10:ファーストメイク-1
「えーと、ここをこうしてっと……」
私が作ろうとしているのは、今後手に入れたアイテムの持ち運びを楽にするための袋だ。
インベントリと言う便利な代物がない『CNP』において、袋があるとないとでは、持ち運べる物の量に明らかな差が出る。
特に大きいのは素材だ。
今の状況で言えば、倒したその場で毒噛みネズミを解体して、牙や骨と言ったものを手に入れた後に、今までなら苦労して手に持つ他ない状態になった上に戦闘時にはそれらの素材を適当に置いておくしかなかったのが、袋があれば持ち運びも楽になるし、場合によってはそのまま戦闘する事も可能になる。
現状ではそんな状況には遭遇していないが、これは先々に必ずある状況であるし、備えておいて損はないだろう。
「シンプルな構造ならと思っていたけど、案外難しいわね」
『CNP』にスキルと言うものは存在しない。
戦闘にも、生産にもだ。
なので、現状でアイテムを作るならば、色々な物を手作業で組み合わせ、繋ぎ合わせる他無い。
「んー、なんとか形にはなったかしら?」
そうして私が作り上げたのが、毒噛みネズミの皮を袋状にして、毒噛みネズミの細い骨や下あごの骨を底に敷き、それをケーブルで繋いだ袋。
口についてもケーブルを紐代わりにして、出し入れをしやすくなっている。
また、腰に巻ける長さのケーブルと繋ぐことで、腰に提げる事も出来るようにしてある。
「さて、鑑定っと」
私は出来上がった袋に向けて『鑑定のルーペ』を使ってみる。
スキルなし手作業中心のVRゲームであっても、普通ならこの時点でアイテム名が変わってシステム的に袋に変化するはずだ。
「んー?」
が、鑑定結果として表示されたのは毒噛みネズミの皮やケーブルであって、袋ではなかった。
形は完全に袋なのだが、システム的にはまだ袋と認識されていないらしい。
「ああ、なるほど。ここで呪怨台なのね」
ではどうやれば袋になるのか。
決まっている。
呪えばいいのだ。
毒噛みネズミが呪いで満たされているのが精神と前歯だけなのに、風化することなく個体として存在できるように。
私の血や肉は呪いの力を有していないはずなのに、それ以上呪詛を吸い込まないように。
この袋全体で一つの物質であると再定義されるように呪えばいいのだ。
「さて、どうなるかしらね」
私はコンクリートの呪怨台に袋を乗せる。
『鑑定のルーペ』で見た通りなら、非生物である袋はこれで呪えるはずである。
「ん? へー……霧が動いて……ああでも、空気は動いていない」
それは奇妙な光景だった。
周囲の空気に見える赤と黒と紫が混じった呪詛の霧。
それだけがゆっくりと呪怨台に集まっていき、呪怨台から袋へと移っていっている。
袋は少しずつ濃い霧に包まれて行き、この分ならば遠からず分厚い霧に包まれて袋は見えなくなるだろう。
「そう言えば、呪われれば妙な力を得るのかしら?」
私は毒噛みネズミの前歯や自分の翅を思い出す。
毒噛みネズミの前歯は周囲の呪詛を利用して毒を生成するという力を持っている。
私の翅はサイズや空中浮遊の効果を考えても、空気を押し出し、私の体に対して与える影響が本来のものよりも大きいように思えるから、やっぱり何かしらの形で呪いを利用しているのだろう。
となれば、今呪われている最中であるこの袋も何かしらの奇妙な力を得る可能性があるのではないかと思う。
「どうせ得るならインベントリとして使える様な呪いを得て欲しくはあるわね」
私が作った袋のサイズと強度では、結局持ち運べるのは前歯数本が限度。
鉄筋付きコンクリ塊のような重量物に至っては、一つ入れただけでも破損しかねない。
また、底に骨を敷く事で、鋭い前歯の先端が袋の底に突き刺さって破損し、袋から落ちるような事が無いようにしてあるが、側面にはそんな工夫はされていない。
要するに、色々と危ないのだ。
それを考えると、一般的によくある、中で物がどう動いても問題ない、入れるものがどんなに重くても問題ない、と言ったインベントリの仕様と言うのは、是非とも欲しいものである。
「祈ったら、そう言う方向で呪えたりするのかしら? 試すか」
呪いとは言い換えれば、非常に強い人間の負の念を基にした術……だと思う。
