私だって楽しいわ。それに……」
「それに?」
「羽衣やブラクロ、スクナさんを見ていたら、私だってまだまだ強くなれるだけの何かがあると思えるもの」
「それは……とても面白い事になりそうですね」
そして、私とは方向性が違うかもしれないが、あの世界が楽しいのは芹亜もまた同じこと。
芹亜が楽しんで、強くなって、私が知らない事を知って、それを自分の力にして、私の前で披露してくれたなら……それはきっと、とても面白い事になるだろう。
うん、実に楽しみな事である。
「それで羽衣。羽衣は今日からは何処へ行く予定なの?」
「さて、何処に行きましょうか? なんだかんだで、結構やる事があるんですよね。放置したままの事案も色々とありますし……」
私は大学から帰宅した後の予定を指折り数えていく。
積み重なっていく予定の数と、それをこなす事で見えてくるものに笑みを浮かべる。
「まあ、ログインした時の状況次第という事にしておきましょうか」
「そう、分かったわ」
悪夢の宴は呪いのようにまだまだ終わりそうにはない。
私はそんなことを思いつつ、芹亜と一緒に微笑んだ。
タルたち自身の物語はまだまだ続くのでしょう。
ですが、『CNP』と言う物語については、キリもよいので、此処らで筆を置かせていただきます。
おおよそ2年半に及ぶ長期連載にお付き合いいただき、ありがとうございました。