実際には色々とあるのだろうが、根っこの部分が人の念である事は間違いないだろう。
そしてフルダイヴのVRゲームが人の脳波を読み取る以上は、そう言う念を読み取ること自体は出来るはずだ。
うん、やれる気がしてきた。
「インベントリ……インベントリ……インベントリ……」
私の13の目がだいぶ霧に覆われてきた袋へと向けられ、私のインベントリを求める思いが口から紡がれる。
「インベントリ……インベントリ……インベントリ……」
少しだけ、ほんの少しだけ霧の感じが変わった気がした。
だから私はそれまでよりも強く念を込めて、インベントリと壊れた人形のように呟き続ける。
「インベントリ……インベントリ……インベントリ……」
霧が渦を巻き、袋が一切見えなくなる。
13の目が別々に瞬きをするおかげで変化を見過ごすことは無い。
なので私は遠慮なく霧を見続け、インベントリを求め続ける。
「インベン……っつあ!?」
突然霧の中から光が生じ、反射的に私の目が一斉に閉じられる。
「えーと……」
そうして目を開けた時。
呪怨台の上に生じていた霧はなくなり、私が作った袋はそのままの姿で呪怨台の上に乗っていた。
「とりあえず回収」
私は袋の口を掴んで、床に降ろす。
≪称号『呪物初生産』を獲得しました≫
「あ、称号が手に入った」
称号取得を告げるインフォが鳴ったので、私はとりあえず自分へ『鑑定のルーペ』を使って称号の内容を確かめる。
△△△△△
『呪物初生産』
効果:効果なし
条件:呪怨台を使ってアイテムを製作する
貴方は呪いを生み出すものとしての第一歩を踏み出した。
▽▽▽▽▽
「効果なし。まあ、記念称号ね。そして、アイテムの作り方はこれで正解と言う事ね」
私は『鑑定のルーペ』を袋の方へと向ける。
アイテムの作り方が分かったのは嬉しいし、重要事であるが、もっと重要なのはこっちだ。
△△△△△
毒噛みネズミの毛皮袋
レベル:1
耐久度:100/100
干渉力:100
浸食率:100/100
異形度:1
毒噛みネズミの素材を組み合わせて作られた袋。
どれほど鋭利な物、どれほど重い物であっても、袋の中に入れてしまえば大人しくなる。
見た目以上に中には多くの物を入れられる。
注意:ゲーム内時間で24時間以上、連続で入れていた物質は消滅します。
注意:入れたものが忘れた物質は取り出せません。
▽▽▽▽▽
「……」
鑑定結果を見た私は、とりあえず鉄筋付きコンクリ塊を袋の中に入れてみる。
そして袋を持ってみるが、呪怨台から降ろした時と重量は変わらず、鉄筋付きコンクリ塊の重さは消えてしまった。
で、鉄筋付きコンクリ塊を取り出したいと思いつつ手を入れて引き抜いたら、普通に取り出せた。
「……。インベントリ出来ちゃったわね」
出来たらいいなぐらいの気持ちだったのだが、まさか本当に出来てしまうとは……思った以上に『CNP』の生産システムはファジーあるいはイージーなのだろうか?
いや、もしかしたら利便性を優先して、簡単なインベントリだけは製作が楽になっている可能性もあるかもしれない。
うん、難易度については他の物を作ってみてから考えるとしよう。
「容量は分からないわね」
容量については、毒噛みネズミの毛皮や骨の余りはとりあえず全部入れても、まだまだ余裕があるように感じる。
限界を探るのは……毒噛みネズミの死体を入れてみればいいか。
「デメリットは……別に問題ないか」
私は袋の中に入っているものを全て出す。
24時間以上連続で入れておくと中身が消滅するとの事だが、それならばログアウト前にセーフティーエリアでこうして袋の中身を広げておけばいい。
セーフティーエリアの中ならば、他の人やモンスターが入ってくることもなければ、自然災害の類とも無縁なはず。
『CNP』がフィールドに放置されたアイテムをどう処理するのかは気になるところだが……それは大した事のないアイテムしか持っていない今のうちに確かめればいい事だ。
つまり、私が中身を忘れなければ実質デメリットなしのインベントリになるはずだ。
「よし、他にもアイテムを作ってみましょうか」
毒噛みネズミの毛皮袋の出来に満足した私は、毒噛みネズミの前歯を二本手に取った。
次は武器の作成である。